第5話 伯爵の街
「以外に簡単に入れるんだね」
「門番とて人間。この目を見て騒ぎを起こしたいと思うものなどおるまい」
マントを羽織りフードをかぶったふたりは見るからに怪しかったが、フードから覗く目は赤。吸血鬼の象徴を見た門番は面倒ごとを避けるため、彼らをすぐに街へと入れた。
アレシーたちがやってきたこの町はクライラコという。規模としては伯爵相当だとモルティムは言っていた。そのうえこの町の支配者はクアムーリアの血族ではない。この街、というかこの辺りの街は基本的にウノラッダの血族が支配しているらしい。
「まずはどうする?」
「服だ。このようなみすぼらしい服のままなどありえないからな」
モルティムのマントの下はいまだ出会った時のままのボロボロなモノであった。アレシーは、ボロボロではなかった。村で休んだ時に別の服を借りていたからだ。その際にアレシーは今度は男物の服を借りた。モルティムはアレシーを連れ添い服屋に入った。
「いらっしゃいませ」
店主が出迎えをしてきた。店に入りフードを取ったアレシーたちの目を見た店主は一瞬ぴくっと反応を見せたが、すぐに笑顔を張り付けて接客を続けた。
「本日はどういった御用でございますか」
「服をくれ。俺とこいつの分だ」
「かしこまりました。オーダーメイドですと半年ほどかかりますが、いかがいたしますか」
「そんなに待ってられん。今はそこにある奴で構わないから、一月で用意しろ」
「かしこまりました。おつきの方は婦人服でよろしいでしょうか」
その質問アレシーは疑問を感じた。アレシーの体形はどう見ても子供のそれであるのだから用意するのは子供用の物になるのではないかと考えたからだ。その疑問にはモルティムが答えてくれた。
「吸血鬼の外見が成長することはない。こういった店では、下手なことを言わないように最初からレディとして対応するのだ」
なるほど……なるほど!?
「えっ? 私ってもう成長しないの」
「ああ。言ってなかったか」
まじかーとアレシーは少し残念に思った。まともなご飯をもらっていないアレシーは同年代でも小柄なうえ貧相な体つきをしていたからだ。これからはいっぱい食べて成長するぞとひそかに意気込んでいたりもした。
「あー、じゃあ服はモルティムと同じ奴で」
「婦人服でなくていいのか」
「うん。なんか足元がひらひらしてるのは嫌。それにドレスとか動きにくそうだし」
初めは、きちんとした服に興奮していたアレシーだったが村の娘の着ていたスカートは足の方が開いており、それまで着ていた布切れを連想してしまうため、足にくっつくズボンの方がいいと思ったのだ。
「こいつに合うのはすぐに出せるか」
「この店にはありませんが、近くの店にそういったモノを用意している店もありますので少々お待ちいただければご準備できると思います」
「それなら少し待つ」
店主はアレシーたちに礼をすると、速足で店の奥に戻っていった。
「ほかの店のものを売るの?」
「ああ。こういった場合に備えていろんな店で協力をしているのだろう。もし人間同士のつまらんいざこざで吸血鬼に商品をだせないなんて言えばどうなるかなんてわかったものじゃないからな」
しばらく店の中で待っていると、店主が再び戻ってきた。
「ご用意ができましたので、採寸も含め奥で対応させていただきます」
その後、店の奥に行くと数人の女性が待っていた。アレシーはそこで裸にされいろいろとサイズを測られた後、いくつかの種類の服を着せられた。
採寸はアレシーの方が早く終わったようでモルティムはまだ戻ってきてはいなかった。そこでやっとアレシーはお金をどうするのかが気になった。
モルティムがお金を持っているような見えなかったし、この店は相応に値段の張りそうな店だ。そのことに急に不安になったアレシーはせわしなくあたりを見回していた。しばらくしてモルティムが戻ってきた。
「なにをやっている」
「お金ってどうするの」
店の者たちに聞かれないようにアレシーは小声で聞いた。本当ならば耳元で囁くようにして言いたかったのだが、アレシーとモルティムの背の差ではそれは無理だし、モルティムはアレシーのためにわざわざかがむということをするような人物ではないのだ。
「金? どうして俺が人間の店に払う必要がある」
大声でそういったモルティムにアレシーはびくっとした。と、そこに店主が戻ってきてそのモルティムの言葉を付け足した。
「御心配には及びません。お客様からお金を頂くわけにはいきませんから」
どうやら田舎の村出身のアレシーと街の住人では吸血鬼に対する意識が相当に違うということにアレシーは気が付いた。街に住む者にとって吸血鬼とは何をしても許すほかない絶対者なのだ。村に住んでいたアレシーなどにとってはそこまでの存在ではなかった。
アレシー達に仕立て直した服が渡されそれに着替えた。白いシャツにやや緑かっかたベスト。その上からフロックコートと黒いオーバーコートを着る。黒いネクタイと黒い手袋もつけられた。下に履いたズボンとブーツも黒で、ベスト以外見事に黒まみれでベストの色が目立つ。色はこれしかなかったのであって、断じてアレシーの趣味ではなかった。
モルティムもアレシーと同じ格好をしている。準備ができたようなので外に出ようとするアレシーをモルティムがが上から何かをかぶせてきた。それは黒いトップハットであった。
「外では帽子をかぶれ。それから、今回はその馬鹿みたいな色のベストしかないようだが、本来吸血鬼にとって最上は黒だ。おまえの物は最優先で作らせるから出来たらすぐにとりに行け」
外に出たアレシーは次はどうするのかをモルティムに聞いた。
「食事と言いたいところだが、それよりも先に武器の調達だろう」
食事と聞いて吸血をするのだと思ったのだが、どうややらお預けらしい。
「武器って?」
「銀製の武器だ。これに傷をつけられた吸血鬼は傷の再生を阻害される。故に一般には出回らず吸血鬼たちが管理しているはずだ」
「それなら手に入らなくない? 頂戴って言ってもらえるものでもないんでしょ」
「少しは頭を使ってから話せ」
モルティムはそういいながらずんずんと進み路地裏に入っていった。路地の奥まで入ると急に立ち止まり自身の手首を少し切り裂いた。そして傷から出てきた血をあたりにばらまき始めた。
「なにしてるの」
「見てればわかる」
モルティムは説明をする気はないらしいく黙ってしまったので、アレシーも黙って待つことにした。
「三人か」
モルティムがそうつぶやくと上から何者かが飛び降りてきた。
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