血族たちの宴 ~新米吸血鬼が吸血姫と呼ばれるまで~
蛸賊
第1話 誕生
アレシーは生まれたときから赤目であった。これは吸血鬼の特徴である。両親はそのこと隠したが、結局アレシーが九歳の時にほかの村人にばれてしまった。
その際アレシーの両親は殺されたがアレシー自身は生かされた。これは、村人たちが優越感に浸るためであった。
吸血鬼の特徴を持つ者を奴隷のように扱う。まるで自分が吸血鬼よりも上位の存在であるかのようなその行為に村人たちは酔いしれていったのだ。
いつものように、アレシーは山菜取りに出かけていた。これはまともにご飯をもらえないアレシーにとって生きるために大切なことであった。
アレシーがいつもと違うと感じたのは鳥の声が聞こえないと気付いてからであった。いつもなら鳥たちのさえずる声が聞こえてくるはずなので、アレシーはもしや獣が近くにいるのではないかと注意深くあたりを見回しながら、森の中を進んでいった。
「クソッ! この俺がこんななぜこんな。この傷さえ治れば……」
茂みの向こう側から聞き覚えのない声が聞こえてきた。傷ついている様子ではあったがアレシーは声のもとに近づくかどうか迷ってしまった。
「人間か。ちょうどいい、さっさとこちらに来い」
迷っているアレシーにそれは声をかけてきた。その声に従いアレシーは茂みを超えていく。その先には血を流した大柄の男が木にもたれかかっていた。その男は上流階級の者が着るような暗い色の燕尾服を着込んでいたが、傷だらけなうえ血で汚れているそれは、無残なモノであった。
しかし、それ以上に目についたのはなんといってもその目だ。それは吸血鬼の特徴たる赤目であった。傷ついてなお爛々と輝くそれをアレシーは美しいと感じていた。
「む。同族か……いやそんなはずはない。貴様その目は自前か」
男はアレシーの目を見て聞いてきた。吸血鬼であろう男は、自身の感覚でアレシーのことを人間だとみているようだったが、視覚から入る赤目という情報に少し動揺しているようでもあった。
「うん。もともと」
「ハハハハハ。貴様、人間の分際でこの俺に大層な態度ではないか」
媚びるでもなく返事をしたアレシーに対し男は豪快に笑った。
「でも、その傷じゃ何もできない」
「む」
図星だったのか男は不機嫌そうに口を紡いだ。
「まあいい。さっさとこちらに来て血を渡すがいい」
「いやって言ったら?」
「断れるとでも」
「うん」
そう答えた瞬間男が何かしたように見えた。そしてアレシーの首元に鋭い痛みが走る。とっさに首元に手をやると、どくどくと血が流れ出てきていた。
「ふん。貴様程度いつでも殺せることを忘れるな。しかし、この匂い。やはりあまり上等ではないな。まあこの際えり好みはしていられないがな」
アレシーにはここにきてやっと殺されるかもという恐怖が生まれてきた。それでもアレシーは気丈にふるまった。
「殺して、それからどうするの? 私の死体のところまで這いつくばってきて血をすするつもり」
男の方も驚いている様子だった。それはアレシーが恐怖で従うでも、逃げ出すでもなくさらに挑発を続けたからであった。
男の様子からプライドはかなり高そうだと考えたアレシーは挑発を続けた。この言い方なら、この男はそんな無様なことはするまいと思い、殺すことを躊躇うだろう。
「私はこの辺の村の場所を知ってる。条件次第ではそれを献上してもいい」
「条件だと? 人間風情が随分と思い上がるではないか」
「思いあがってなんてない。私をあなたの仲間にしてほしい」
「仲間か。クハハハハハ。吸血鬼という上位の存在に貴様も憧れたか」
「どう捉えられてもいい。わかるでしょこの目。この吸血鬼みたいな真っ赤な目。これのせいで私がどんな暮らしをしてきたか。それならいっそ……」
「いっそ本当に吸血鬼にでもなってしまいたいと。なるほど。面白い話ではないか。それでその村はどの程度人間がいるのだ」
「たくさん」
「まともに数も数えられないか。まあ村ならば少なくとも俺が動けるようになるくらいの人間はいるか」
男は少し考えるそぶりを見せた。その間アレシーは気が気でなかった。もしこの男がうなずかなかったら。考えた結果、別にアレシーに頼らなくてもいいとなってしまったら。間違いなくアレシーは殺されるだろう。アレシーは死にたくはなかった。
「よし。いいだろう。貴様に俺の血を与えてやろう。近くまで来い」
アレシーはずんずんと男のそばまで寄った。なんとなくではあるが、臆病なそぶりは見せない方がいいように思ったからである。
「上を向け」
男のもとまで来たアレシーは男の前で跪き、顔を上にあげて口を開いた。
「血に従い我が同族として目覚めるがよい」
そういいながら男は自分の手首を切ってアレシーの口の中に血を流し込んだ。それは血なまぐさくとても飲めたものではなかった。思わず吐き出しそうになるそれをアレシーは気合で飲み込んだ。
「名は」
「ア、アレシー」
「よし。これよりは、アレシー・クアムーリア=ペルディントと名乗るがいい」
その言葉を聞きながらアレシーの意識は深い闇の中に堕ちていった。
どのくらいたったのだろうか。アレシーは無事に目覚めた。起き上がるとそこにはさっきまでと同じように傷だらけの男が木にもたれかかっていた。
「目覚めたか。ならば約束通りさっさと人間どもを献上しろ」
「うん」
言いつけ通り、アレシーは村の人間を男に献上しようと起き上がり歩き始める。数歩歩いたところでアレシーは男の名前も知らないことを思い出す
「あなたの名前は何というの?」
「む。名前か。俺はモルティム・クアムーリア=ペルディントである」
「クアムーリア=ペルディント」
「ああ、そうだ貴様にやった名と同じだ。そのあたりのことは後で説明してやる。今は早く人間どもを連れてこい」
「わかった」
そういってアレシーは、自身の名をなじませるように口の中でアレシー・クアムーリア=ペルディントとつぶやきながら村に向かって歩き始めたのだった。
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