第12話 北の公爵

 アダマス・コラードはウィクトル帝国の北側を治める公爵だ。

 年の頃は三十代中盤だろうか。

 近衛騎士のタングステンを凌ぐほどの体躯は座っていても心もち見上げなければならないくらいディアナに比べて大きい。

 

 銀狼と対峙し続けているせいかコラードの眼差しはことのほか鋭かった。

 グレイの髪の毛に同色の瞳は雪原で見かければ彼こそが銀狼に見えそうなくらいだ。

 冬には雪が降り積もる領地を納めるコラードからは厳しさが感じられる。


「お目にかかれて光栄です」


 応接室のソファに座ったコラードは、そう言うとスッと頭を下げた。


「こちらこそ、招待に応じていただけて嬉しいですわ」


 ディアナがそう言ったタイミングでリリとルラがお茶を運んでくる。

 背後には今日はアランが控えていた。


「フォルトゥーナの国王陛下には時々お会いすることもあるが、王女とは初めましてですね」

「私はまだ成人前ですので公的な行事には参加していませんでしたから」

「まさか我が国でお会いすることになるとは思ってもいませんでしたよ」


 そう言うとコラードは紅茶を一口飲んだ。

 自分の持っているカップの琥珀色の液体が揺れる様を眺めながら、ディアナは改めて口を開く。


「今日お招きしましたのはコラード公のお考えを知りたかったからですわ」

「私の考え、ですか?」

「ええ。私、回りくどい言い方は好きではありませんの。ですので単刀直入にお伺いします」


 そこまで言ってディアナはコラードと視線を合わせた。

 何ごとも見逃すことのないように。


「今回のウィクトル帝国とフォルトゥーナ国の婚姻は四大公爵様方が望んだと聞いていますわ。率直に言ってコラード公は陛下とフィリア様のことをいかがお考えでしょうか?」


(まぁ、正しくはフォルトゥーナ国との婚姻を望んだというよりも、フィリア嬢以外のそれなりの立場ときちんとした教育を受けたご令嬢であれば私でなくても良かったんでしょうけど)


 ディアナの質問に、コラードは腕を組むとつかの間口をつぐんだ。

 そしておもむろに口を開く。


「今のままでは良くないと考えています。陛下はフィリア嬢に執心するあまり周りが見えていらっしゃらない。今はまだ王宮内のこととして収まってはいますが、政治的な場面にも影響が出始めていますし、国民の生活に差し障りが出るのも時間の問題かと」

「そうですか。具体的にはどういった影響が?」


 コラードが視線を落とし自身の考えをまとめるかのように悩む様をディアナは見守る。


「陛下の決裁が必要な書類が滞っています。他にも報告を希望してもお会いできないことが増えている」

「部下の報告を聞くことも、政治を進める上での決済も陛下の重要なお仕事でしょう? ましてやコラード公ですらなかなかお会いできないとなれば、他の文官方はさらにお仕事が滞っているのでは?」


 イーサンに問題があるであろうことはディアナも十分にわかっていた。

 しかし国の運営にまで影響が出ているとなると予想以上だ。


(愛する人ができただけでそこまでになるものかしら?)


 ディアナは疑問に思う。

 恋をしたこともなければ愛をまだ知らないからわからないだけなのだろうか。

 とはいえ、政略結婚を控える身としては恋も愛もむしろ知らない方がいいのだけれど。


「私は今回の婚姻において私に求められることが何かはわかっているつもりです」

「とおっしゃいますと?」

「ウィクトル帝国の皇后として、陛下が正しく国を導けるよう手助けすることですわ」


 そこでディアナはいったん言葉を切るとコラードを見る。


「具体的には陛下とフィリア様を離すこと。もしくはフィリア様を愛妾としてそばに置くにしても彼女の存在が帝国の威光に影をささないようにすることでしょう」

「ディアナ様はフィリア嬢が陛下のそばにいてもいいと?」

「望ましいこととは思いませんわ。しかし完全に引き離すことによって引き起こされる事態が大きいのであれば、国を守る者としては目をつぶる必要があることも承知しております」


 ディアナの言葉に一瞬コラードが虚をつかれたような顔をする。

 そしてここにきて初めて、安堵したような笑みを見せた。

 

「そこまでの心構えがおありだとは思いませんでした」

「私と陛下の婚姻は政略的に結ばれたものです。それくらいの覚悟は当然でしょう」

「もちろんそうではあるのですが……ディアナ様はまだお若い。恋や愛に憧れるお気持ちがあってもなんら不思議ではないので」


 厳つい見た目の公爵の口から『恋』や『愛』などというなんとも甘い単語が飛び出し、今度はディアナが不意をつかれたような顔になる。


「公は案外ロマンチストなんですね」


 だからだろうか。

 ついうっかりと本音がこぼれ落ちた。


「それは……我が部下に聞かれたら正気を疑われますよ」


 そう言いながらもコラードの耳がほんのりと色づいたことにディアナは気づく。


(公爵はきっと愛する人と結ばれた方なのだわ)


 コラード家ほどの立場でありながらそうした相手を選べたのであれば、それはとても幸せなことだろう。


 そして、家族を、領民を大切にする人であればあるほどこれからディアナが提案する内容は魅力的に映るに違いない。


「コラード公。こ存じのように私は陛下には求められていない皇后ですわ」


 先ほどまでとは打って変わった雰囲気にコラードはすぐに気づく。


「それは……私からはなんとも申し上げられませんが」


 たとえそれが事実であっても、コラードとしては立場上公には認められないのだろう。


「建前はけっこうです」


 コラードはディアナに対してネガティブな感情を持っていない。

 それは少し話しただけでもわかった。

 しかし彼はウィクトル帝国の公爵であり、多くの領民を抱える身。

 ディアナが無能であれば切り捨てることも厭わないだろう。


(女神様の神託のためにも味方につけておかなければならない)


 ディアナは本能的にそう思う。


 あの夢の中で、具体的なものがはっきりと示された訳ではない。

 しかしフィリアと誰か、そしてイーサンと四大公爵。

 その構図からうっすらと見えてくるものがある。


(おそらく、鍵を握るのはフィリア様なのだわ)


 だからディアナは、他国から皇后を迎えることを望んだ公爵たちを味方につける必要がある。

 今日の会談はそのための第一歩だ。


「これからのために、私から公に一つご提案があります」


 今後皇后になる者として、ディアナはこの場で確実にコラードの手綱を握らなければならない。

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