第4話 返り咲く
「返り咲くためだ」
不敵な笑みをその顔に浮かべながらモルティムは言った。しかしアレシーにはそれがどういう意味かわからなかった。
「どこに?」
「我がペルディント氏族の長にだ」
モルティムはアレシーに吸血鬼の名前について説明をした。その説明によると、吸血鬼の名前にはそれぞれ意味があるらしい。例えばモルティムの場合ならば、モルティムというのが個人名、クアムーリアというのが血族名、ペルディントというのが氏族の名前なんだという。
この血族というのは始祖を同じとする吸血鬼のことを指すらしい。氏族というのはその血族の中でさらに近しいものが集まって名乗る名前だそうだ。アレシーにはその違いがよく分からなかったが、血族は全部で五つ、氏族名はたくさんあるということだけは理解できた。
「かつての俺はペルディント氏族の長として、
「??? えっと。つまりたくさん爵位を持っていたってこと? というか血族会議って何」
何かを説明するたびに知らないことが出てきてしまいアレシーはすでにこの説明をめんどくさく感じ始めていた。それでもモルティムがアレシーのためにいやな顔をせずに説明してくれているため、努めて真面目な顔をして聞き入っているふりはしていた。
「血族会議は失いかけた血族としての結束を再び強めるために不定期で開催されている血族の集まりだ。主な内容は叙爵。それぞれの氏族の長となる人物に支配している街の規模にあった爵位を与えるのだ」
「なるほど? つまりモルティムはその爵位を取り戻したいってこと?」
「まずはだがな。血族会議により与えられる爵位は王、大公、公爵、侯爵、伯爵、の五つだ。俺はやがて王をいただくことになるだろう」
「今は誰が王をやってるの」
「空席だ。王とは血族の長のことを指す。故に始祖の消えた現在では誰も王を名乗るものはいない」
「始祖が消えた?」
「そのことについては詳しく話すことはできない。というよりも知っているものが存在していない。かつて存在していた五人の始祖たちはその全員が今はいなくなっている。死んだか、身を隠しているだけなのかそれさえもわからない」
始祖はある日突然いなくなったらしい。その当時のことを知っているはずの吸血鬼たちは誰もがこれについて言葉にすることなく死んでいってしまったという。
「それじゃあ始祖じゃないモルティムも王を名乗ることはできないの」
「そうではない! もう少し……もう少しだったのだ。氏族はおろか血族の大多数は俺には逆らえず、媚び諂う者ばかりだった。あと少しで俺が王へとなるはずだったのだ。それをあの愚図が!」
喋りながら興奮してきたモルティムの語気はどんどんと強くなっていった。怒りのまま振り付けたこぶしはそのままモルティムの後ろにあった木を砕いた。
「負けたんだね」
言葉の内容。そして会った時のボロボロの様子からアレシーはそう推測した。
「負けてなどいない! もしまともにやれば、いやそうでなくとも本来ならこの俺が負けることなどありはしなかったのだ。それをあの愚図は、寄りにもよって最上に毒を混ぜ込んだのだ。ありえない。吸血鬼としてのプライドも何も持たない。あんなものはもはや人間にすら劣ることだろう!」
どうやらかなりの確執があったようだ。アレシーとしては少しからかったくらいの考えだったのだが、どうもそこはモルティムにとって触れられたくなかった場所だったらしく想像以上の怒りはしばらく続いた。
「はあはあはあ。まあそのことはいい。つまりだ俺は氏族の長として返り咲きそのうえで血族の王に君臨する。しかしこの体は以前とは比べられんほどに弱っている。力を取り戻すには良質な血がいるのだ。故に貴様を俺の先兵として育てようとしているのだ」
「わかった。それでまずはどうするの」
「血だ。吸血鬼は何をするにしても血が必要だ。それもそこらに転がっているような質の悪いものではない。大都市にて爵位持ちがかこっているような良質な血がだ」
「良質な血……それってどう違うの」
「血の良し悪しは味に出る。いい血は旨く悪い血はまずい。そして吸血鬼が力を保つには一定以上の質を持つ血を飲み続けなければいけない」
「それってどのくらい」
「血の階級は上から最上、極上、上、中、並、等外だ。貴様ならば並以上のものを飲み続ける必要がある」
「村人たちはどうだったの」
「ほとんどは等外だ。等外は基本的に吸血鬼にとってまずいと感じるものだ。あの村の中にもいくつか貴様の舌ならうまいと感じた者があっただろう。それが並といったところだ」
「あれで並」
アレシーにとって村人の一部の血はおいしいものだった。それも今までまともなものを食べてこられなかったアレシーにとってはそれはもう素晴らしいものだったのだ。しかしあれで下から二つ目だという。そのことにアレシーは今後の吸血が楽しみになってきた。
「だがいくら並の物を食べ続けたとしても力が上がることはない。それどころか俺ほどの高位の吸血鬼ならば力を保つだけでも最低で中の上澄みほどは必要になるだろう。それに上や極上を食べてもそれほど力上がらない。故に吸血鬼が力を高めるには長い年月が必要となるのだ」
「モルティムが大公になるのにはどのくらいかかったの」
「正確には覚えていない。だが、数百年はかかったのは確かだ」
「じゃあ、今回もそれくらいかかるってこと」
「そうはならない。何せ俺は最上のありかをいくつか知っているからな」
「最上を飲めばそんなに力が上がるの? じゃあもうみんな飲まれられてるんじゃない」
「それはない。最上はおいそれと飲めるものではない。特別な場合にのみ飲むことが血族会議にて承認される。いくら高位の者でも勝手に飲めば他から責められ最悪氏族が滅ぶことさえも考えられる。それほどまでに最上とは吸血鬼にとって特別なのだ」
つまりモルティムを追い詰めた者たちは相当やばいことをしてたということになるとアレシーは思った。承認が必要でなおかつ勝手に飲めば氏族が滅ぶこともあり得る物に毒を混ぜる。その事実だけでモルティムがどれほど嫌われていたのかがわかる。
「ところで今の私ってどのくらいの強さなの?」
「貴様か。まあ今ならば男爵にギリギリかするくらいだろう」
「男爵?」
「ああ、説明していなかったな。血族会議で叙爵される爵位は全部で五つだがそれに加え叙爵されたものは自身の爵位よりも下の爵位を部下につけることができる。その時に出てくるのが子爵と男爵だ。そしてそれらの爵位は血族会議で叙爵されたものと区別するために正式な場では従子爵、従男爵という風に呼称される」
「それで男爵?」
「そうだ。とはいっても男爵にどの程度の強さの者を添えるかはその吸血鬼次第だから、あくまで俺がつけるとしたらだがな」
「なるほど。ちなみにモルティムは私をどこまで育てるつもりなの」
「最低でも侯爵にはなってもらわないと困る。そうでなければ無駄死にするだけであろうからな」
侯爵。高位の吸血鬼になるにつれて力を手に入れることは難しくなると言っていた。ならば、その過程で力をあげるために最上の血を少しくらいなら分けてもらえるかも知らないとアレシーはひそかに期待した。
「もう日が出てきている。今朝は休み今夜から移動することにするぞ」
「わかった。このままここで休む?」
「馬鹿が。こんな日の当たる森の中で満足な睡眠がとれるはずがないだろう。貴様の暮らしていた村で休む。まあ、ほとんどの家の扉は貴様が壊してしまっているのだがな」
「む、悪かった」
「さっさと行くぞ。ついてこい」
そういってアレシーとモルティムは滅びた村の方へ歩き始めた。
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