第10話 女神のお告げ

「女神様の神託はどのように受け取るの?」


 ディアナは幼き頃に姉のマルティナに尋ねたことがあった。

 当代において女神の神託を受ける可能性があるのはマルティナだ。

 もちろん、神託に触れることなく生涯を終えることもある。


「今までは夢の中に言葉が映し出されて伝えられることが多かったみたいよ」


 マルティナはそう言って幼いディアナの頭を撫でた。

 彼女自身もその後自分が実際に神託を受け取るとは思っていなかったのだろう。

 

 女神の神託が告げられるのはそれだけ珍しいことだったからだ。


 ディアナはそれ以降王宮の図書館で女神に関する書物をたくさん読んだ。

 それはもしかするとこれから自分の身に降りかかってくる運命を無意識に察知していたからなのかもしれない。


(女神様の神託を最初に受け取るときは言葉でも、その後のお告げにはいろいろなパターンがあるのね)


 王族のみ閲覧可能な持ち出し禁止の本に今までの神託に関する詳細が載っていた。


 いわく、最初の神託は国王の第一子に言葉で告げられる。

 いわく、それ以降は神託を実行すべき者に対してそれぞれに適した形で告げられる。


 最初の神託と同様映し出された言葉で受け取った者、月の表面に映った映像で受け取った者、何もない空間から音で受け取った者。


 どの神託もすべて夢の中でもたらされる。

 

 だから、ディアナはウィクトル帝国に来てから眠るのが少し怖くなった。


(女神様はいつ私に告げてくるのかしら)


 ユージンが現れた日、ディアナはそう思いながら眠りについた。



♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢



(……ここはどこ?)


 ディアナは辺り一面真っ白な空間に佇んでた。

 右も左も、上も下も何もない。

 誰もいない空間に一瞬不安にかられたが、ふと見た先に脚のついた銀の水盆がある。


 精緻な模様が彫られた水盆の高さはちょうどディアナの腰くらいだった。

 近づいて覗きこむと透明な水がゆらゆらと揺れている。


(夢?)


 たしかに自分はベッドに入って眠ったはず。


 ということは。


 不安に思うディアナの心が映し出されたかのように水盆の水の揺れが激しくなった。

 やがてその揺れがおさまってくるとともに何かが浮かび上がって見える。


「フィリア様?」


 ディアナの口から小さな声が漏れた。

 水面に見える映像にはフィリアの姿。

 彼女の手には装飾の施された小さな瓶が握られている。

 瓶は女性が使う香水や化粧水の瓶に似ていた。

 

 と、同時にフワッと風が吹く。

 どこかから香る甘ったるい匂いがディアナの鼻を抜けていった。


 よくよくフィリアの姿を見てみると、瓶を持った彼女の手の先に別の人の手が見える。

 フィリアの手に比べてゴツゴツとしたその手は男性のものだろう。

 まるで男性からフィリアへ瓶を渡してるかのようだ。


(相手は誰?)


 そうディアナが疑問に思ったところでまた水が揺れ始めた。

 やがて揺れがおさまるとどこかの部屋の中に何人もの男性が集まっているのが見える。


 部屋の真ん中に大きめな机が置かれており、その机の長辺右側に二人と左側に二人。

 そして正面に皇帝であるイーサンの姿がある。


 それぞれの背後には旗が掲げられ、何かを話あう様は会議をしているように見えた。


(あれは……たしか四大公爵家の旗)


 つい最近四大公爵家について調べたばかりのディアナにはすぐにわかった。

 ウィクトル帝国は元々いくつかの部族が集まってできた国。

 掲げられた旗はそれぞれの部族が使っているシンボルだろう。


 いまだ各公爵とは会っていなディアナにはイーサン以外の者たちに見覚えはないが、おそらく彼らが各家の当主で間違いない。


(何を話し合っているのはわからないわね)


 せめて当主たちの顔だけでも確認しようを目を凝らしたところで再び水が揺れ始め、それと同時にディアナの意識がふっと途切れた。



♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢



「……っえ?」


 ハッと目を開けると最近やっと見慣れた天蓋が見える。

 数瞬の間、自分がどこにいるのかわからなくなったがすぐに自室のベッドの中だと気づいた。


「夢?」


(ただの夢にしては見た状況がかなり特殊だったわ)


 肩から滑り落ちる髪の毛を耳にかけ、目を閉じると今見た内容を頭の中に思い浮かべる。


(ああ……そういうことね)


 自分はきっと女神の神託を見たに違いない。

 その考えがストンッと腑に落ちる。


(フィリア様と誰か、そしてイーサン陛下と四大公爵)


 水盆に現れた人物たちを思い浮かべてこれから自分がどうすべきかに頭を巡らす。


「そうね。まずは会ってみないと」


 そう呟いてベッドを下りた。

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