第6話 近衛騎士団長の訪い

「本日は近衛騎士団長であるケイン・タングステン卿が今後の警護の件でおみえになります」


 ディアナはリリに身支度をされながらルラの声に耳を傾ける。


「タングステン卿といえば、代々王宮警護を任されているタングステン伯爵家の嫡子ね」

「はい。ダングステン伯爵家は領地を持たず、帝都に居を構えて長年王宮と帝都の安全に尽くしている家です」


 リリが仕上げにネックレスをつけ、ディアナは侍女二人を伴って寝室から応接室へ移動した。


「おはようございます。姫さま」


 すでに隣室に待機していたアランの挨拶に、そういえば、とディアナは三人に注意を促す。


「私たちしかいないところであれば『姫さま』呼びでも構わないけれど、他の人がいる前ではダメよ」


 幼少期からのつき合いであるリリとルラ、そしてアランはフォルトゥーナ国にいた時からディアナのことを『姫さま』と呼んでいる。

 正直ディアナにしてみても他の呼び方をされると違和感を覚えそうだが、かといって立場上ウィクトル帝国でもそのままにしておくわけにはいかなかった。


「もちろん、理解しています」


 そつのない彼らはわかっているとは思ったものの、ディアナとしても一度は釘を刺しておく必要があるだろうと思っての一言だ。


「近衛騎士団長は堅物という噂ですし、特に気をつけないといけませんね」


 アランの言葉にディアナはタングステンの人物像に興味を持つ。


「タングステン卿はどういった方なのかしら?」

「堅物と言われるだけあって、不正や騎士団の規律を乱すような行為に対しては大変厳しいと聞きました。少なくとも正式にウィクトル帝国の皇后になる姫さまに対して不敬を働くことはないかと」


(不敬を働くことはなかったとしても、心の中でどう思っているかはわからないわ)


「まぁ、お会いしてみればわかるわね」


 ディアナがそう言ったところでちょうどタングステンの訪いが告げられた。


「初めてお目にかかります。近衛騎士団長のケイン・タングステンです」


 現れたのは大柄な男だった。

 濃い金色の短髪に同色で意志の強そうな瞳、筋肉質な体軀は周囲を圧倒しそうな雰囲気をまとっている。

 全体的には顔立ちの彫りの深さも相まって圧の強い風貌ではあったが、そこはやはり伯爵家出身だけあり美丈夫と言えた。

 男らしい雰囲気を好む令嬢にとってはとても魅力的に映るはずだ。


「ディアナ・フォルトゥーナですわ」

「本日はディアナ様の専属護衛騎士の選出についてご報告に上がりました」

「すでにどなたに担当いただくのか決まっているということかしら?」

「はい。こちらがそのリストになります」


 ディアナは渡されたリストをパラパラとめくる。

 

「私からの希望はただ一つです」

「お伺いしても?」

「こちらに控えるアランを皇后担当の近衛騎士隊に入れていただき、人事権を持たせることです」

「人事権……ですか?」


 タングステンの眉間に皺が寄るのを見ながらディアナは続ける。


「先日の謁見の際のやりとりに関してはタングステン卿もご存知でしょう?」


 皇帝と初めて相対したあの時、王族警護を担当するタングステンも皇帝の側に待機していた。


「皇帝陛下があのように仰る限り、私はこの国においてどなたが私に対して敵意を持っているのかを考えなければなりません。その点アランは私が自国から連れてきた専属護衛。側におきたい気持ちはご理解いただけるかと思いますわ」

「それは……しかし人事権まで与えるというのはやりすぎでは?」


 一定の理解を示しながらも、タングステンはすぐに是とは答えない。


「人事権の無い他国の者に他の騎士たちが従うとお思いですか?」

「……騎士は主人に仕える者です。主人の意に反することはしないかと」

「本当にそうお考えに?」


 ディアナの言葉にタングステンはすぐに返答しなかった。


 タングステンもわかっているに違いない。

 現在王宮内において一番の権力者は当然皇帝だ。

 しかしそれに次ぐはずの皇后の座は空席。

 ディアナがその座に座ることが決まっているとはいえ、現状では皇帝からの寵愛も考えてディアナに従わずに男爵令嬢のフィリアに従う者が多くいるだろうことは想像に難くなかった。


「私が譲れない希望はそれだけです。近衛騎士の皆さまの適正も分かりませんし、それ以外の人員選定はタングステン卿に一任しますわ」


(話している限りではタングステンはこちらを軽んじることなく尊重してくれそうな感じね。ただ、アランの待遇に関しては不満がある)


言葉には出さないまでも、その不満は眉間の皺に表れている。


「ところで、タングステン卿はフィリア様についてどうお考えで?」


 ふと気になってディアナは聞いた。

 タングステンがフィリアに対してどう思っているかは今後のディアナの境遇に影響すると思えたからだ。


「フィリア様に対して、ですか?」


 一瞬目を見開き驚きを表したその顔は、すぐに元通りの表情に戻る。

 そして少しの逡巡の後言葉を続けた。


「イーサン陛下の大事なお方だと思っております」

「では、彼女が皇后になることを望みますか?」

「……いいえ。それは王族の規則に反しますので」


 ウィクトル帝国において皇后になれるのは少なくとも伯爵家以上の出であることが求められる。

 

(堅物で規律を大事にするというのは合っているわね。そう考えるとダングステンがフィリアの側につく可能性は低いのかもしれない。ただ、そうなるとフィリアが皇帝の近衛騎士を侍らせていることに関してどう思っているのか疑問だわ)


 間違いなくそれは規律違反だからだ。


(まぁいいでしょう。何事も急ぐのは良くないし注視していれば追々わかってくること)


「あなたの考えはわかりましたわ。いずれにせよこれからよろしくお願いします」


そう答えたディアナの返事を機に、タングステンは一礼をすると応接室から辞した。

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