7・屋敷清掃編
正午過ぎ、大きな建物を前にする四人と一輪。
「主不在のボロい館だと覚悟してたけど…」
「めちゃくちゃ和風の家じゃない?」
アディルはモップ片手に感心している。
「いやここ、行方不明者とか出てるから」
「それであの報酬額…ってええ⁉大丈夫なの⁉」
「悪い、オレがクリックした」
「なんとも無いって!多分」
発言の明るいリーヨウ。ちょうど、外も特段明るい。
お邪魔します、と館内を見て回る。
[にしても、広過ぎると思うぞよ]
「手分けしてやれば大丈夫!」
という訳で、
リーヨウ&苣が台所へ続く廊下、
霙&ルーが一室一室の箒掛け。
「ルーを一人にすると体調崩すからな」
「そうだよ!ぶっ倒れないで欲しい!」
以前の添い寝計画から、なるべくルーの傍に居るよう気遣う団員たち。
「ごめん、心配ありがと…あと苣、リーヨウと【
ちゃんと見張ってね」
「私はリーヨウたんと一緒ってだけで嬉し……え⁉暴走っ⁉」
さあ、掃除を始めよう。
〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇
「…大丈夫?今日中に終わるこれ?」
午後五時半。やってもやっても終わらない部屋の多さに、心配になるルー。
[暗くて不便だろう。照明をつけるのだ]
「うん。…?どうつければいい?」
「天井から伸びてる紐引っ張ってみろや。」
「おお、流石!よく分かったね」
「実家がこういう家なんだわ。つーかお前も同じ国出身だったろ」
「そうだけど、和風って感じじゃなかったなぁ」
明るくなった部屋で、会話を交わしていると―――
バチン!!!
どうやら停電のようだ。
「チッ、これ多分他の部屋も消えてるわ。困るっつーの…」
暗闇でも聞こえる、とげとげしくも落ち着いた声。
「…ルー?」
「わっ…わーーーー!!!み、霙っ…真っ暗だよ霙!!!どーしよ!!?
ちゃんと隣居る⁉大丈夫…⁉」
霙とは真逆なことに、真っ青で慌てふためくルー!
ルーの元まで歩み寄った霙は、
「おい」
「ビビんなや。オレはちゃんと居るから。」
背中をぽんっ、と叩く。
「ぅ…うんっ……大丈夫…俺は大丈夫…!」
その存在に安心し、ルーは目をぎゅっとつむる。
「オレらより一番年上で、一番ビビりだな」
「うん…『怖いの』は大嫌い。」
半笑いの霙に対し、素直過ぎるアディルの返答。
「……オレだって、『痛いの』は嫌だわ。」
「たとえ痛くてもホットミルク、気にしてたもんね?」
「う…るせぇよルー…その話すんなや…//
とりあえず‼向こうと合流する。」
照れながらも冷静なその判断に、ワタシは感心だ。
壁を伝って廊下を歩いていくと縁側に出た。
微かに光る夕日に照らされ、黄昏ているのは――
「……何やってんだリーヨウ」
「えっとね、庭見てるの!」
縁側には、座って足をぱたぱたさせたリーヨウが座っているのだ。
「掃除はもう大丈夫?」
「うん!全廊下をだーっ!と雑巾かけした!」
「偉いぞ~、そして仕事が早い!」
アディルに頭を撫でられている。苣が居たら「可愛い!」と大喜びだ。
「えへ、みぞれも褒めてくれるよね?」
子供らしく調子に乗るリーヨウ。
「あー……まぁオレらより早く完了してるのは、
なかなか、…いいと思う……っ」
褒めるのも褒められるのも慣れていない霙。
この二人の会話には、確かにワタシも「可愛い」と
……思ってなくもない。
「や~もっと全力で!本気で褒めてよ♡」
「もう十分だろ!ったく…
…ところで苣は。」
「わかんない。もう終わってるのかな?」
「え⁉大丈夫かな、停電してるのに…」
「停電してるの⁉」
庭を見ていたリーヨウは、室内の様子を知らなかったらしい。
しかし皆で台所へ行くも、
「居ない…」
布巾とたわしを残して、どこかへ行っていた。
「苣、大丈夫かな……」
〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇
「はぁ…はぁ、なんなの…!追い、かけて…くるし‼」
逃げ続けているのに、まだ玄関は見えない。
体力に自信の無い苣は、廊下を走り続け疲れている。
〈待っ…てよ……〉
そんな苣に迫るのは、暗く響く声。
「待てないです‼っ…わぁ!」
ついに足が縺れ転んでしまった。
倒れ込む苣の顔を、追ってきた"彼ら"が覗き込む。
〈ぼくら…怪しい者では、無いから〉
〈そう…だから逃げないで…〉
「でも…!でも貴方達…!」
「足が透けてるから…っ‼」
――そう。苣が何から逃げてたかと言うと…
おばけ、である。
キミは「またそんなベタな…」と思うが、実際に苣が対面しているので、
おばけは存在する。存在するのだ。
「あの、じゃあ聞きますけど…館へ入ったからって、
祟られたり…?」
使用人のような姿の彼らが、答える。
〈あなたたちは…祟らないよ……〉
〈ぼくら…一人の人間にしか、恨みは無いから〉
「———恨み?」
その言葉に聞き捨てならない重みを感じる。
正座をした苣は真剣な眼差しで、
「良ければ、詳しく教えてください」
と伝えた。彼らも真面目な面立ちで返す。
〈……ぼくらは、旦那様もろとも抹殺…されました〉
「抹殺…?」
〈ここ…
それはそれは酷いパワハラに遭っていたの〉
〈上司のパワハラを糾弾すべく、告発書まで用意しておられたよ〉
〈…しかし最悪な事にその上司……先手を打ってきたのです〉
〈酷いよね…‼館の人間すべて消してまで証拠隠滅しようとするとは〉
〈自分の立場のためなら……旦那様とその子供も
殺してしまえるだなんて…‼〉
自らも故意に殺された身だというのに、主人たちを想い怒り続ける…
そんな、使用人たちの恨みつらみが募っていく。
そしてもう一人、
「——『口封じ』なんてする奴、信じられないッ…‼」
『口封じ』に激怒する人が。
苣の言う通りだ。正しい告発をした人が、理不尽に抑えつけられるのは許し難い。
〈無念を抱えて、成仏できなかったぼくらは…〉
〈あなたに、いっしょに怒ってほしかったのです…〉
「はい。私に何か協力できることがあれば言ってください」
〈わーい…味方だ味方だー……旦那様に報告してこよー〉
苣が覚悟を告げると、お化けたちはフラフラと玄関前の階段を上がっていった。
過去を思い出しながら彼らのことを見送る。
「…あーあ、うまく乗せられちゃって~」
そんな苣へ、軽いノリの腹立つ声が聞こえた。
「乗せられて無いし。彼ら本当に恨んでたんだよ
【いやいや、あんなの信用できる?ましてや"お化け"なんてさ~】
あーもう!貴女マジで五月蠅い!」
…なんと。驚いたことにこの会話は、
どちらも苣の口から生じていた。
「【そんなコト言っちゃっていいの~?私が居たから
団員達と仲良くなれたのに。】
…っ確かにそこは感謝してるけど
【苣はコミュ力皆無だもんね~】
だから~!私に話しかけるのやめてよ【
―――【朽葉】?
まるで一人で喋っている様な光景だったが、【朽葉】と会話しているような内容…
リーヨウとはまた違う、付喪神との付き合い方のようだ。
「【……苣は生前より熱があるよね~】
え、平熱だけど。
【違う違う、目の前のことに対する、熱量。】
…生前は冷めてたって?
【うん!それが今や仲間に恵まれ、
苣の声で語られるその話は、【朽葉】のもので間違いない。
しかし、何故……付喪神が憑いたのは、死後のはず…
「【——また疲れたら、全部放り出しちゃえばいいよ】」
楽観的で、投げやりな言葉の数々。
それに対し苣は…
「…放り出せないよ。私には、新しい仕事場があるし」
真剣な態度で返す。
「【わ~仕事熱心!すごいすごい~あの頃とは大違い!
さぁて、いつまで続くかな?
貴方のことだから、窮地に追い詰められればすぐにどうでもよくなる
……仲間のことすらね】」
意地悪な発言だ。苣の声なのに、酷く嫌悪感を覚える。
「【な~に!別に苣を責めてる訳じゃない。なにも、
あのテキトーな団体に拘る必要は無いってだけさ~
なんてったって、勤務時間や休暇、仕事内容までが曖昧!
頭の良い貴方には勿体ないと、私は思うけどね】」
そこで、沈黙を続けていた苣が口を開いた。
「私は、担々団体で生きてきたいの。」
「リーヨウたんとアディルと霙とネイで、あの事務所で……ただただ緩やかに、生きてたいの。」
はっきりと、しかし優しい顔で言い切った。
「【…そか。んじゃ私はこれまで通り、苣が困ったら
"口を借りる"としますか~
―――貴方に惚れた、付喪神として】」
〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇
「まさかこんなに夜遅くまで…
みんな疲れてる?お腹空いてない?大丈夫?」
「へーき!」「それより苣だ。」
小さく灯ったお団子が、廊下を照らす。
リーヨウと【火種】に頼み、懐中電灯係を任せたのである。
「おーい苣!どこー⁉」
一部屋一部屋確認し、苣の所在を確認する。
しかしこの館広すぎる…
「もうすっかり日も沈んだ…
「えへへ、ボクが頼りなんて!なんだか、楽園のはなばたけの帰り道みたい。
ねぇ、ネイ」
「………ネイ?」
そういえば、声がしない…。
バッと羽織を脱いでも、ネイの姿はない。
「う…嘘でしょ⁉苣に続いて、ネイまで消えるとか…!」
「どっか連れ去られた…?でも誰に――」
ガタガタガタガタ!!!!
突然、障子や机がひとりでに揺れ始めた!
立て続けに起こる、奇怪な現象に対して三人は…
「なにこれっポルターガイストじゃん!」
「ちょっと楽しんでるとこあるだろリーヨウ…」
「えー…大丈夫なの、この家」
…リアクションが吞気すぎる。先程までの困惑は何だったのだ。
ずっとガタガタと揺れる家具を無視し、再び廊下に出ようとする。
「———ッ上だ防げ【
ガララ…
やはり土だけだと強度が足りず、三人の頭上に瓦礫が降る!
「‼もう一度だ【
「……危なかった」
氷でコーティングされた土壁に寄りかかり、安堵の溜息。
「霙、助かったよ」「…ん。」
安心ついでにハイタッチ。
足元からなら自在に土を生やせる【石土】と、
水分の多い表面だけを凍らせられる【氷柱】。
とても良いチームワークだと、ひそかにワタシは微笑む。
「【ほらほら、急いだ方が良さそうだよ~】
分かってるから…あ居た!リーヨウたん無事!!?」
大きな音を聞き、苣が走ってきた。
「苣!お前どこ行ってた!」
「よかった、大丈夫だった?」
「もぉー探したよ?ボクら大変だったんだから!」
四人は集まった。あとは1輪と合流を——
〈…あれ、こんばんは……〉
開いた天井から、ひょいと顔をのぞかせるお化け。
「使用人さん達!天井からどうも~って天井なんで崩れてるの?」
「今気づいたのか…」
〈仲間さんも屋根裏……おいで〉
〈旦那様に会わせたいのです…〉
「分かりました、今向かいます」
上を見てそう返す苣に、三人の視線が。
「え…っと、彼ら信用して大丈夫?」
「なんであの人たち透けてるの!」
「…説明しろや」
苣は【朽葉】の言葉を借りながら、お化けの説明をしたのだった。
〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇
〈し 週末の たった二日が はやすぎる〉
「ハイ!《し》取った!」
[お見事ぞよ、リーヨウ]
〈リー兄ちゃんすごいー〉
おばけに囲まれながら、かるた大会。
どうしてその状況に至ったかと言えば…。
「…ん~大丈夫かな、ネイ
リーヨウと合流する前から声してなかったような…?」
「ってことは、停電のときに居なくなったのかも?」
ルーに引き上げてもらい、屋根裏に足を踏み入れるリーヨウ。
そこに、広がっていた光景は。
〈わぁ…すごい!つぎはねー、〉
〈橙やって!橙!〉
〈お~……ぼく、橙大好き…〉
子供達が面白がり、次々と色のリクエストを下す。
〈かわいい…ぼく、お花さんすき…〉〈ぼくも!〉〈あたしもー…〉
子供お化けの三人が愛でているのはなんと―――
「ネイ⁉」
何故ネイが屋根裏に⁉しかも子供達に囲まれて…
[……御前たち…!よかった、再会を嬉しく思うぞよ]
幼い手に揉みくちゃにされつつ、団員の姿に安心するネイ。
[突然連れ去られた為、御前たちが心配だったのだ]
「可愛がられて、満更でもなさそうだったけど」
〈お花さんお花さん…っ!〉
[……幼子に愛でられて喜ばぬ花は居ない]
「わかる、
「苣のは別だろおい」
いつもの調子で話していると、後ろから穏やかな声。
〈よくいらしたな。こんな屋敷だからか、客人は珍しい…〉
振り向くと、眼鏡をかけた方が歩み寄る。
〈私はここの亡き主人、
屋根裏は狭いが、どうぞくつろいでくれ〉
「は、はい…」
その振る舞いには、思わず従ってしまう。
〈〈〈…父様!〉
三人が走っていき、羽祐に抱き着く。彼は順に息子たちの頭を撫でると、
〈この子たちの退屈を紛らわしてやってくれないか?〉
団員達の方を向いて、そう放った。
「———はい?」
〈ここには誰も来なくなった。
娯楽もない、ただ広いだけの家は、一度死んだとはいえ退屈する…"色の変わる花"はうちの子達を大いに楽しませてくれた〉
「…だからその『うちの子達』の遊び相手になれと。」
〈そういうことだ〉
「【お化けの言いなりか~あんま気が進まないな~】」
「そうなの?子供と遊べるんだから二つ返事で受けるかと…」
「いっ…やいやいや!……黙っててよ…!」
飛び出る【朽葉】に慌てる苣。
〈どうしても無理というなら、その花を景品に…〉
「やります!やりますから!」
〈お花さん景品なら、ぼくらもやる…!〉
…という経緯により、開催されたのはかるた大会である。
「かるた…とは?」
「オレら知らないわ、それ」
〈文のあたまの字ーかいてあってー、〉
〈カードを取り合う…やつだよ〉
〈やってみればわかるよ!〉
幼い声で、元気に説明してくれる三おばけ。
名前は
〈私が読み上げよう、我が子チーム頑張れ〉
審判、身内贔屓では…?
[ではあたくしがリーヨウの補佐を]
「やった♪ありがとう!」
「えー私やりたかった…」
[苣は担々チームの一人として参戦するのだ]
ネイがしゅばっ、とリーヨウのお団子に乗ると、子供達もふわふわ正座する。
〈…それでは。や 夜行性 夜目が冴える 朝眠る〉
〈……あった〉
〈す スクロール やめどき分からず 見続ける〉
〈はい!〉〈あ…とられたー…〉
開始早々、三人だけでも十分楽しそうな蒼達。すると、
〈は 流行りには 乗りつつ自分を 貫こう〉
[右端が㋩ぞよ]
「っと!これ⁉」
[よくやった。]
「やった~!」
ネイのサポートにリーヨウが追い付いて、担々チーム一枚目をゲット。
蒼達はというと、
〈お花さん…〉
〈いいなー…〉
〈ぼくらの頭のうえにも来て!〉
ネイ人気が非常に高い。その後も、
〈み みるみると 消えうるそれは マイマネー〉
「はい。…このかるた内容リアルだなおい」「私も思った…」
〈ま マイマネー 元とは言えば 親の金〉
「ええと、ま……」〈お。あったー親の金〉「なんて嫌な言い方…!」
〈お おかあさん 見えないとこでも 働き者〉
〈…お母さんっ!〉〈尊ナイス…!〉〈いつもありがとーお母さん…〉
〈ほ 欲しくても 催促できない お年玉〉
〈…お年玉だってさ紳〉〈蒼は何に使う⁉〉〈ポケカでしょー〉
〈〈だよね…!〉
〈え
[……あたくしも悲しく思うぞよ]
〈あ 油もの 胃もたれするから 少しだけ〉
「…これ作った奴年寄りかよ」〈パッケージは「現代っ子かるた」だよ!〉
「まじ?」〈まじなのみぞれー〉
ときに協力し合いときにツッコミながら、
蒼と紳と尊、四人と一輪は楽しい時間を過ごせた。
〈使用人一同…次回も歓迎いたします……〉
〈入用の時はお呼び下さい…苣、霙。〉
「……っ別にいいけど」
「おばけの仲間とか頼もしい…!」
苣の言葉のあと、【朽葉】は確かに嫌そうな顔をした。
〈ルー兄ちゃん!〉「なぁに?」
〈また会おうね!〉〈また遊ぼー〉〈遊ぼ…!〉
すっかり仲良くなったアディルとおばけ。
透けていようが、幼さは変わらない。
無邪気な顔を見ていると、ルーは先日のことを思い出す。
〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇
遊具を子供ごと燃やそうとしたリーヨウに、灸をすえたルー。
「どうしたの……?」「火も大きな音もこわい…っ」
目の前で起きたトラブルに怯える幼女達。
それも、激しい火が迫ってきたり、地面から土壁が生えたりする現場を見たのだから仕方がない。
そんな幼女達の座る木造遊具に近づき、
「大丈夫だよ。悪い敵は俺が倒したから。ほら!」
寝転がって痛がるリーヨウを指さすルー。
「ほんと…?」
「うん。悪い敵は、居ないから……」
ぱっちり開いた、二人の純粋な目。
その目に目線を合わせてはずなのに、どこか遠くを見つめているよう…。
「……悪い奴も、一度死ねば許されるのかな」
アディル誰にも聞こえない声で呟いた。
汁なし!担々団体 @rita2299
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