[11]猫と犬と少年と

 探し人は思いのほか早く見つかった。エントランスを出たリュヴァルトの目は、降り注ぐ木漏れ日にきらきら輝く金の髪を見逃さなかった。


「ウィル!」


 大きな木の下で少年が振り向く。ウィルはこちらに手を振りつつなぜかステップを踏んでいた。小ぶりの器を両手で高く掲げ、目線は下方のあちこちを行ったり来たり。

 近づいて理解した。彼の足下にまとわりついているのは――猫。察するに餌が入っているということか。

 アネッサは木の幹にもたれかかるようにして座っていた。何か言いたげなふうにも見えたがおおよそ夫人についてだろう。


「お友だちはご飯の時間かい?」

「うん。でもこまってるの。ヒョウにあげたいんだけど、ミルクがもっとほしがっちゃって、はなれてくれないの」

「じゃあ手伝うよ。ミルクは――こいつかな? ほら、おまえはもう終わりだってさ。こっちにおいで」


 リュヴァルトはウィルの足にじゃれ回っていた白い子猫をひょいとつまみ上げた。途端にウィルが抗議した。


「それ、ヒョウだよ。ミルクはこっちの白と黒のやつ」

「ええ!? だってミルクって、真っ白だから〝ミルク〟にしたんじゃないの?」

「ミルクは食いしんぼうなんだ。アンがごはんあげるとき、いっつも『ミルクだよー』ってよんでたから〝ミルク〟が自分の名前だって覚えちゃったの。ぼくはコハクって名前にしたかったんだよ? だってね、目がとってもキレイなんだもん!」


 確かにブチ猫の目は澄んだ琥珀色をしていて美しかった。


「ミルクをあげるんだから『ミルクだよー』って声かけるのは当たり前でしょ」


 アネッサは膝の上で寝そべる灰色猫のアメをなでながら憮然と反論した。その通りだねとリュヴァルトは苦笑を浮かべる。

 ちなみに白猫につけられたヒョウという名前の由来は「ひょうがふってたときにアンが拾ってきたから」だそうだ。

 リュヴァルトは改めてミルクという名をつけられたブチ猫を捕まえた。一目で食いしん坊だとわかる身体つきをしていた。

 青年の手を離れた白猫ヒョウはようやくウィルの元で餌にありついた。




 猫たちを優しく見守る少年の隣にリュヴァルトはそっと座った。


「ウィル、お母さんの話なんだけどね」

「あっ……うん、あの……わかってるよ、ぼく」


 ウィルは明らかに動揺しつつも笑顔を作って青年を見上げた。


「飲んでくれたらいいなって思ったけど、飲みたくないときだってあるでしょ。のどかわいてなかったかもしれないし、もしかしたらレモン水があんまりすきじゃなかったかも……。お母さん、おなかに赤ちゃんがいて大変だもんね。ぼくはお兄ちゃんになるんだから、ワガママは言わないんだ」


 少年は考え考え話した。口に出しながらきっと自分にも言い聞かせているのだろう。せっかく考えてくれたのにごめんなさいと、リュヴァルトへの気遣いまで見せる健気な少年に心を打たれた。


「お母さん、飲んでくれたよ」


 リュヴァルトはまるで大事な内緒話を打ち明けるかのごとく囁いた。ウィルは一拍置いて「え?」と首を傾げた。固まってしまった少年にリュヴァルトはにこにこと笑顔を向け「飲みやすいって言ってたよ」と続けた。

 ぽかんとして聞いていたウィルは、やっぱり内緒話のようにそうっと囁いた。


「……ほんと?」

「ほんとほんと。俺、嘘は言わないよ」


 大きく頷いてやるとその顔は次第に輝き、やがてわぁいと飛び上がった。

 ウィルがアネッサに振り向いた。


「おいで! ハレ!」


 瞬間、アネッサの凭れる木の陰から中型犬が飛び出した。そこに犬がいるとは思っていなかったリュヴァルトは悲鳴とともに上体を反らし、そのまま尻餅をついた。犬は青年の上を軽々と飛び越え、笑顔で駆け回るウィルを追いかけていった。

 今度はリュヴァルトが呆気に取られる番だった。


「ハレ……って言うの? あの犬?」

「そうだよ」

「えーと……もしかしてあの子を拾ったときのお天気は……」

「言いたいことがあるならはっきり言って?」


 にっこり笑みを浮かべたアネッサ。その背に不穏な空気がまるで陽炎のように立ち上っているのが見える……気がする。

 青年は口許を引きつらせ、緩く首を振って辞退した。

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