第2話 献上

 吸血鬼となったアレシーは村へと戻ってきた。すでに日は落ちて夜へとなっている。この時間はまさに吸血鬼の時間だと言えるだろう。日が出ている間の吸血鬼は、ひどい倦怠感を抱えてしまうからだ。もちろん、だからと言って人間如きに後れを取ることはないがそれでもアレシーは吸血鬼になったばかりであるから、慎重に行動をしようと夜になるのを待っていたのだ。


 村の出入り口には夜番が立っていた。数は三人である。気づかれて鐘をならされたりしたら厄介なため、アレシーはこの三人は一気に殺しきることにした。武器とよべるものを持ち合わせてはいないアレシーであったが、吸血鬼にとって人間を狩るために武器など必要としない。その体に宿る暴力が人間のそれをはるかに超えるからだ。


 アレシーは、夜番の立っている場所を避け、害獣用の柵を飛び越えながら村に入っていった。そして音を立てないように夜番たちの後ろに回り込んだ。


「くー。今日はもう一段と冷えるな」


「ほんと。夜番なんて酒を飲まなきゃやってらんないわ」


「そりゃそうだ」


「ぎゃはははは」


 男たちはかなり酒を飲んでいるらしく、品のない笑い声を響かせていた。その様子にアレシーはこいつらを殺すことは簡単そうだとほくそ笑んだ。


「それでさー……」


 アレシーはまず最も近くにいた男の心臓を右手でついた。右手は男の体を貫通し、男を即死させた。即死した男は苦しみの声を吐く暇さえなかったようだ。


「ん? おいどうした」


 急に黙った男に対して別の男が不思議そうに聞いた。ランタンがあるとはいえ夜目の利かない人間にしてみれば今は見えにくい時間帯である。二人目の男は仲間の死に未だ気づけていないようだった。


 死体の後ろにいたアレシーに気が付く前に、アレシーは二人目の男に近づくと頭を思いっきり殴り飛ばした。するとその力により男の頭は吹き飛んだ。頭の一部はそのままアレシーの顔に飛んできた。それを手でぬぐい取ったアレシーは血の味が知りたくなり試しにとぺろりとなめてみた。


「まず」


 しかし、残念ながら男の血はあまりおいしくなかった。これはすべての血がまずいのかそれともこの男がまずかっただけなのか後でモルティムに確認しなければいけないとアレシーは思った。


「え、え、えなんで」


 最後の一人は突然頭のはじけ飛んだ仲間の姿に放心状態であった。アレシーはその男に近づき心臓を一突きして終わった。


 これでこの村の制圧は終わったも同然である。気が付かれずに夜番を殺してさえしまえば、残っているのはすでに寝入っている者たちだけである。どの家にどのくらいの人が住んでいるかをアレシーは覚えていたため、後は一つ一つ漏らしがないように気を付けながら殺すという作業であった。


 村にある家の中は広くはない。居間と寝室の二部屋程度に家族ごと五、六人でまとまって住んでいるのだ。アレシーはそんな家々の扉を吸血鬼の強い力を用い強引に開いていった。中にはその時の音で目が覚めてしまったものもいたが、暗闇の中ですぐに状況を察知できるわけはなく、難なくアレシーに心臓を貫かれて殺された。アレシーがこの方法を多用したのは、早くてあまり汚れないからである。


 とある家に入って中の住人を殺し終えたアレシーはその家に住んでいる娘の服をもらうことにした。くれるかどうかはすでに死んでいるので答えてくれはしなかったが、無言とはつまり肯定であるとアレシーは解釈した。普段のアレシーが着ているものは、他の村人が捨てる寸前まで使ったぼろ布を縫い合わせたものをで、それを頭から被っているだけであった。比較的裕福なその家で大事に育てられてきた娘のきれいな服をもらってアレシーの心は躍った。自分も立派な生き物になれたような気がしたからだ。


 また別の村人を殺したとき、アレシーは腕についている血の匂いにひかれた。さっきはあまりおいしくなかった血だが、今度はおいしそうに感じたのである。不思議に思ったアレシーはその死体を確認した。それは、十二歳のアレシーより少し年上のお姉さんであった。名前はリーズルという。例にもれずアレシーを奴隷扱いする村人である。アレシーの記憶が正しければ確か成人前で、結婚もしていなかったはずだ。もう一度他のものと混ざらないように匂いを嗅いでみたが、どことなくフルーティーな匂いの血はおいしそうであった。すぐに隣にあったリーズルの母親の死体の匂いを嗅いでみるがそこまでおいしそうには思えなかった。もちろんそれでも夜番の男の物よりはおいしそうであったが。


 そこでアレシーは一度、血を飲んでみることにした。まずは母親の方からである。


「あむ。ん、ん、ん」


 首筋に牙を突き立てながら血を吸いだした。 そして次はリーズルのものを飲んでみた。


「あむ。ん、ん、ん、んぱ。うん。やっぱりこれの方がおいしい」


 どうやら人によって血のおいしさは変わるようであった。これはおいしさの理由をしっかり聞かねばとアレシーは思った。


 そのあとも特に問題が起きることはなくアレシーは村人を殺し終えた。アレシーにとっては問題にすらならなかったが、一度音を不審がった村人数人がランタンをもって様子を見に来たりはした。もちろん、声を出される前に殺しつくしたので大事には至らなかった。


 さて殺し終えた村人を前にしてアレシーは困っていた。それはまずどれを持っていけばいいのかということである。

 すべてを運ぶことはできない、ならばおいしそうなものを運ぶべきか。しかしおいしそうな血の持ち主はリーズルの後にもいたにはいたのだが、血に目がくらんだアレシーがそのほとんどを飲んでしまったのだ。そのためおいしい血の持ち主だけだと絶対に量が足りないだろう。


「うーん。適当に持っていくか」


 少し考えてからアレシーはできるだけ村の出入口に近い家から適当に十人ほどをロープでつないで引きずりながらモルティムのもとまで戻っていった。


「戻ったか。チッ。とりあえずそいつらをさっさとよこせ」


 なぜかイラついた様子のモルティムに献上品を差し出せば、すごい勢いで十人ほどの血を飲み干していった。


「おい、まさかこれだけではないだろうな」


 血を吸いながら聞いてきたモルティのためにアレシーははそのあと六往復程してやっとモルティムの傷は癒え始めた。


「やはりこのような質の悪い血では力は戻りはしないか」


 手をグーパーとしながらモルティムはつぶやき、そのままそばに立っていたアレシーの顔に向かって裏拳をたたき込んできた。


「ぐううう」


 アレシーは森の中の木を倒しながら飛んでいった。


「あいつ、まさか裏切って」


「なぜ殴られたかわかるか」


 アレシーが考えをまとめる前にモルティムがゆったりとした歩みでアレシーに近づいてくる。


「俺への献上品を盗み食いした阿呆に対してしつけを施すためだ。まさかばれないとでも思ったのか」


 まずいと思った。確かにおいしい血のほとんどはアレシーが飲んでしまったが、まさかここまで怒るとは思わなかった。仮にも、この状況のアレシーはモルティムの命の恩人である。多少の目こぼしくらいはあると思っていたのだ。そこまで考えてアレシーは、むしろ跪いて感謝を述べるのはモルティムの方なのではと思った。

 確かにアレシーにも吸血鬼にしてもらったという恩はあるが、モルティムなんてアレシーがいなければきっとあそこでのたれ死んでいただろう。うん。そうに違いない。アレシーは逆にここでこの恩知らずを躾けなければいけないと思った。




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