第11話 王女の要望

「公爵たちに会いたいだと?」


 イーサンの睨むかのような眼差しに動じることなく、ディアナはゆっくりと頷いた。


「ええ。ウィクトル帝国において重要な立場の彼らには早めにお会いしたく存じます」

「私はそなたを政治の場に関わらせる気はない」

「そんなことは求めていませんわ。ただ、私の入国に合わせて彼らも公爵領から帝都に来ていらっしゃいます。領地に帰られればなかなかお会いすることも難しくなりますし、陛下の婚約者としてまずは正式にご挨拶したく思います」


 『あなたは立場上私の希望を断ることはできないはず』

 そう言外に込めた意図を果たして正確に認識したのかどうかはわからないが、イーサンは渋々ながらもディアナの要望を呑んだ。


 許可を得たのであれば早めに行動するに限る。


 ディアナはイーサンの執務室から自室に戻るとすぐに各家へ手紙を送った。

 それぞれの家がどういった思惑を持っているのかはわからない。

 しかしどの家もディアナの面会希望に対してすぐに返事を返してきた。


「面会は北、西、南、東の順になります」


 ルラからの報告を聞いてディアナは頭の中に地図を描く。


 祖国フォルトゥーナと国境を接しているのは北と西の公爵領だ。

 どちらの公爵領もフォルトゥーナとの間にテネルという名の大きな森林があり、その森林に阻まれて国民同士の交流はあまりない。

 ただ、それでも隣接する領地のため王族とのやり取りはあったはずだ。

 まだ成人前のディアナは国の代表同士が顔を合わせる場にはほとんど参加したことはなかったが、もしかすると相手がディアナのことを知っている可能性はある。


「北はコラード家ね」


(コラード家は確か銀狼の上に交差する剣を描いた旗だったわ)


 ルグナシア大陸には固有の動物が何種類かいるが、その中でも有名なのがグランディス山脈の北側に生息する銀狼だ。

 銀狼は人の何倍もある大きな体に鋭い牙を持つ。

 基本的には山の中で暮らす銀狼たちは、冬になって山が雪に覆われ食糧が乏しくなると平野に降りてくることがある。

 コラード家にとっては銀狼が山を降りるのは人々の生活を脅かす脅威だった。

 

「リリ、私がウィクトル帝国に輿入れするに当たって下賜された物の中にカロス山があったわよね?」

「はい。フォルトゥーナの北の外れにある山ですね。持参品の一部として国王陛下が姫さまの名義に変更されています」


(たしかカロス山からはミルスが産出される)


 ミルスというのは硬い金属だ。

 鍛造すれば銀狼を斬ることも可能な強度を持った剣が作れる。

 しかしこの金属はフォルトゥーナからしか取れない。


 ならばそれは交渉材料になるだろう。


(問題はどれくらいの量を融通するかだわ)


「姫さま」


(手の内をすべて見せる必要はないのだし、必要最低限の量にしてできる限り残しておいた方がいいわよね……)


「姫さま!」


 リリの声に、考え事に集中していた意識がパッと引き上げられる。


「リリ?」

「姫さま、最近少し根を詰め過ぎだと思います」


 そう言って、リリはディアナの前に温かい紅茶のカップを置いた。


「そんなことないわ」

「い・い・え!」


 一言一言を区切るように言うとリリは首を振る。


「姫さま。私たちには女神様のご神託がどのようなものなのかはわかりませんが、お心を悩ませることがあるのであれば仰ってください」


 リリの横から今度はルラがお菓子の乗せられた皿を差し出しながら言った。


「そうです。このところずっと姫さまが思いつめた顔をしているからリリとルラまで萎びたような顔をしてましたよ」


 続けてアランにまでそう言われて、ディアナは思わず自分の顔を手のひらで撫でる。

 気づけば部屋の中にはリリ、ルラ、アラン、そしてディアナの四人しかいなかった。


(考えてみればフォルトゥーナにいた頃はこんな風に軽口をたたき合ったりしていたわね)


 生まれて初めて国外に出て、さらには重要な任務も任されている。

 その重圧が知らず知らずの内にディアナの視野を狭めていたのかもしれない。


「そう……ね。少し気負い過ぎていたのかもしれないわ」

「そうそう。一人で考え込むのは良くありません。三人寄れば文殊の知恵と言うではありませんか。姫さまの抱えている荷物を私たちにも分けてください」


 アランの言葉にディアナの肩からフッと力が抜けた。


「わかったわ」

 そう答えてディアナはアランを見る。


「ではアランならどうするか、教えてもらえるかしら?」

「私でわかることなら何でも」

「私にはまだウィクトル帝国内で味方になってくれる方はいないでしょう? ましてや陛下には嫌われているような状態。これからのことを考えても、帝国内で力を持つ味方を増やす必要があると思うの」

「どのようにして増やそうとしているのか、考えを伺っても?」

「そうね。まずはカロル山から採れるミルスを利用して北のコラード公爵から交渉していこうと思っているわ」

「ミルスですか……」


 アランが顎に手をやり少し考える。


「たしか姫さまがこちらに来る直前、コラード公爵からフォルトゥーナへミルスの取り引き量を増やしたいという願い出があったと思います」

「では、交渉の余地はあるということね」

「ええ。どのくらいの量が適正か、一度調べてみます」

「お願いするわ」


(ひとまずコラード公爵との取り引きはアランからの情報を待ってからね。次は西のベルダー家)


 女神の神託には四大公爵が全員映し出されていた。

 つまりフィリアと陛下、そして四大公爵は必ず神託に関係してくるということだ。


 そして、フィリアに瓶を渡していたあの男性は誰だったのか。

 

(そういえば、あの男性は特徴的な指輪をしていたわ)


「リリ、ルラ、こういう指輪をしている人がいないか探してくれるかしら?」


 そう言ってディアナは手近な紙に思い出せる限り詳細な指輪の絵を描いたのだった。

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