第5話 食わせろ

 死刑囚鉱山から真っ直ぐ南下すればウォルクネア帝国が占領したリトゥイネ王都テセンがあった。私が知らない三ヶ月の間にリトゥイネ王国は完全なる支配下に置かれていたのだ。


 死刑囚鉱山の麓にある街には女帝クラリスティーネが乗り寄せてきていた馬車があって、なぜか彼女の隣にぴったりと座らせられ、テセンに移動すること約二週間。腕やら腰やらに、まあ柔らかいものが当たる当たる。移動中は軽装姿である女帝が開襟シャツを着ていた。私の方が身長が高いので、谷間が見える見える。


 私は目を逸らし、戦争直後の荒廃した風景を馬車の窓辺から眺めることで、心頭滅却、ひたすら荒ぶる心を鎮めていた。そんなこんなで王城へと到着した日の午後のこと。


「おまえは魔法を使えたな?」


 庭園の長椅子にゆったりと腰掛けたクラリスティーネに問いかけられる。


「はい、一通りは……」


 私は芝生の上に立っていた。王城の立派な庭園には、薔薇園やら水鳥のとまる池やら人工の滝やらが設置されていて、やたらと贅を凝らされているのだが、ここでリトゥイネ王族の斬首が行われたらしい。今は置いておこう。


「一番得意なのは?」


 薄い青緑色の瞳から射抜くような視線を向けられている。


「収納魔法……ですかね」


 前世日本人の「私」が「デュシャ」の身体に転生する前からデュシャが得意としていた魔法だ。


「発動させてみてくれ」


 ひとまず、鉱山に収監されてしまったゆえにもう二度と見ることはないと思っていた愛剣を収納魔法から取り出すことにした。


「……え」


「この箱は、なんだ?」


 だが、剣の代わりに握りしめていたのは鍵。どこかで見覚えがあった。そして、芝生の上に現れたのは……二階建てのシンプルかつモダンな建物。


「家、ですね」


 なんと、前世の「私」が両親から相続した別荘の見た目をしていた。祖父が景気の良い時代に買ったものの、交通の不便な場所にあって、経年劣化と共に固定資産税だけがかかる負の財産となっていた別荘。結局、両親の手にも余り、私に回ってきたからリフォームだけして放置していたものだった。


「驚いただろう? 私は他者の魔法を具現化することができてな、それをやった」


「なるほど?」


 まさに魔導帝国の女帝らしい、様々な応用が効くとんでもない能力だ。彼女が一代にしてウォルクネア帝国を築き上げたのも理解できる。……だが、この家については全く知らなかった。転生したから持っているものだろうか? この世界に転生したときには死刑囚鉱山にいて、足枷で魔法封じされていたから、自分で気づけるはずもなく。


「とにかく邪魔するぞ」


 ずけずけと家に入ろうとする女帝の背中を慌てて追った。鍵を使って扉を開け、中へと案内する。


 ◇


「これはなんだ、池か?」


「浴槽……露天風呂ですね」


 温泉地に買った別荘なので、温泉を引いていた。利用料は当然払わないといけないが。いずれ私にも家族ができたら車を買って連れて行こうと夢見ていたのに死んだ。


「外から丸見えではないか。矢が降ってきたらどうする……と思ったが、どうやら外界から観測も干渉もできない魔力結界になっているな」


「へえ、便利ですね。それはさておき、蛇口をひねるとお湯が出るはずです」


 実際に蛇口をひねってみせる。さすがにこちらの世界で利用料は取られないだろう。湯気を立ち昇らせて、お湯が大きな浴槽に流れ込む。このお湯は本当に温泉なのだろうか?


「なに!?」


 形のいい顎に手を当てて、何やら考え込む様子のクラリスティーネ。


「この機構を【具現化】で再現できれば、我が帝国がますます発展してしまうではないか……」


 などと彼女はぶつぶつ呟きながら、家中をぐるぐると歩き回り、勝手に引き出しを開けたり、エアコンを見上げていたり。


「そして……こちらはくりやか」


「はい」


 キッチンには、コンが三つ。そして広い流し台。


「そういえば、もうそろそろ夕食の時間だったな」


 部屋に射し込む光が、いつの間にか淡い蜜色に変わっている。


「私、これからはこの家で暮らすことにいたします。せっかく自宅があるのに勿体無いですから」


 私がこう話すと、クラリスティーネが食い入るようにこちらを見つめてきた。


「おまえ、料理ができるのか!」


「はあ……まあ」


 地獄から出て、最初はお粥ばかり食べていた私。飢餓状態でいきなり栄養を摂りすぎると死ぬ。ようやく固形物を食べられるようになってきた。


「食わせろ」


 …………ゑ?

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