第9話 皇弟の思惑

 ディアナ・フォルトゥーナは想像以上に幼い見た目をしていたが、思っていた以上に腹の底の読めない女性だった。


 満月に照らされた夜道を歩きながらユージンは先ほどまで会話していたディアナを思い出す。

 噂にたがわず、ディアナは流れるような銀糸の髪を持つ一見十代中頃くらいの幼げな雰囲気の女性だ。

 少女と言ってもいいくらいだが、それでも彼女は後三ヶ月で成人である十八歳になる。

 

(でも、瞳を見ても何を考えているかはわからなかった)


 紫紺色の瞳は深みがあり見つめると吸い込まれそうな不思議な魅力があった。

 たいていの貴族令嬢はユージンの王弟という立場や端整といわれる容姿に釣られて好意的な反応を示すことが多い。


 しかしディアナの瞳にはユージンの突然の登場に対する驚きと、こちらの意図を探るような意志しか感じられなかった。


(そりゃあ一筋縄ではいかないよな。何といっても相手は神秘の国フォルトゥーナの王女だ)


 ウィクトル帝国においてフォルトゥーナという国を詳しく知る者は少ない。

 鎖国をしているわけではないが、彼の国は他国との交流を積極的に行っていないからだ。


(そんな国との婚姻……か)


 過去に遡ってみてもフォルトゥーナが婚姻のために王女を他国へと嫁がせた例はほとんどなかった。

 それほどまでに珍しいことではあるが、今回ウィクトル帝国からの要望に対してフォルトゥーナ国はあっさりと承諾したという。


(何か裏があると思った方がいい)

 少なくともユージンの知るフォルトゥーナは王族を外に出すことを拒んでいたからだ。


 (どんな情報よりも、やはり自分の目で見たことが一番信用できる)


 そう思いながら、ユージンは自身がフォルトゥーナへ行くことになった経緯を思い返していた。



♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢



 イーサンとユージンは三歳違いの兄弟だ。

 幼き頃は一緒に遊んだり学んだりと仲良く過ごしてきた。

 イーサンは勉学に武術とバランス良く体得していったがユージンはどちらかというと武術の方が得意だった。


 そして成長するにつれその違いは顕著になっていく。

 

 ユージンは何でもそつなくこなす兄を尊敬していたし、ゆくゆくは皇帝である父の跡を継いだ兄の助けになるようにとより一層武術の研鑽を積んでいった。

 もちろん可能な限り勉学にも時間を割き、兄と共に二人でウィクトル帝国を栄えさせていくことを信じて疑っていなかった。

 

 その未来が狂い始めたのはいつからだったのか。

 五年前に父が亡くなり、予定通り兄が皇帝となった時には何の問題もなかったはずなのに。


(すべては兄上がフィリア嬢と出会ったことから始まっている)


 二人の出会いは二年半前。

 イーサンが城下街を視察した際に暴漢に襲われているフィリアを助けことから始まった。


(その後兄上があれほどフィリア嬢を寵愛するなど、いったい誰が予想できたことか)


イーサンがフィリアにのめり込めば込むほどユージンは遠ざけられるようになっていった。

 なぜなのかその理由はユージンにもわからない。


 そして挙げ句の果てには周辺諸国を知る必要があるという名目のもと外遊に出されることになる。


 それがおよそ二年前のことだ。

 以降、ユージンは最初の一年をエスペランサ王国で、そして次の一年をフォルトゥーナ国で過ごした。

 そのどちらの国へも公にウィクトル帝国の王弟として滞在したわけではなくお忍びのようなものだったため、今までディアナと会うことはなかった。


 外遊は世間知らずだったユージンにとって厳しくはあったが有意義な時間にもなったと思う。

 しかし外遊中は祖国に戻ることを許されなかったため、ユージンは先日二年ぶりにウィクトル帝国の地を踏むことになった。


 帰国が許された理由もイーサンとディアナの結婚式に参加する必要があるからだ。

 他国を知るための外遊であるとはいえ、現在帝位継承順位第二位の王弟を理由もなく国から離れさせ続けることは不自然だ。

 ましてや兄であるイーサンの結婚式に弟が参加しないというのは兄弟の不仲を疑われること必至。

 国内の貴族たちにそういった疑念を持たれないための帰国だったのだろう。


(兄上の考えもフォルトゥーナ国の思惑も、これから注視していく必要がある)


 真っ直ぐ前に向けていた視線が足元に落ちる。


 無邪気に信じることのできた兄は、きっともういない。

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