第3話 祖国の事情

 王女の祖国、フォルトゥーナ国はルグナシア大陸の中央に位置する国だ。


 大陸は大きく三つの国に分かれている。

 東側に位置するのがいくつかの部族が集まってできたウィクトル帝国。

 そして中央のフォルトゥーナ国を挟んで西側にエスペランサ王国がある。


 フォルトゥーナ国は二つの大国に挟まれているが、ウィクトル帝国とエスペランサ王国も国境を接していた。

 フォルトゥーナ国の北側と南側には大陸を縦断するようにグランディス山脈が聳え、その山脈がウィクトル帝国とエスペランサ王国の二国間を隔てている。


 大陸は三国にわかれているが三国に共通することがあった。

 どの国も月の女神『ルナリア』を信仰していることだ。


 特に王女の祖国であるフォルトゥーナ国は信仰厚く、王族は時に女神からの神託を授かる。

 それには国の成り立ちに大きな理由があった。


 『ルナリア』はルグナシア大陸を見守る女神。

 女神は基本的に人々の営みに関与することはないが、国の存亡に関わるような問題が起こった場合のみフォルトゥーナの王族に対して神託を与える。

 それによって世界の秩序を守ってきた。


 しかし女神の神託は他の国に知られることのないフォルトゥーナ国のみの秘密。

 さらには王族に連なる血族のみが知り得ることだった。


 今回フォルトゥーナ国の第二王女であるディアナがウィクトル帝国に嫁ぐことになったのも元はといえばその神託のせいでもある。


「皇帝であるイーサン陛下は五年前に帝位を継いでからは堅実に国の運営をしていたようです。しかし二年前に男爵家のフィリア嬢と出会ってからその堅実さが陰っていったとか」


 城内には多くの使用人が雇われている。

 リリとルラはどんな場でも違和感なく紛れることができる特技を活かし、あたかも城の使用人かのように見せかけて情報を仕入れてきていた。


「二人の出会いは、陛下が帝都を視察した際に暴漢に襲われている男爵令嬢を助けたことから始まったようです」

「一介の男爵令嬢がいくら陛下に助けられたからといって関係を持つことができるものかしら?」


 リリの報告にディアナが疑問を呈する。


「もちろん簡単なことではないと思います。それについてはもう少し調べる必要があるかと」

「わかったわ。では引き続き情報の収集を命じます」

「お心のままに」


 双子のリリとルラ、そして護衛騎士のアランは王女にとっては幼馴染のような存在だ。

 双子の母がディアナの乳母であり、またアランは小さい頃から遊び友だちとして登城していた。


 焦茶色の髪の毛をシニヨンにまとめ、薄茶色の瞳をした双子はパッと見では見分けがつかない。

 しかし幼い頃からのつき合いがあるディアナにとって二人を見分けることは容易だった。

 性格が活発なのがリリ、そして慎重なのがルラだ。


 二人が本来の仕事である侍女業務に戻る背中を見つめながら、ディアナは二人がここまでついて来てくれたことに心の中で感謝する。


「王宮には近衛騎士の訓練場がありました。それ以外の騎士たちは王宮外の訓練場に詰めているようですね」


 リリとルラに変わって今度はアランが報告を始める。

 どこから調達したのか、騎士服に身を包んだアランもまたあっという間に場に馴染んだようだ。


 アランはよく見れば整った顔立ちをしているが、濃紺の髪の毛と瞳というどちらかというと地味な髪色と瞳を持っている。

 そのせいか特別目立つこともなく、リリやルラと同様にスルリと場に馴染むことができた。

 もちろん、その場合はあえて自身の気配を消し相手の印象に残らないようにという注意は怠らない。


「皇帝陛下に仕える近衛騎士は赤の騎士服を、そして皇后陛下に仕える近衛騎士は青の騎士服を身につけるのが通常のようです」

「あなたが今身につけているのは赤の騎士服ね」


 ディアナの言葉にアランが自身の服を見下ろす。


「現在皇后陛下つきの近衛騎士を選出中のようです。そのため今は王宮内で青の騎士服をまとう者はいないようですね」

「私がこの国に来る日は決まっていたというのに、どこまで軽んじるつもりなのだか」


 実際に会ったのは短い時間とはいえあの皇帝を見る限り想像できることではあったが、今回の婚約及び婚姻は国と国の契約。

 それをいとも簡単に破棄しようとしていることからも、皇帝であるイーサンがフォルトゥーナ国を下に見ていることは明らかだった。


「王宮内には皇帝付きの近衛騎士しかおりませんので、例の令嬢の護衛もまた陛下の騎士が務めているようです」

「例のご令嬢というと、あの男爵令嬢のことね?」

「はい」


(皇帝の騎士を自由にできるというのは王宮内において皇帝と同等の権利を有することを示すような行為。さすがに政治の場では好き勝手できないでしょうけど、聞けば聞くほど頭の痛い話だわ)


 思わず少し俯いて自身の額に手を当てると銀糸のような髪がサラリと肩から滑り落ちる。

 いつでも綺麗な姿勢を保つことを意識して椅子に腰かけているが、今ばかりは背もたれに寄りかかりたい気分だった。


「いずれにせよ皇后付きの近衛騎士に関しては早いうちに宰相様から話があるかと」

「そうね。いくらアランがいるとはいえウィクトル帝国の近衛騎士がつかないとは考えられないわ。まずは宰相様の出方を見ましょう。他にも今後何か気になることがあれば報告をお願いするわね」

「もちろんです」


 そう答えたアランとの会話を切り上げ、ディアナはこれからのことに考えを巡らす。


(女神様の神託は絶対とはいえ、問題は山積みね)


 そう思いながら、ディアナは自分をウィクトル帝国に導いた女神の神託に思いを馳せた。

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