5・黒い脅威編

風呂上がり、夜もすっかり深くなってきた頃。

「ホットミルク飲む人ー?」

「む~。飲みま~す……スヤァ」「おねむなリーヨウたんも可愛いっ!」

「オッケー。霙、マグカップ四つお願い。」

「そこは自分でやってくれや……ふあ…ねみぃ」

霙がそう呟いてマグカップを持ち上げた瞬間。


ガシャン!!

リーヨウの目が覚める程の大きな音が響き、カップが割れてしまった。

「その、ごめん…………ほんとごめん。」

落としてしまった本人は、申し訳なさそうに目を伏せて、

しょんぼりとちりとりを取りに行った。


「だ、大丈夫だよ!調度、カトラリー買おうと思ってたし

 ついでにマグカップも新調しようよ!」

「そうだよねっ!割りばしとかプラスチックスプーンじゃなくて、

 ちゃんとしたカトラリー買いに行こう!」

励ますように言った二人がチラリと苣の方を見る。


先月ほど金に余裕がないことを誰よりも分かっていたが、

空気を読んで頷く会計担当・苣。

「え、いいの……?」

珍しく控えめな口調で聞き返したが、こちらを見る三人に『気にしないで!』と

目で言われてホッと息をついた。


        〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇


広いショッピングモールで、苣がみんなに指示を出している。

「じゃあ、リーヨウたんは食品の買い出し。霙は食器売り場で選んでて。洗濯洗剤の買い物が終わったらすぐ合流するから。アディルは…うん、霙のサポートお願い。」

「はーい!」「分かった。」「了解!」


食品売り場へ走っていくリーヨウの姿を、

「大丈夫かな…ちゃんと買えるかな、買うもの忘れてないかな」

「私達、こっそり着いてかない?」


「…はじめてのおつかいを見守る両親みたいな……」

ツッコミにいつもの鋭さが無かったので、心配でたもとから見守るネイ。


ネイが一番、親のようである。




「………オレ今、罪悪感が凄いわ」

食器売り場の道中、沈んだ様子で霙が呟く。


「いやいやいや!大丈夫だって!

そこまで引きずらなくても…」

[その通りだ霙、自身を責めるでない]

「でもな……」

ルーとネイが必死に励ましていると、


「…………おお…」

大きめの湯飲み茶碗に出会った。

どうやらそれは、魚が川を流れ海へ飛び出すデザインのようだ。

「リーヨウが気に入りそうだな。償いの意味も込めて、これにするか…」

「だからもう大丈夫だって!」


湯飲みは同じデザインで五色。黄土色、浅葱色、深緑色、紅葉色、そして暗い青紫。

「じゃあこれを四つ…いや、五つ買うか。」

[…?御前おんまえたちは四人の団体ぞよ]

「これはネイの分。飲むためのが無くたって、オレらの仲間だ」

「そうだね。担々団体の一員。」


[……有難し。]

二人にそう言われ、嬉しさを嚙みしめて会釈する。




「さ~てと!買い物メモによると、まずは冷凍食品!」

カゴを片手に、食品売り場を軽快に進むリーヨウ。


「あ!カキフライ!あっちには唐揚げも!

いい匂い~、食べたい…」

みるみるうちに惣菜コーナーに引き寄せられる!

「はっ!いけないいけない、予算二千円しか無いんだった。

惣菜より保存食を買わないと!」

…危ない、揚げ物の誘惑に負けるわけには。


「インスタント麺、うどん、冷凍たこ焼き…いつものラインナップは

これで揃っ――あ~~~~!」

今度はどうしたのか。


「ピ……ピザだ!ボク大好物!」

リーヨウが冷凍ピザを前に大声をあげている。

その声が大きすぎた結果、周囲の「あらあら…」という温かい視線が。

はしゃいでいる幼い姿には、苣もニッコリだ。

向けられる微笑ましい目に気付かず、ピザをカゴに入れた。


…リーヨウは内面も含めて、まだ幼い。

普段邪念や悪意は感じさせないが、浦天満で見せた行動…

あの人格の変わり様は何だったのやら。



「会計おわり!早くみぞれたちと合流しよ―――」

「不意打ちィ!!!」

背後から、金槌かなづちの一撃!頭に鈍い痛みを感じるリーヨウ。


すぐに視界がぼやけ、地面に倒れ込む。

「オイオイ……隙だらけだぜ?だいじょうぶかよ?

 しかも一撃?よっわw」

「キャー!私もイベトさまに不意打ちされたい!」


リーヨウお構いなしに会話するコンビ。

それ以前にこんな問題行動、騒ぎが起きてもおかしくないのだが…コイツら、

ちょうどエスカレーター前の死角で仕掛けてきた。卑怯!


「い…いったい、だれ、が……」

「おおっと!起き上がんないでね!」

立ち上がろうとした背中を思いっきり踏みつけられた。

「ぐあっ!!!……いったぁ…!」


「さぁて……おめぇにはまず、仲間に連絡してもらおうか。

こっち来い。」

ズルズルと引きずられて、人目のない通路まで。


「ここに仲間を全員呼べ。全員だぜ?」「イベトさまかっこいい!」

二人は何が目的なんだと思ったが、今は助けを呼んだほうがいいので電話をかけた。

使用経験の少ないスマホに苦戦しながら。


『もしもしリーヨウたん、何かあった?』

「苣!裏出口まえの、廊下にきて……みんなで…!」

息も絶え絶えに訴えると、苣は非常事態に気づいた様子。


「はやくたすけて…!」

その瞬間、イベトに通話を切られてしまった。


        〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇


「………切れちゃった」

苣の判断は早く、すぐにアディルのスマホにかける。


『もしもし!』『どうした?』

「アディル!霙!緊急事態!今リーヨウたんが攻撃されてて、

 …とっ…………とにかく急いで合流して!」

判断は早かったが、トークスキルが伴わなかった。二人は驚いた声で


『はぁ⁉んだそれ、ちゃんと説明しろや!』

『なんで攻撃されてるの、リーヨウは大丈夫なの⁉』

「えーと、えと、裏出口前の廊下に集合!以上!」

何があったのかは知らないが、切羽詰まった状況を理解したのか、


『……分かった。』『大丈夫、すぐ行く!』

電話を切った後、走ってそちらに向かうとのことだ。


「私も急がなきゃ…!」


        〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇


三階から一階までの階段を駆け降りるアディル達。

[リーヨウは無事であろうか]

霙の懐から、心配そうに顔を出すネイ。


「大丈夫。リーヨウに怪我を負わせた奴がわざわざ

 電話する猶予を与えたくせに、いきなり切ってきたんだとすれば……」

[敵は御前たちを集めるのが目的、と]

「じゃあ、集合するまでにリーヨウが攻撃される心配はない…つーことか」

「いや。そうともいいきれないかも…」


「…ルー、オレ先行くわ」

「了解…!後で追いつくし大丈夫ー!」

ビュン!と瞬く間に先に居る霙に、ルーは大声で伝えた。




「リーヨウ!無事!」

「お、仲間が来たみたいだぜ?」

霙が駆け付けたころには、リーヨウは既に瀕死だった。

「……苣、たちは…?」

[まだ来ていないぞよ。それより傷…]


ネイとの会話を遮って、シャムが野次を入れる。

「お喋りは結構ですわよ!イベトさまやっちゃって!」

「おめぇが二番手だな!ハンマーフライ!!!!!」

殺意でギラギラしたイベトと、飛ぶ金槌を前に警戒する霙。そこへ、



「……うちの団員に‼何やってんだおまえらッ‼」

怒りに怒った、アディルの姿が。

「ルー!」

霙は一歩下がり、ハンマーフライを避けた。


「ってアディル達早!私より先に着いてる⁉」

「いやダッシュで来ただけなんだわ!」

苣が駆けつけると、イベトとシャムは不敵な笑みを浮かべた。

「…やっと!全員揃いやがったかァ!!」

「イベトさま最高!」

霙、アディル、苣の三人を指差した二人。

「はぁ…それで、お前ら何なの?リーヨウ返してほしいんだけど」


「こっちの目的はなぁ……おめぇらみたいなお邪魔虫を消すことだよ!」「は?」

予想外の返事。


「こちとらな、うちの大事な収入源、腹立ってんだ!

 よくも焼き払ってくれたな…それに、薬品調合をさせてた『科学組織カカク』の

 メンバーにまで殺りやがって。

 そんな邪魔者はやっちまえ、って上から言われてんだよ!」

イベトは相当腹を立てている様子。


「あと三人ですよ!とっとと片付けましょうイベトさま!」

その一言に、霙は身構え、苣は閃き、アディルはキレた。


「…あ!『科学組織カカク』…路地裏でそんな奴らに遭った。」

「おまえらの組織とか知るか…!リーヨウ殴りやがって…ッ」


「【石土セキド】!」

アディルは怒り心頭でも的確に、攻撃を当てる。

しかし、石攻撃を食らったにも関わらず笑顔で着地し、

「いくぜェ!ハンマースピン!!!!!」

石土セキドをものともしないような凄まじい威力の、竜巻が起こる!


「うあぁ……っ!!」

これは避けるに間に合わず、ルーに大ダメージ!

後ろに受け身をとる。


「アディル…!」

いつも仲間を最前線で守ってくれるルーが、一撃で倒れたことに焦る苣。

「や……っばいやばい‼逃げなきゃだめだよ‼

リーヨウたん、立てる⁉霙、アディル抱え…て」


既に霙はルーを背負い、先を走っている!その後ろを追うシャム。


「ちょっ…」「ち、苣……ボクいいから、行って…!」

額に血を滲ませ、苣を見上げてリーヨウは伝えた。

「リーヨウたん…!」

「裏出口の先……れっしゃ?が走ってるから…、逃げ切れるよ!」

光のある目で真っすぐそう言い、立ち上がる。


「…行こう、リーヨウたん」「うん、!」


「そう簡単に逃がすと思うなよォ!」

イベトは金槌を二人に向ける。

「シャムの超能力は強い。逃げてったお仲間は今頃、身動きとれないだろうなァ‼

そしておめぇらも死ね!ハンマーフライ!」


「⁉」

「——ぐっ!」

投げたハンマーが消え、死角から背中に直撃したのだ。

驚き半分、痛み半分な表情をするリーヨウ。今日だけで二度も背中を強打している。


「…っ!」

苣は覚悟を決め、リーヨウをお姫様抱っこして裏出口より走った。


        〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇


「は、お前、なんだこりゃ……ッ!」

「なんだも何も、超能力ですわ!」

空中で縛り上げられる霙と、床に押さえつけられるアディル。

いずれもシャムが使う、藍色に光る縄によるもの。


イベトの攻撃でアディルが倒れたことに「ヤバい死ぬ」と考え

逃げた訳だが、シャムも十分危険ヤバそうだ。

「み、霙…!だいじょう、ぶ……」

「お前こそ心配だわ!ったく…まず縄をどうにか…」


「どうにもなりませんわ。イベトさまが来るまで、大人しくしていて!」

確かにシャムの意思以外では、縄は解けなさそうである。

「霙~!助けてっハンマーの奴怖い!」

地下8番通路へ、苣が追い付いてきた。


「…リーヨウ、なんでなんだよ」

「これは私の願望!それよりもう足止めが…」


「——"枯葉まみれ"如きで止められる訳ねぇだろ!ハンマーフライィ!!!!!」

「やっぱり………ッ!」

この状況、誰も苣を庇うことができず直撃。



金槌は四人へピンチを打ち付けるのに最適だった。


        〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇


この国とは離れた、多文化主義の国。

和人や中華系の人々、地方には民族も居た。

かつての階級"奴隷"を再建しようとした国王に怒り、立ち上がった革命軍。


…革命にあたって、たくさんの命が失われた。

そのうちの一人の兵士は、「戦いたくない」と度々零していたのだ。


戦わないと、自分が死ぬことになるというのに。




[………霙]


[霙、まだ息はあるだろう]


[腹を打たれたくらいで死ぬ人間では無いぞよ、霙は]

凛とした高い声が、その青年を呼び起こす。



「…戦い、たくない……」


駄々をこねる幼子みたいな口調で、零す。

仰向けの霙の袂から顔を出したネイ。

[——ならばあたくし、全てを利用し尽くそう]



ネイの両目が、はっきり開かれる。

[大切な仲間なのだから]


「よし…人目は無いな。四人とも運んじまえ」

「わかりましたわイベトさま!」

そう言うと、シャムが藍色の光を宿らせ、胴を縛り上げられる。



[——霙、奔れ]


風を切る音がした。


先方にはなんと、団員をみんな抱えた霙の姿が!

リーヨウはお姫様抱っこ、苣は背負って、アディルの腕を肩に回しながら、あのスピードで走っているのだ!


「ああ⁉まだ走れんのかよ、待てッ‼」


追われながらも、霙は零す。

「…軽い」

[その通り、あの超能力は御前たちの身体をしてこそ、

機能するものなのだ]

なるほど。しないと、浮かせたり運んだりは難しい。


「超能力の悪用ですわ!止まりなさい!」

まんまと利用されたな、シャム。


「ネイ…オレ、戦闘はやだ……」



[戦わなくていい、逃げるぞよ]

「———…!」

戦わなくていい。その言葉が、どれだけ霙の力になるかは、

兵士みぞれ次第だが。



「…分かった。どう逃げればいい!」

[目指すは電車、なんとか撒くぞよ…!]


背後より迫りくる、イベトの攻撃!

「だからァ!逃がさねーよ!ハンマースピン!!!!」

[上空に注意だ、霙]

ネイの言葉通り、消えた金槌が上から現れた。

三人にも当たらないよう十分に避けると、ガシャン!と壁に突き刺さった。

人通りの多い掲示板辺りまで来たようだ。大きな音に人々がどよめく。


驚きの視線お構いなしに、殺意でギラギラしているイベト。

「ぜっってェ仕留める…ハンマーフロスト!!!!」

途端、6つの金槌がバラバラに宙を舞う。

「……っ!!!」

当然これは避けられるはずなく、後頭部や足に直撃。

痛みに顔を歪めるが、三人のことはしっかりと掴んでいる。


[霙。奔れるうちは奔るのだ]

「分かってるわ…ッ!痛いからやめろや…!【氷柱ツララ】!」

霙は立ち上がり、金槌を凍らせぶん投げた。

鋭い氷金槌をイベトは食らって、切り傷が凍てついた。


「平気ですかイベトさま!」「ッ氷かよ…!」

二人の足が止まるのを見逃さず、再び走り出す。

しかし、人の波に速度が落ちる!


「チッ……急いでんだよ」

足に力をこめ、上に跳ぶ!すぐに【氷柱ツララ】で壁と自身の足を固定し、

パキン!と氷を折る。

[…凄いぞよ、霙]

なんと、あの壁キックを実現したのだ!

そして壁からの着地先は――


「改札口」


「あっコラ待ちやがれェ!」

…人の波にさらわれたのは、イベト達の方だった。

丁度良いタイミングで、電車を降りてくる大量の人が押し寄せたのだ。

ネイは改札口も利用したのである。


イベト達と駅員の声を無視し、三人を抱えたまま階段へ。


[敵も来てるぞよ、階段へ]

「はッ、はぁ、ぜぇ………まだ逃げんの…⁉」


「させないですわ!」

階段の上より、藍色に光るシャムの姿!

超能力を解き、三人の重さが戻る。

「…これは無理だわ」

ただでさえ力が入らない身体に、三人も抱えていた

階段から落ちる霙。

[霙!]


倒れる霙の元に、

「……手間取らせてくれたな」

「まったくですわ!」

二つの影が近づく。


[霙、霙!]

ネイは必死に、高い声で呼びかける。

こんなに大声なのに、敵には勿論、霙に声は届かない。


金槌をかざすイベト。

「じゃあな。ハンマーフロスト!」

「【氷柱ツララ】……」

霙の手により、金槌が6つとも凍てつく!その重さで床に落ちる。


「…ねぇんだわ……」

霙はゆらりと足をつく。


「…別にお前らを倒そうって気はねぇよ、

戦いは避けたいし」


「戦わないと自分が死ぬことになっても、

戦いたくない……オレは」


腰の剣に手をかけ、すぐにやめる霙。

「でもな」


「……こいつら、オレのせいで…

ホットミルク飲めてねぇんだわ…っ!」


立ち上がり、頭から血を滴らせながら言った。



「は?ホットミルク?」

「イ、イベトさま、こいつもう居ません!」

瞬きの間に、霙は三人を回収して去ったようだ。




ガタンゴトン…


電車に揺られる、四人と1輪。

乗っているのは車体の上だ。


幼く、拙い口調で霙は呟く。

「でんしゃに乗って、かえろ……」


…無賃乗車だけどな。

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