第13話 令嬢からの招待状

「コラード公との会談、上手くいって良かったです」

 

 アランの声にディアナは手に持っていた書類から顔を上げた。


「アランにとっては予想通りだったのでは?」

「そうですね、公は頷いてくださると思ってはいました。しかし今日この場でサインまでされるとは思わなかったので」

「そうね。でも契約書を用意しておいて正解だったわ」


 ディアナが確認していた書類はコラードとの間に交わされた契約書だ。

 内容はディアナの所有するカロス山から産出されるミルスの売買契約、またそれに伴ってコラードがディアナを皇后として支持することを約束する内容が盛り込まれたものだった。


「コラード公は領民のことを思う良き公爵のようね」

「そうですね。公の第一優先事項は自領を守ることと発展させることのようですから」


(そう。それは良いことではあるけれど、帝国にとってはどうかしら)


 そう思いながら、ディアナはコラードの言葉を思い出していた。


『ディアナ様。私は帝国民として国に協力することは当然と考えおります。しかし、私が最も大事にするのは我が領民。陛下が国民、ひいては我が領民を蔑ろにするようであれば陛下を支持することは難しくなるかと』


(公の言葉は本音でしょうね。自領の領民のことを大切にする公だからこそ、陛下の行動次第で切り捨てることも辞さない。元々帝国は五つの部族が集まってできた国。陛下はそのことをもっと考えなければならないのに)


「おそらく東西南北のどの公爵にとっても一番重要なのは各領地の繁栄だと思います」

「多部族国家ならではの問題ね。だからこそ帝都を治める陛下はそのことを考慮しなければならないのだけれど……」


 王宮では定期的に四大公爵とイーサンが話し合いの場を持っているという。

 そうでありながらコラードからあのような批判が出るということは、イーサンの現状は思った以上に厄介だといえた。


「今のところはコラード公も具体的に何か行動を起こすことを考えているようではないのでまだ良かったと言うべきでしょうね」

「そうね。少なくとも、今回私が婚約者としてウィクトル帝国に来たことで四大公爵の希望は一応は叶えられたことになるわ。陛下は国のために自分の気持ちを犠牲にしたと示せたでしょう」


 実際はディアナに対して失礼極まりない発言をしていたとしても、だ。

 

「西と南と東。残る各公爵とも話してみて、それぞれの考えを聞いた上で協力関係にもっていくのが今考え得る最善の策ね」


 そう言うとディアナは確認を終えた書類を机の上に置く。

 ひとまず今日一番の重要事項は終わったから、頭を休めるためにも少し休憩をしようとルラが入れてくれた紅茶のカップに手を伸ばした。


 しかしたいていがそうやって気を抜いた時に、新たな事件はやってくるのである。


「姫さま、招待状が届いています」

 ディアナの応接間に入って来るなり、そう言ったリリの目が据わっていた。


「リリ?」

 

 リリはルラと比べると顔に感情が出やすい。

 とはいえ彼女もディアナ付きの侍女を問題なくこなす身だ。

 リリが感情を露わにするのは気のおけない存在しかいない場に限る。

 そして今の表情を見るに、彼女はたいへん怒っていると思われた。


 そんなリリから渡された手紙をディアナは確認する。

 たとえどれだけ気分を害していようとも、リリの手紙に対する扱いは丁寧だ。


「お茶会の……招待状?」


 招待状の封筒の表面にはディアナの名が、そして裏面には招待者であるフィリアの名が記されていた。


「陛下の婚約者であり、今後皇后になる姫さまを軽々しく呼びつけるなんて信じられませんわ」


 リリの怒りももっともである。

 ウィクトル帝国においてお茶会は基本的に上の立場の者から誘うのが一般的だ。

 そして一度招待されて友好関係が築ければ、立場関係なく相手を招待することができる。


 つまり、フィリアがディアナに招待状を出すというのはディアナに対して自分の方が立場が上であると示す行動に他ならない。


「姫さま、こんな非常識な招待を受ける必要はないと思います」

 リリがプリプリと言い募るのを聞きながら、ディアナは招待状の内容を流し読む。


「三日後の午後三時から、フィリア様が親しい友人を何人か招いてお茶会を開催するようよ。友人を紹介したいから一緒にどうですかということみたいね」

「三日後ですか!?」


 怒るリリをなだめていたルラもさすがにそんなにすぐだとは思わなかったからか、珍しく動揺したような声を上げた。


「あり得ない……あり得ないでしょう!お茶会の招待状なんて一ヶ月前には出すものなのに!!」

「そうね。よほど親しい間柄であれば別でしょうけど、ほとんどお会いしたこともない相手に出すには非常識ね」

「姫さま、なんでそんなに落ち着いていられるんですか!?」


 ヒートアップするリリに対してディアナは落ち着いていた。


「ここで怒っては相手の思う壺でしょう。あちらが非常識だからといって、こちらまで同じ土俵に立ってはいけないわ」


 ディアナがあくまでも冷静でいるからか、次第にリリの感情も落ち着きを取り戻していく。


「しかし、どうされるのですか? まさか望まれるまま参加するおつもりで?」

 アランの問いかけにディアナはしばし思考を巡らせた。


「そうね……参加しましょう」

「「「!?」」」


 ディアナの返答に三人ともが驚きの表情を浮かべる。


「そんな! 言われるがままに参加したら、姫さまがフィリア様の下であると認めるようなものでは?」

 リリの言葉にルラとアランも頷く。


「現時点でどの家のご令嬢がフィリア様側についているのか、知りたいのよ」

「だからといって、姫さまが下に見られるなんて納得いきません」

「リリ、その状況を逆手にとってしまえばいいの」


 そう言うとディアナは招待状を机の上に置く。


「お茶会の場で、フィリア様には格の違いを見せてあげましょう」


 キラリと輝く瞳で言い切って、ディアナはその口元にほんのりと笑みを浮かべた。


「姫さま……」


(おそらくお茶会に参加するのは帝都の貴族令嬢たち。どの家がどういう考えを持っているのかを把握するにはもってこいね)


 ディアナは机の上に並べられたコラード公との間で取り交わした契約書とフィリアの招待状を眺める。


(現時点ではコラード家がこちら側についたことはまだ知られていない。それが公になれば自分たちの利益のために行動を起こす者が増えるでしょう。状況が動くよりも前に、現状を知っておくことは大切だわ)


 誰が真に国のことを考えられるのか、見極める必要があるのだから。

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