第7話 令嬢との遭遇

 帝国での生活は皇帝との最初の謁見こそ波乱含みだったが、それ以降ここ数日は比較的平穏に過ぎている。

 タングステンの選出した近衛騎士たちがディアナに対して敬意を持って接してきていることを考えると、彼の目利きは確かなのかもしれなかった。


「図書館に向かいます」

 ディアナの言葉に室内に待機していた近衛騎士二人がつき従う。

 

 今日はアランに別の用事を頼んでいるため騎士はどちらもウィクトル帝国の者だった。

 一人が茶髪に赤眼のヒューゴ、もう一人が黒髪黒瞳のガルトだ。


 現状ディアナの毎日は婚姻後を見越した教育を受けることが主体となっている。

 基本的なマナーや帝国の情報はフォルトゥーナ国の王女として受けてきた教育でことが足りていた。

 しかし帝国内の貴族に関することについては表面的なことしか知らず、今後社交の場に出ることを考えればまだまだ知識量が不足している。


 今日は講師の授業が組まれていないこともあり、まずは四大公爵家に関してより深く知るために図書館へ行こうと思い立った。

 図書館はディアナに与えられた居室がある棟ではなく中庭を挟んで隣に建てられている。

 そこへ向かうためには一度一階に降り回廊を周る必要があった。

 回廊は中庭に咲き誇る花々を愛でながら隣の棟へと行けるように造れられている。


 そして、事件はその回廊で起こった。


「フィリア様が通られますの。どいていただけますかしら?」


 侍女を先導にフィリア、そして護衛であろう三名の近衛騎士に遭遇した時の侍女の第一声である。


 ウィクトル帝国では王宮内等で貴族同士が出会った場合、位の低い者が脇に寄り位の高い者を先に通すというマナーがある。

 貴族の序列を明確に現すマナーではあるが、その分余計な揉め事が起こりにくい。

 

 そしてこの王宮内においてディアナは皇帝に次ぐ序列第二位のはずだ。

 それなのにフィリアの侍女はディアナに脇に寄れと言う。

 本来では考えられないような暴挙ではあるが、フィリアはもちろんのこと侍女も騎士たちもそのことに疑問を持っていない。


 ディアナはここにきて初めてフィリアの顔をしっかりと見た。

 薄桃色の髪色はウィクトル帝国内でも珍しい色だという。

 そんな珍しい髪色を持つフィリアの瞳は金色だ。

 華やかな色合いのフィリアはさらにとても女性らしい体つきをしている。

 

 思い返せば謁見の際に皇帝は見せつけるかのようにフィリアの腰を抱いていた。

 おそらく皇帝の好みは女らしい肢体を持つ華やかな女性なのだろう。

 ある意味ディアナとは真逆と言ってもいい。


 そうやって冷静に観察していたディアナは次にフィリアの周囲に視線を向けた。

 彼女の左右と後方に青の騎士服を着た見目麗しい男性が三人。

 皇帝付きの近衛騎士だ。

 彼らのディアナに向ける視線はお世辞にも好意的とは言い難かった。


「この方は陛下の婚約者であるディアナ様だ。脇に寄るべきはそちらの方だろう」


 忠告をするガルトの声にもフィリアたちは気にするそぶりもない。


 元々謁見の際に顔を合わせているし、そうでなくとも青の騎士服をまとう近衛騎士を連れているということはディアナが皇后になる者であるということは明らかだった。

 にもかかわらず彼らはディアナにどけと言う。

 つまり、ディアナを下に見ているということだ。


「陛下の寵を受けることのない方に私が従う必要があるのかしら?それに、そちらの騎士さま。あなたは青の騎士でしょう?皇帝陛下付きの赤の騎士の方が上なのではなくて?」


 騎士団長や副騎士団長を除いて近衛騎士に位の上下はない。

 青の騎士なのか赤の騎士なのかはあくまで所属の問題である。

 もちろん、時と場合によって自身の護衛対象に則した対応を相手に求めることはあるのだが。


(そんなことすらも理解していないということね)


 それだけでもディアナの中でフィリアが愚かな女性であるとの判断が下る。


(イーサン陛下は少なくともフィリアと出会うまではまともだったと聞くけれど果たしてどうなのかしら。彼女を野放しにしていることを考えても、決して賢王とは思えないわね)


「フィリア嬢。あなたはきちんとしたマナーを身につけるべきですわ。私はイーサン陛下の婚約者であり皇后となる者。あなたは私に従わなければなりません。そこに陛下の寵を受けているかどうかは関係ありませんわ」


 そしてディアナはフィリアに一歩近づくとさらに言葉を続けた。


「役職のつかない近衛騎士に位の上下がないことすら知らないなんて、いくら陛下の寵をいただいているとしても愚かですわね」


 フィリアの目を見てはっきりと告げると、その後ディアナはまるで視界に映す価値すらないとでもいうように視線を外す。

 そしてフィリアに道を譲ることなく横を通りすぎたのだった。

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