第4話 女神の神託
そもそも女神の神託は滅多に告げられることはない。
前回神託を受けたのは先代のフォルトゥーナ国王がまだ少年の頃だったという。
それくらい珍しいものではあるが、フォルトゥーナ国には過去に告げられた神託が記録に残されており、さらには誰がどのようにその言葉を受け取るのかというのがはっきりとしているため今回も混乱はなかった。
女神の神託を受け取るのはフォルトゥーナ国王の第一子と決まっている。
今代の国王の第一子はディアナの姉であるマルティナ。
彼女がその神託を受けたのはおよそ三ヶ月前だった。
『東より使者あり。乞われていくは四番目の月。いきて闇を祓え』
神託は夢を通して告げられる。
最初の神託は第一子に。
その後は指名された者に。
その日王宮の応接室に国王と女王、そして直系の王子と王女たちが全員集められた。
「女神様のご神託がありました」
マルティナの言葉にその場の全員が息を呑む。
「前回から六十五年ぶりか」
国王の言葉に皆が気を引き締めるかのように姿勢を正した。
現国王には子どもが五人いる。
上から第一王女のマルティナ、第一王子のルクス、そして第二王子のセルシウス、続いて第二王女のディアナ、最後に第三王女のテネルだ。
「四番目の月は……ディアナのことかと」
マルティナの言葉に全員の視線がディアナに集まった。
「東からの使者ということはウィクトル帝国と関わるということだろう」
国王の言葉にそれぞれが不安げな表情をする。
「ウィクトル帝国は最近あまり良い噂を聞かないように思います」
ルクスの言葉にセルシウスも頷いた。
「皇帝が代替わりして五年だったか?」
「そうです。前皇帝が病死したために代替わりをしています」
国王とルクスがウィクトル帝国の現状の確認をする。
「皇帝の座を継いだのが皇太子だったイーサン・ウィクトル。たしかイーサン陛下には弟がいたかと思いますが、特に問題なく引き継ぎは終わったはずです」
「大きな問題は聞こえてこないが、ご神託が告げられたということは何かあるということだろう」
少なくとも、何もなければ女神は神託をおろさない。
国王もルクスもウィクトル帝国に何の問題があるのかがわからない分心配が尽きないようだった。
「ディアナお姉様、ウィクトル帝国に行ってしまうの?」
小さな声でテネルが問う。
兄妹の中で一番小さいテネルはまだ七歳。
一番年の近いディアナとも十歳年が離れている。
一番上のマルティナとは十六歳違うことを考えると、姉妹というより親子に近いくらいの年の差だった。
一人遅く産まれたテネルはことのほかディアナに懐いていたし、ディアナも妹をかわいがっていた。
閉鎖された神秘の国フォルトゥーナ。
鎖国をしているわけではないが基本的にフォルトゥーナ国の民は商人を除いて自国を出ない。
とはいえ他国からフォルトゥーナへやってくる人を拒んでいるわけではないし、商人だけでなく旅行や観光で入国する人々は一定数いる。
ある意味とても特殊な国ではあるが、女神の加護のおかげかそのことについて疑問を持つ者は自国にも他国にもほとんどいなかった。
(ああ……やっぱり私なのね)
心のどこかで、このまま十八歳の成人を迎えることができればもしかしたら……という希望を抱いていたが、そう思うようにはいかないとディアナは思う。
ある事実を知って以降、いつかこういう時がくるであろうことは覚悟していた。
だからだろうか。
思った以上に動揺しなかったのは。
「必要があれば、そうなるかもしれないわね」
ひとまずまだどんな形でウィクトル帝国と関わるのかがはっきりしていない今、ディアナも答える言葉を持たなかった。
コンコン。
そんな家族のそろう空間にノックの音が響き渡る。
「何事だ?」
「おそろいのところ失礼いたします。ただ今ウィクトル帝国より皇帝からの勅使がみえました」
国王の応えに、室内に入ってきた宰相が答えた。
「勅使だと?今までほとんど交流はなかったが……。ここにきて、か」
フォルトゥーナ国とウィクトル帝国は国境を接してはいるが、王室と帝室としてのつき合いは少ない。
ウィクトル帝国は元々多数の部族が集まってできた国だ。
四つの部族がそれぞれ東西南北の領地を得て公爵家となり、さらにはその公爵領と国全体を治めるための帝都が国の真ん中にできて全部で五つに分かれている。
フォルトゥーナ国は現状国境を接している北部のコラード家と西部のベルダー家とつき合いがあるくらいだった。
「わかった。まずはその勅使の話を聞こう」
そう言って国王が立ち上がると、その場はいったんお開きとなる。
その勅使が自分にどんな運命をもたらすのか。
女神の神託に従いウィクトル帝国へ嫁ぐことになるなど、この時のディアナはもちろん知る由もない。
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