第3話 躾

 アレシーはモルティムに躾をすることに決めた。恩人に対して態度がなっていないからである。裏拳をくらい吹っ飛ばされたばかりだったが、アレシーは自分にならそれができるという根拠のない自信に満ちていた。


「躾? それはそっちが受けるべき」


 故に、果敢にモルティムに対して煽りを入れた。そして次の瞬間アレシーはすさまじい痛みと共に地面に倒れ込んでいた。


「がああ、っがあああ」


 痛みに耐えながらもアレシーの戦意は衰えず、急いで立ち上がり追撃に備えようとするが、そこでアレシーは自身の右手が動かせないことに気が付いた。見れば、右手どころか右胸にかけてぽっかりと穴が開いてしまっていた。


「あえ、なんで」


「生まれたばかりの奴にはたまにいるのだ。突然手に入れた力に酔いしれ全能感に浸る奴はな。それで俺を、どうするって?」


 倒れ込んだアレシーのそばにモルティムは立っていた。自分の中にあふれていた自信と戦意が急速に萎えていくのをアレシーは感じていた。そして次に感じるのは恐怖であった。そんな恐怖の感情を振り払うようにアレシーは咆えた。


「があああああ」


 咆えながら残った左手を使いモルティムに殴りかかった。その攻撃はモルティムに簡単に防がれてしまう。アレシーの左手を捕まえたモルティムは、アレシーの体に足をかけ勢いよくアレシーの左手を引き抜いた。

 ぶちぶちぶちという音と共に想像を絶する痛みがアレシーを襲った。アレシーの意識は痛みにより断続的になっており、自分が何をしているのかさえまともに理解できているかさえ怪しくなっていた。


「一つ教えておくとしよう。吸血鬼の戦いについてだ。吸血鬼はその不死とも称されるほどの再生能力を持っている、故にまずはこのようにして四肢を狙うのだ」


 教え込むようにモルティムはアレシーの残った両足を付け根から踏みつぶし胴体から離した。


「がぎゃあああああああ」


「これは相手を完全に仕留めるため、動きを封じるという意味がある。故に四肢だけではなく首、目などでも同様の効果はあるだろう」


 モルティムは右手の人差し指を用い、アレシーの右目をつぶした。


「ちゃんと聞いているのか。これは確かに俺への献上品を盗んだ貴様への折檻という意味もあるが、それ以上に俺の従者としてやっていけるようにという俺からの心遣いでもあるのだぞ」


 この言葉はアレシーには届いていない。すでに彼女は痛みにより叫ぶだけの物へと変わり果てているからだ。


 

 酷い痛みに蝕まれ意識もまともに保てなくなってなお、アレシーに流れるは負けを認めなかった。すでにアレシーに背を向け歩き始めていたモルティムに対し、それはアレシーの意思なく飛びその頬に傷をつけた。このことに驚いた様子のモルティムは、しばらくアレシーを観察していたかと思うと高笑いをしながら再び去っていった。これに再び攻撃を加えようとすることはなく、それはアレシーの再生に専念をした。



 アレシーが目覚めたとき、モルティムは近くに見当たらなかった。その時にアレシーの心の中を占めていたのは逃げなければという思いであった。すでにモルティムにつけられた傷は治り四肢も生えてきている。ならば少しでも遠くに逃げなければ今度こそ殺されてしまうとアレシーは思っていた。


 すでに、力を手に入れた故の全能感はアレシーの中から完全に消え去っていた。逃げようとしたアレシーだったが、うまく体に力が入らなかった。これは傷の再生のために血を使いすぎたせいであろう。まずいと思っていたアレシーだったが、そこで目の前に何人かの死体が置いてあるのを見つけた。なぜと思うより先にアレシーの体は自然とその死体に向かっていた。まだ中の血は入っていた。アレシーは夢中で血を吸った。


「ん、ん、ん、んぱ。よしこれで……」


 よしこれで逃げられる。失った血を回復したことからアレシーはそうつぶやこうとして、なぜここに死体があるのだろうかという思いに駆られた。まずいと思うよりも先に声が聞こえてきた。


「よしこれで、なんだ」


「ひっ」


 アレシーは遂にモルティムに対して恐怖の感情を表に出してしまった。あの半殺しはアレシーにとってトラウマになりかけていたのだ。


「ふっ。別にそれらは貴様が喰ってしまって構わない。もともと貴様の失った血を補給させるために残していたものだ」


「そう……なんですか」


「ずいぶん恭しくなったものだ。だが、この俺に対しての態度としてはそれがあっていると言えるだろう」


 そういわれたアレシーもうその言葉遣いを使いたくなくなってしまった。全能感こそ消え失せ恐怖を感じているのにも関わらずだ。アレシーの中にあるモルティムに対しての叛骨心は消え去っていなかった。


「私はどうなるの」


 言葉遣いを戻したからか、アレシーの言葉にモルティムは少し眉をひそめてから答えた。


「殺されるとでも思ったか」


「うん」


「まさか! この俺も暇ではない。殺すものにわざわざ躾など施そうとも思わないは」


「ならいい」


「貴様の今後についてだが、俺の従者をしてもらう」


「従者?」


「そうだ。この俺の従者になるのだ。誇り思え」


「つまり、今回みたいに私が食事を持ってきたりするの」


「いやそうではない。貴様は俺につき従っていればいい。従者などと言ってもその実、仕事を与えるということをするつもりはない。連れまわすのに名目上だけでも従者ということにしておいた方が都合がいいからだ。それに貴様には色々と教えなければならないこともあるからな。仕事など任せておけん」


「なにを教えるの?」


「吸血鬼についてだ。今回で分かっただろう。貴様は成ったばかり。吸血鬼としての力も満足に扱うことの出来ない謂わば半端者だ。だからこそ俺が貴様に吸血鬼としての生き方を、戦い方を教えてやる」


「なんでそんなことを」


「決まっている。返り咲くためだ」







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