[8]金の髪の少年
「どうって……、特に何もしてないよ。俺は、動物には割と好かれるみたいなんだ」
「いいなぁ。後から来たミルクはすぐなでさせてくれたけどアメは本当に大変なんだよ。だっこもまだできなくてさ……。ぼくもおじさんみたいだったらよかったな」
「あのさ……できればおじさんじゃなくて、お兄さんかリューって呼んでくれると嬉しいかなぁ」
流し切れなくなってリュヴァルトは口許を引きつらせながら笑った。年端もいかぬ子どもからすれば三十路の自分などおじさん以外の何物でもないのだろう。が、その呼ばれ方はさすがに違和感がある。
男の子は首を傾げながらもリュヴァルトの願いを快諾した。向こうはウィルと名乗った。
「ぼくね、アンがリューをつれてきたの見てたよ。もう元気になったんだね、よかったね」
にっこり笑った顔につられてリュヴァルトの顔にも笑みが浮かぶ。ウィルはリュヴァルトの隣に座ると手にしていた本を膝の上に広げた。この年頃の子どもが読むものにしては文字が小さいような気がする。
「読書かい?」
「ここで読むのがお気に入りなの。風が気持ちいいし見晴らしもいいし、サイコーなんだ! それにほら、小さなお友だちもたくさんいるから楽しいでしょ。……でもお友だちと遊んでるとアンにおこられちゃうんだけどね。いろんな本をいっぱい読めるようにならなくちゃいけないんだって、ぼく」
後半を内緒話のごとくひそひそと囁いた男の子にリュヴァルトはつい笑った。それは大変だねと頷いたところに声が降ってきた。今度は聞き覚えのある女性の声だった。
「そりゃそうだよ。覚えることはいっぱいあるんだから。ウィルはお父さんみたいになりたいんでしょ?」
振り仰いだ先にアネッサが立っていた。ウィルは慌てたふうに声を上げた。
「ぼくサボってたわけじゃないからねアン。今来たところなの。ね、リュー?」
リュヴァルトはちゃんとウィルの身の保証をしてやった。ほんの数分前にやってきて話をしていただけだ、嘘ではない。が、誰の目にもわかるほど少年がほっと安堵の息をついたのを見て思わず笑いを噛み殺す。
ふたりの顔を交互に見比べているとアネッサが小首を傾げた。
「どうかした?」
「もしかして、ウィルはアンの子ども?」
リュヴァルトが問いかけるとアネッサもウィルも変な顔になり、一拍置いて仲良く笑い出した。
「違う違う。ウィルは兄さんの子どもだよ。あたしにとっては可愛い甥っ子」
「アンはまだ結婚してないもんね」
「こら。まだは余計」
アネッサとウィルが楽しそうに掛け合っているのを見てリュヴァルトも口角を上げた。
「そうか、じゃあウィルはもうすぐ兄弟ができるんだね」
話題を盛り上げるつもりで口にした言葉は、しかし結果として男の子の顔を曇らせた。期待した反応が返ってこなかったことにリュヴァルトの笑顔も固まる。内心どぎまぎしているとウィルは不安そうに顔を上げた。
「お母さん……ずっとねこんでるって聞いたの。だいじょうぶなのかな? お母さんも……赤ちゃんも」
「そういえば食事がとれてないって言っ……いだだだだだ」
リュヴァルトの声は途中から悲鳴に変わった。しゃがんだアネッサが彼の手の甲を思いきり
「大丈夫だよ。心配しないの。今の時期は大体こういうものだからね」
「うん……」
アネッサに押し切られ俯くウィルを見て、リュヴァルトは手をさすりながら考えた。
「お母さんに何か持っていってみる?」
「え?」
「例えばそうだな……果物とか、レモン水。うん、あれならサッパリしているから口にしやすいと思うな。簡単だからウィルにも作れるよ」
「本当!?」
「作ってみるかい?」
目を輝かせて食いついてきた男の子にリュヴァルトは笑顔を返した。
色を失うアネッサを余所に、ウィルは飛び上がって喜んだ。とにかく「やる! 持っていく!」と大興奮で、リュヴァルトもにこにこと目尻を下げる。
「ちょっと……! 余計なこと言わないで!」
アネッサが声を潜めながら噛みついた。リュヴァルトはきょとんとした顔で彼女を見返す。よかれと思って提案したのになぜ怒られるのだろう。
アネッサはひっそりと溜息をついた。
「……あの子、きっとがっかりする」
「がっかり……?」
リュヴァルトの疑問にアネッサが答えることはなかった。
そして疑問の答えは彼女に教わらずともすぐにわかることとなった。
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