[14]無駄な時なんてないよ
しばらくしてウィルは
「リュー」
小さな呼び声にリュヴァルトは座りこんだまま振り仰ぐ。アネッサの視線は少年が入っていった邸に注がれていた。
「……あんた、本当は行きたいところあるんじゃないの?」
「え?」
「旅してるんでしょ。目的地があるからリトを出た。リトを出て、目指さなきゃいけないって思った。そうだよね?」
振り向いたアネッサと目が合った。彼女が一体どんな返事を求めているのか、その最適解がわからずリュヴァルトは何も言うことができない。
アネッサはそっと微笑んだ。
「やっぱり行くべきよ。あたし、あんたには後悔のないようにしてほしいと思ってる。なるようにしかならないってあんたは言ったけどね、時には自ら動いて掴むことも大事だと思う。……ウィルのこと気にかけてくれて嬉しかった。ありがとう」
ここで無駄に時を過ごすべきじゃないよ。あたしが全力で助けるから。
そう締めくくるとアネッサはリュヴァルトの肩をぽんぽんと叩き、自身も邸へと戻っていった。
彼女が触れていった肩に手を当てた。温かな想いがまだそこに残っているような気がする。
午後を過ぎてすぐ、リュヴァルトはジェラルディオンに呼ばれた。
案内された彼の書斎に入ると銀貨が一枚無造作に机に置かれた。リュヴァルトは眉を顰める。
「マリーからだ。私からも重ねて礼を言う」
「マリー?」
思わず首を傾げた。正面に座る主を見返せば訝しげな顔がそこにあった。
「力を使っただろう。朝に来たと聞いた」
「朝? あ、夫人のことか……。いや、でもあれは」
「どうした? 正当な報酬だ、受け取るがいい。それともこの額では足りぬか?」
ジェラルディオンが目配せする。控えていた執事が一歩動いたのを見てリュヴァルトは慌てて首を振った。足りないどころか多すぎるほどだ。
今受け取らねば更に上乗せされるのは必至だった。身の丈に合わない過分な額を貰ったところでロクなことはない。リュヴァルトは軽く会釈をし、おずおずと銀貨を掴んで懐にしまった。
「リトから報告が上がってきた」
唐突に始まった話にハッと身を強張らせる。
ジェラルディオンは椅子の
「重要参考人として捕縛していた男がひとり、行方不明だそうだ。見つけ次第リトに送還願いたいという布礼が一帯に出た。銀髪で背が高く、何より肌が白いのですぐわかるとあったぞ……これだけでお尋ね者は
「……」
「腹は決まったか?」
リュヴァルトは思案げに目を伏せた。だがすぐに真正面の男を直視すると、すっと息を吸いこんだ。
「俺にできることなら」
毅然と答える。ジェラルディオンが唇に薄く笑みを乗せた。
細かい話を幾つか打ち合わせた。
表向きは身重の夫人の側仕えという体裁でリュヴァルトを置くらしい。他に協力を請う項目の確認や日々の暮らしにおける決まり等、話の大筋がある程度煮詰まったところでリュヴァルトは退室を命じられた。
扉を閉める自らの手に目を落とす。指輪の青い石が呼応するようにきらりと光った。
――願いが叶うかもしれない。
ずっと、心の奥底にしまい、温めてきたふたつの願い。その片方、叶うことはないだろうと早々に諦めてしまった方の願いがもしかしたらここで叶うかもしれないと思った。切望しては傷ついて、もう期待するまいと固く決めていた。最後にもう一度だけ望んでもいいだろうか。可能性に賭けてもいいだろうか。
『無駄に時を過ごすべきじゃない』
意志の強い声が耳に蘇り、リュヴァルトはふっと笑みを浮かべた。
もし自分の決断に文句を言う者がいるとすれば、それはただひとりしかいない。赤みを帯びた金の髪を持つ美女――勝ち気で世話焼きなアネッサ。
「兄さんにはひとまず適当に話を合わせておいて。後からこっそり抜け出させるから」
彼女はそう言っていたが、リュヴァルトは本気でジェラルディオンに協力してもいいと思っていた。これも何かの縁だろう。
「無駄な時なんてないよ、アン」
全ては必然なんだ。出会いも、別れも、何もかも。
期待と不安が入り交じって落ち着かない。胸がくすぐったいようなふわふわした感覚に若干戸惑いながら、リュヴァルトは審判を受けるべく歩き出す。
これが彼と彼女の〝始まり〟であり、〝終わり〟に向かう第一歩だったとは、このときのリュヴァルトには知る
1章 邂逅 完
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