[10]藍の色は憂えて
差し出したグラスを
「どうかな?」
「……大丈夫みたい」
「それならよかった」
リュヴァルトはほっと表情を緩めた。
「今のうちに食事もとるといいんじゃないかな。お産は体力勝負と言うし」
「……あなた、また来るの?」
「え?」
「だってあなた
夫人の怪訝な瞳を前にして、リュヴァルトはすぐに返答することができなかった。建前上はそうなのだがどこまで正直に話していいものか。
そもそもそれ以上にうまく説明できる気がしなかった。結局は曖昧に頷いて済ませると夫人が小さく溜息をついた。
「雪花人のあなたに言うのは筋違いなんでしょうけれど……。わたくしは、不思議の力にはあまり頼りたくないのよ。本来の流れを捻じ曲げるということでしょう?」
「どうかな。身体に要らないものを取り除いただけだし、そこまで悪いことでもないんじゃないかって俺は思うけど」
「……そう、ね……。悪阻が重くて参っていたのは事実だわ」
声音が僅かに変わった。リュヴァルトを見上げる夫人のその面持ちは、まるで憑き物が落ちたかのようにすっきりとしていた。
「さっきは悪いことを言ったわね。その、旦那さまが寄越したと知らなくて」
飽くまで謝罪の
リュヴァルトは笑って肩を竦めると、夫人が手にしたレモン水を指した。
「礼ならあなたの可愛い息子さんに。それはウィルがあなたを想って作ったんだから」
これで自分の勤めは果たしただろう。そうなると次に気に掛かるのは逃げるように部屋を飛び出していった少年の行方だ。お手製の飲料を母が口にしたこと、且つ喜んでいたことを伝えればきっと少年の顔にも笑みが戻るはず。
満たされた思いで
「あれはわたくしの子ではないわ」
スッと肝が冷える声が響いた。リュヴァルトはぎくりと息を止める。
「……え?」
佳人に振り返った。夫人は手元のグラスを憂鬱そうにじっと見つめていた。
――聞き間違えたのだろうか。
母は子を慈しむものという意識がリュヴァルトの中にはある。一度母となることを望み決意したのであれば子に愛情を注ぐのは当然であり、信念を持って育てるものだと思っている。逆に言えば我が子の存在を否定したり軽んじる者に親の素質があるとは思えない。母だなんて絶対に認めない。
――おそらく幻聴だろう。
リュヴァルトは気を取り直し、再び扉に足を向けた。夫人の「ねえ」という声が耳に届くまでは。
「この子を確実に女の子にしてほしいと言ったら、あなたできる?」
自らの腹部に手を当て堂々と言い放った夫人にリュヴァルトはさすがにぽかんと口を開けた。尋ねた本人は怪訝そうに首を傾げた。
「どうなの?」
「い、いや、それは無理だ。性を決める力は神のみが有する。人にそこまでの権限は与えられてない」
「そう……無理なの」
落胆の色が滲む声だった。いや、始めからどこか諦めているようにも見える。だからかもしれない。リュヴァルトは思わず聞き返していた。
「どうして女の子を……?」
「――わたくしは女の子を産まなければならないの。絶対に」
答えになっていない。けれど思い詰めた様子の彼女に再度訊く気にはなれなかった。
退室を命じられ青年は軽く頭を下げた。
夫人はリュヴァルトをちらりと横目で見て、再び顔を伏せた。
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