[4]やるべきこと
リュヴァルトの目は室内を
「ウィル。その紙、一枚貰ってもいいかい?」
「え? うん、いいよ」
ウィルは書き取りの練習に用意した紙を一枚渡した。一体どうするんだろうと観察する少年の前で、リュヴァルトはその紙の端をピシッと平行に折った。折り線に沿って切り取ってやると細長いテープのようなものができあがる。同じ作業を繰り返してもう一枚同じ紙テープを作ると二枚の端を揃え、垂直に重ね合わせた。互い違いに重なるよう丁寧に折りこんでいく。
ちらりと横目で窺えばウィルは興味津々でリュヴァルトの手元を覗きこんでいた。思惑通りの反応にこっそり口角を上げ、青年は二枚の紙片の末端まで全てを折りこんだ。
できたのは蛇腹に折られた長細い紙の塊だ。
リュヴァルトはそれを一度限界まで引っ張って伸ばすとグッと縮め、手の中に握りこんだ。その拳をウィルの目の高さに掲げてみせる。
「何かわかる?」
リュヴァルトの問いに少年はふるふると首を横に振った。青年は口許ににやりと笑みを張りつけるとパッと上向きに手を開いた。
次の瞬間、手の中から勢いよく紙の塊が飛び出した。
ウィルは「わぁっ」と感嘆の声を上げた。紙の塊は伸びきった形でコロンと卓上に転がった。
「……すごいや! 飛び出した! これ、なんなの?」
「バネだよ」
「バネ?」
「そう。これにね、例えばこんなふうに……」
リュヴァルトは思案気にペンを取り、残りの紙の余白に星の形を描いた。それを適当な大きさに切り取る間にウィルに糊がないか尋ねる。部屋の隅の文机からウィルが糊を取ってくるとリュヴァルトは先程のバネに紙片をくっつけ、その塊をもう一度握ってみせた。
パッと開いた手の中から星がぴょーんと飛び出した。ウィルがパチンと手を叩いた。
「わかった! 流れ星だ!」
「うん」
にこにこ答えると少年は満面の笑みで飛び上がった。流れ星を手にした彼はそれを縮めたり伸ばしたり好奇心に目を輝かせ、しまいには「ぼくも作ってみたい」と言い出した。
思いがけず始まった工作の授業をウィルは心から楽しんでいた。彼の嬉しそうな顔と卓上に並んだ紙バネの数々を微笑ましく眺めていたリュヴァルトは、そのうちにあることを思いついた。
「このバネをいっぱい作ってさ、箱に詰めたらびっくり箱になるよ。ウィルはびっくり箱って知ってる?」
「うん! あ、でも見たことはないんだけど……。それ、ぼくにも作れる?」
青年がもちろんと頷くのを確かめるが早いか、ウィルは笑顔で「箱をさがしてくるね!」と立ち上がった。
だがその足が駆け出すことはなかった。
「ウィル? どうしたの、お勉強は終わった?」
「あ、アン……あのぼく……」
アネッサが怪訝な目を向けていた。彼女の視線はもじもじと上目遣いに見てくるウィルの肩の先を通り越し、リュヴァルトの着くテーブルの上に届いた。――つまり、紙バネの山に。
アネッサはあんぐりと口を開けた。
「なっ……リュー!? それなんなの!? 読み書きの勉強はどうなってるの!? 先生は!?」
「あ……、ええと先生はちょっと前に帰って、あ、宿題を出されたんだけど」
「それがその宿題!?」
「いや、これは息抜きみたいなもので……実はびっくり箱を作ろうとしててさ。そう、アンにあげようかと思って」
笑みを浮かべてもっともらしく言うと、アネッサも「……へぇ、そうなんだ」とにこやかに笑った。その顔にほっとリュヴァルトが息をついた瞬間、何を感じ取ったのかウィルが自らの両耳をぱっと押さえるのが目に入った。そしてそれを不審に思う間もなく、アネッサの雷が落ちた。
「やるべきことをちゃんとやりな!!」
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