第2話 王女の婚約<2>

 ほどなくして宰相が部屋を訪れた。


「先ほどは皇帝陛下が失礼いたしました」


 そう言って頭を下げる。


 少なくともこの男はまともな考えを持っているのだろう。

 王女が許可を与えると宰相は頭を上げた。


「陛下が申し上げた書類も一緒にお持ちいたしました。合わせてご説明申し上げます」


 宰相の言葉に王女は視線で話の続きを促す。


「陛下は先ほどの女性を寵愛しております。女性は我が国の男爵令嬢。貴族ではありますが、陛下に嫁げるほどの家格がないため皇后にすることはできません」

「それで?」

「しかし上位貴族の養女となればそれも可能になります。陛下はそのつもりで進めておりますが、周りの貴族がすべて賛成しているわけではないのです」


 現段階で皇帝は男爵令嬢を妃にすることができておらず、さらには他国から皇后を娶る。

 その意味は深く考えなくてもわかった。


「つまり、現状では陛下の望むように上位貴族の養女となることが難しいということですね? そして事情を知らない他国から皇后を娶らなければならない理由がある」

「申し訳ございません」


 宰相は再び深く頭を下げた。


「我が国には東西南北に四つの公爵家がございます。その公爵家連名で陛下に訴状が出されました。必ず男爵令嬢以外の皇后を娶るようにと」

「その男爵家のご令嬢を皇妃にでもなさるおつもり? しかしウィクトル帝国には皇妃の制度は無いと伺っています」

「そうです。我が国に皇妃の制度はございません。だからこそ、陛下は男爵令嬢を上位貴族の養女とし、皇后にと望んでいるのです」


 国は皇帝の力だけで動かせるわけではない。

 四大公爵家の協力は不可欠なのだろう。

 そうなると皇帝に取れる方法は一つだけだ。


「私はお飾りの皇后ということですね」

「申し訳ございません」


 それを正直に告げてしまえば婚姻を断られる可能性が高い。

 だからウィクトル帝国側は今日この時までそのことを伏せていたのだろう。

 もしかすると皇帝が何も言わなければそのまま告げるつもりもなかったのかもしれない。


「祖国はウィクトル帝国と国境を接しているとはいえ今まで大きな交流はありませんでした。そこに今回婚姻の話が舞い込み、なぜなのか疑問に思っていたのですが……理解できましたわ」


 王女の言葉に宰相は答える言葉を持たない。

 何を言っても王女の不興を買うのがわかっているからだろう。


「事情は理解しましたが、すでに婚約は成されました。今後陛下がどうされるかは私にも影響することです。何かありましたら逐一報告してください」

「もちろんわかっております。王女には陛下の振る舞いによって我慢を強いてしまい大変申し訳ございません」


 そう言って頭を下げると宰相は王女の部屋を後にした。


「姫さま、いかがされるおつもりですか?」


 専属騎士からの声かけに、王女はつかの間沈黙する。


「リリ、ルラ、今から動けるかしら?」

「「はい。すぐにでも」」


 王女から問われ侍女たちが答える。


「『情報を制する者は戦いを制す』と言うでしょう?リリとルラには情報収集をお願いするわ」

「承知いたしました」


 リリとルラが声をそろえて返事をした。


「私は留守番ですか?」

「ここには味方がいないのよ。私たちがいない間あなたが姫さまを守らずして誰が守るのよ」


 専属騎士の言葉にリリが呆れたように返す。


「そうね。アランにはまた別に動いてもらうわ。とりあえず今は私の警護に専念してちょうだい」

「御意」


 三人に指示を出して、王女はやっと気を緩めたのかソファにその背を沈めた。

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