漫才『マイルドにしたい』二人用

A:実はちょっと言いたいことがあるんだけどさ。


B:どうしたの、急に。


A:最近の童話って、どんどん表現がマイルドになっていってるの、知ってる?


B:ああ、なんか聞くよね。そういうの。……赤ずきんとか、おばあちゃんが食べられるとこカットされてるんだっけ?


A:赤ずきん〝さん〟な?


B:知らねえよ。


A:このご時世に合わせて、どうしても変更しなきゃいけない部分って出てくるけど、それについて、どう思うよ。


B:そりゃまあ、仕方が無いんじゃない? ……お前あれか、原作からどんどん変わっていくことにいきどおりを覚えちゃうタイプの人か。アニメの実写化とか認めないタイプだろ。どうせ。


A:いやいや、俺が言いたいのはそういう事じゃないのよ。


B:じゃあ何よ。


A:いやね、マイルドさが足りないから、もっと子どもたちが安心して見られる童話にしたほうが良いんじゃないかって。


B:ああ、……なるほどね。そっち方向にかじ切っちゃうんだ。


A:マイルドになったって言ってもさ、なんやかんやでまだグロい部分とか断片的に残ってるじゃん? こぶとり爺さんの、こぶが取れるシーン、未だに夢に出るもん。


B:あそこグロだと思ってるやつ居ねえんだよ。


A:例えばさ、シンデレラさんってあるじゃん。


B:あるね。でも原作から見ると随分マイルドになってるんじゃない? たしか元々は、靴にあわせるためにさ、義理のお姉さんたちは足を削ったり指を落としてたりしたんでしょ?


A:あー。足りない。そんな指カットをカットしたくらいじゃ全然マイルドじゃないよ。


B:指カットってなんだよ。――じゃあ何処をマイルドにすんのよ。


A:まずシンデレラさんが魔法でおめかしして舞踏会に行く描写、これ良くないよね。


B:いやいや、そこは良いじゃん。なかなかファンシーで素敵な描写でしょ?


A:まず、見た目の美しさで勝負させようってのが、ルッキズムの象徴だよね。本当の意味で心の美しいシンデレラに王子が惚れるんなら、みずぼらしい灰かぶりのままで行くべきじゃん? いっそ絶世のブスであるべき。


B:お前それSNSで言うなよ。絶対荒れるから。――ってか、そんなシンデレラ誰も読まねえだろ。


A:あー、全然分かってない! 心の美しさで勝負させるなら、むしろ見た目は全力でハンデ背負うべきだろ!?


B:見た目のハンデってなんだよ!


A:そもそもさ、靴で相手を探すってところがおかしいでしょ。


B:落ちてたものが靴しかねえんだから、仕方ないだろ、そんなもん。お前が王子だったらどうやって選ぶの?


A:職業適性検査に決まってんだろ。


B:シンデレラに何させる気だよその王子はよ。


A:とにかくシンデレラさんに惚れた王子の描写は、魔法で美しくなった彼女の見た目がきっかけなんだから、拡大解釈すると、それは性的消費に繋がると思っちゃうわけよ。


B:拡大しすぎて着地点ずれてんだよ。


A:あと、白雪姫さんも良くないよね。


B:どうせあれだろ? 毒リンゴは危ないとか、寝てる人にキスする描写は過激だし犯罪的だ! とか言い出すんだろ。――お前の傾向つかめてきたわ。


A:いやいや、もっとやばいとこあるだろ。鏡だよ、鏡。


B:王妃さまが、「鏡よ鏡よ、鏡さん」とか訊くあれね。


A:そうそう、あれってさ、いわゆる魔法の鏡じゃん?


B:そうだね。それがどうかしたの?


A:え? なんとも思わないの? 魔法の鏡だよ? 


B:そうだね。


A:魔法の鏡ってことは、マジックミラーってことじゃん?


B:うん? 意味が変わってくるじゃんそれ。


A:で、マジックミラーってことは、鏡張りのトラックの中に彼女が一人、取り残されているわけで……。


B:やめろやめろ。魔法の鏡で鏡張りのトラックを連想する奴は脳の構造が終わってるんだよ。


A:あれ絶対、中の声が外に漏れるよね?


B:知らねえよ。どうせあれはヤラセなんだから深く考えんな。


A:そして極めつけは、ヘンゼルさんとグレーテルさん。


B:いい加減、さん付けすんのやめろ。気持ち悪い。さっきから気になって入ってこねえんだよ話が。――で、どこをマイルドにしなきゃいけねえんだよ。


A:まず、二人が暗い森の中を彷徨さまようだろ?


B:そうだな。口減らしのために捨てられたんだよな。ああ、分かった。子どもを捨てる描写は教育上良くねえってことか。


A:違ぇよ。


B:じゃあ何処だよ。あれか、魔女を暖炉だかかまどだかにブチ込んで焼死させちゃうとこか? あそこ全然マイルドじゃねえもんな。


A:お前、目ぇついてんのかよ? そんなもんどうでもいいだろ。


B:お前に合わせて考えてんだろ。じゃあ何処が教育上よくねえのか言ってみろよ。


A:光る石で戻ってきた兄妹が、もっかい捨てられるだろ?


B:ああ、そんなんだったな。で、次に捨てられたときに、パンくずをばら撒いて目印にしようとするんだよな。


A:そこだよ! そこ!


B:あれか、お前、食べ物を無駄にするなとか、そういうことか?


A:違ぇよ。全然、違ぇよ。パンだよ? パン!


B:パンが何だってんだよ。


A:そりゃ、パンって言われたらあれだろ。


B:アレってなんだよ。


A:パンティを想像するだろ。


B:お前いますぐ頭を診てもらってこい! どこにバラまかれたパンティをつまみ食いするカラスが居るんだよ。


A:お前、森の中にパンティ落ちてたら被るだろ普通!


B:クソみてえな性癖を一般化しようとすな! 森にパンティ落ちてたら無視するか事件を疑うわ。


A:そもそも森にパンティ落ちてるわけねえだろ!


B:お前が言い出したことじゃねえか!


A:とにかくさ、そう考えるとお菓子の家もマジックミラーのトラックのメタファーで……。


B:今すぐ童話作家に土下座しろ、世界中の。そしてお前は、もう二度と童話を語るな。いや、童話に近づくな。


A:わかった。次は教科書をマイルドにしてみる。


B:やめろって言ってんだよ!! もういいよ!


AB:どうも、ありがとうございました!

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