第5話 帝国からの提案
「ディアナを皇后に、ということですか?」
ウィクトル帝国からの勅使との対面を終え、その日のディナーの席でのことだった。
王室では仕事や社交がない限り基本的にディナーは全員がそろって食事をすることになっている。
それを皆が当たり前と思っている点をとってみても、一国の王族としては家族仲が良いということだろう。
「そうだ。フォルトゥーナ国の王女をウィクトル帝国の皇后として迎えたい、という話だった」
王妃の問いに国王が続ける。
「マルティナにはすでに婚約者がいるし、女神様のご神託のことを考えても国外に出すことはできぬ。そしてテネルはまだ七歳だ。ディアナはあと半年で成人である十八になる。イーサン陛下に嫁ぐのであればディアナしかいないだろう」
国王は淡々と答えた。
「現状ほとんど交流のない我が国に提案してくることを思えば、やはり何かありそうですね」
ルクスが眉間に皺を寄せながら言う。
「今までの歴史を紐解いても、ウィクトル帝国とフォルトゥーナ国との間で婚姻が結ばれた例は少ない」
「無いわけではないのですね」
「ああ。かつて我が国が天災に見舞われ困窮していた時や、ウィクトル帝国内で派閥の争いが起こり国外から皇后を迎える必要があった時などだが」
「しかし現在我が国はそのような状況にありませんし、ウィクトル帝国においても問題なく帝位継承が終わっているはずです。客観的にみる限りは我が国から皇后を娶る必要性はないかと」
国王とルクスが難しい顔で話し合う会話にマルティナが声を上げる。
「しかし、今回は女神様のご神託が告げられていますわ。女神様の介入が必要な問題が間違いなくあるはずです」
「そうだな。であればこれは決定事項ということだ」
フォルトゥーナ国において、女神の神託は絶対だから。
「いずれにせよ提案を突っぱねることによってウィクトル帝国を敵に回すことも望ましくない。ご神託がなければディアナの気持ちも考慮できたが……今回ばかりは選択の余地はないということだろう」
国王の言葉に、家族の心配そうな視線を感じてディアナは顔を上げた。
「私がどうすべきかは理解しております。女神様のご神託に従い、私はウィクトル帝国の皇后になるべく嫁ぎます」
「……そうか。合意がなされれば出発は三ヶ月後と聞いている。それまでに輿入れの準備をするように」
たとえ父親であったとしても、国王という立場である限りそう声をかけるしかないということをディアナもわかっている。
わかってはいたが、果たして他の姉妹が嫁ぐことになったとしても父は同じような言葉をかけたのだろうか……という思いを拭うことができなかった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
帝国からの勅使は翌日には国王からの返信を携えてフォルトゥーナ国を発った。
通常王族の婚姻ともなれば一年くらいの期間を設けて準備するのが普通である。
しかし今回ウィクトル帝国は三ヶ月後の婚約、半年後の婚姻を希望してきた。
そして諸々のことを考慮しフォルトゥーナ国はその要望をのんだ。
(結局のところ、女神の神託の重要性がその他の常識を無視させたようなものよね)
婚姻が決まったために一気に慌ただしくなった王宮内で、ディアナは束の間の休息の時間を自室で過ごしている。
準備しなければならないことや覚えなければいけないことなど、やるべきことは目白押しだ。
フォルトゥーナ国では王族だけでなく国民の中でも他国に嫁ぐ者は少ない。
そのことが他国にフォルトゥーナ国は神秘の国というイメージを与えているともいえた。
交流が少ない分その実態がベールに包まれていてわからないからだった。
もちろん国民に対して他国の民との婚姻を禁止しているわけではない。
ただ、王族が他国との婚姻をしない理由はいくつかあった。
その内の一つが王族の成長の遅さだ。
フォルトゥーナ国の王族は見た目の成長が遅い。
元々王族には女神の血が流れていると言われている。
初代国王と女神の間に生まれた子が王家の血を繋ぎ、そのおかげで女神からの神託を受け取ることができる、そう言い伝えられていた。
女神の血を引いた王族は成人である十八までゆっくりと成長する。
そして成人後もその成長は緩やかで、寿命も他国の者たちに比べて少し長い。
もし頻繁に他国との婚姻を続けていればそのことは明るみに晒され、フォルトゥーナ国の王族を娶ろうと考える者は多く現れただろう。
どこの世界にも不老長寿を願う者は多いからだ。
あるいはその謎を解明せんと実験に利用されることも懸念された。
婚姻を理由に国から離れた王族の身の安全を憂いたフォルトゥーナ国は王族の婚姻相手を基本的に自国内の者と定めている。
もちろん過去にも例外はあった。
しかし頻繁ではなかったからか、個人の資質として受けとめられてきたのだろう。
だからこそ。
フォルトゥーナ国は婚姻において姻戚になった者たちからの干渉を避けるためにも、国外に嫁いだ王族の離縁も自国への帰国も許さなかった。
つまり、ディアナのウィクトル帝国への道行きは片道切符ということ。
「ディアナ様、婚礼衣装の最終打ち合わせのためにデザイナーの方がいらっしゃいました」
侍女からの声かけにディアナはカップに落としていた視線を上げた。
(いずれにせよ私に拒否権はないのだわ)
そう思いながら、ディアナは打ち合わせのために席を立つ。
カップの中の紅茶は一度も口をつけられることなく冷めたまま残された。
まるでディアナの心の中のように。
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