先視の王女の謀(さきみのおうじょのはかりごと)
神宮寺あおい@受賞&書籍化
第1話 王女の婚約<1>
どこまでも突き抜けるような晴れた日だった。
輝く太陽に照らされて、その日小国の王女は帝国の皇帝に嫁ぐために入国した。
どちらも望まない政略結婚であり、政治的思惑によって結ばれた婚姻。
帝国の皇帝には皇后が必要で小国の王女は自国に帝国の庇護を必要とした。
誰もが正しくその婚姻の意味を理解していたはずだった。
皇帝本人以外は。
たとえ完全なる政略結婚であっても、お互いを尊重し思いやりを持った関係を築いていくしかない、そう覚悟した王女の気持ちは傲慢で他者を顧みない皇帝によってそうそうに打ち砕かれる。
「遠路はるばる大義であった。今日よりそなたは私の婚約者となる。結婚式は三ヶ月後だ。それまでに我が国に慣れてもらおう」
謁見の間、正面壇上の王座から皇帝が声をかけた。
金色の髪が光を弾き、深いエメラルド色の瞳は不快そうに歪められている。
大きく開かれた両開きの扉から王座へは真紅の絨毯が敷かれていた。
その中央に、王女は祖国より付き従ってきた専属騎士一名と専属侍女二名と共にたった四人で立たされている。
「婚姻にあたって一番大事なことを伝える。そなたはたしかに我が国の皇后となるが、それは仮初のものと心得るように」
そして皇帝は王座脇に控えていた女性の腰に手を回しこう続けた。
「私はこの者を愛しておる。準備が出来次第この者を皇后にする。そなたはそれまでの繋ぎだ。この者との婚姻が成される時、そなたには離縁してもらう」
皇帝は『お前はあくまで仕方なく娶った仮初の皇后でしかない』と言い切った。
王女は侮蔑とも言える内容の言葉を投げつけられたことになる。
王座の背後に備えつけられた天窓から降り注ぐ光がつかの間翳った。
その翳りを受けて王女は謁見にあたり伏せていた視線を上げる。
感情をのせない紫紺色の瞳が皇帝を見つめた。
何も言葉を発しない王女に対して言いたいことだけ告げると、皇帝は用は済んだとばかりに立ち上がる。
「詳しい内容を記した書類を後ほど部屋に届けさせる。確認後署名するように」
それだけ告げると皇帝は女性を伴い退室していった。
最低最悪の初対面。
しかし王女はうつむかなかった。
傍らに待機していた宰相に声をかける。
「皇帝は我が故郷の風習にまったく興味がないのでしょうね」
どことなく幼さの残る涼やかな声が問う。
「大変申し訳ございません」
「謝罪は結構です。婚姻申込の際にはお伺いしていない話が出ました。後ほどしっかりと説明していただきますわ」
「承知いたしました。すぐにでもご説明に上がります」
宰相の言葉を確認して王女は謁見の間を出た。
随行するのは故郷から連れてくることを許された護衛騎士と侍女のみ。
「姫さま、これではあんまりです」
「そうね。思ってもみない話が出たわ。まずは事実確認をしてその上で対策を立てましょう」
侍女の言葉に答えながら、王女はゆったりと廊下を進む。
「今のところ周りから敵意は感じませんが、皇帝のあの言葉によって今後どうなるかわかりません」
「基本的に、皇帝に顧みられない皇后は周りから価値を認めてもらえないものよ」
(なんて不安定であやふやな地位なんでしょう)
そう思いながら進んだ先に、王女に与えられた部屋があった。
「これは…」
呟いたきり侍女が言葉を失う。
「わかりやすいお方ね。はっきりと、私を不要だと仰っているのよ」
王女に与えられた部屋は皇帝の部屋から三つ隣。
通常であれば夫婦の部屋は隣同士になる。
それぞれの応接間と個室、そして部屋の中から行き来できるドアを挟んで夫婦の寝室があるものだ。
「きっと陛下の隣の部屋は先ほどの女性の部屋なのでしょう」
王女の言葉に侍女が震える手を握りしめた。
「こんな屈辱があるのでしょうか」
「仕方ないわ。国力の差が大き過ぎるのよ」
(少なくとも今はどうすることもできない)
王女は先導の騎士に促されるまま部屋に入る。
部屋の中はそれなりに豪華ではあった。
部屋に入ってすぐに置かれた応接セットのテーブルとソファは猫足で優美な曲線を描いている。
部屋全体がウォールナットの家具で統一されており、落ち着いているといえばそうだった。
少なくとも隣国の王女を迎えるにあたって失礼になるほどではない。
ただし、王女の年齢を考えなければ、だ。
王女は後三ヶ月で成人である十八歳となる。
しかし初めて王女に会った者はその年を正しく言い当てることはまずできない。
なぜなら王女の見た目が未だかなりの幼さを残しているからだ。
そのため落ち着いた色味の部屋の中に佇むと親の部屋に遊びにきた子どものような印象を与えてしまう。
王女の年齢を考えれば、もう少し華やかな装いの部屋にする配慮があってしかるべきだと思えた。
「まずは詳しい話を宰相様から聞きましょう。すべてはそれからです」
ソファに腰掛けた王女の言葉に、侍女も騎士も文句を飲み込む。
冷遇されているのに誰よりも冷静な王女に三人は改めて自身の忠誠を心の中で誓ったのだった。
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