第2話 死刑囚鉱山からの逃亡
山の空気は冷たく、息を吐けば白く曇った。
一日の苦役が終われば地下に掘られた囚人部屋に押し込まれ、疲れ果てた身体を鎖に繋がれて、眠るのはわずかな時間──それを日々繰り返す。
せっかくの二度目の人生だというのに、またこき使われて死にたくない。
その一心で最初こそ脱走を試みようとしたが、監視の目は厳しい。夜は固い岩盤に深々と打ち込まれた鉄杭から伸びる鎖に足枷を繋がれて拘束される。それに加え、脱走を企てたことが明らかになれば確実に他の囚人への見せしめとして殺される。どうやらこの地獄で生涯を終えるらしい。
この鉱山に送られた理由は分かっている。戦場でリトゥイネの王女を討ち取ったからだ。ただ殺すより、死ぬまでの苦しみを与え、酷使して殺す。きっとそういうことだろう。
ここにいるのはリトゥイネ人の死刑囚ばかりで、エルタール兵の捕虜として連れてこられたのは私だけだった。もちろん男なのも私だけ。
過労死した私が転生したのはエルタール王国騎士だった。長年敵対関係にあったリトゥイネ王国との戦争に出征し、戦場でリトゥイネ王女を討ち取った。向こうは私を男と見て手ごろな
全くもってそれは私の意思ではなかった。ただ一騎討ちを挑まれたから返り討ちにしたまでだ。だが正々堂々の一騎討ちだというのに、卑怯にも王女の部下に囲まれて傷を負わされ捕虜にされた。その場で処刑されるでもなく、生きながらにして地獄を味わわされていたのだ。
地獄では食事が唯一の楽しみになるかと思いきや、それも叶わない。具のないスープと固いパン。どんどん痩せ衰えていくのを自覚していた。三ヶ月を生きながらえてしまったが、それもいつまで続くことやらという状況。
こうやって思案していると、己がこの世に何も残せていないという不甲斐なさに気がつく。いや、人間誰しもこの世に残すものなんて本当はないのかもしれない。
だが、ある夜、「パキン」という金属音が耳に届いて目を見開いた。あっけないほどの軽い音。脱走を図るために、こっそりと鉄製の鎖に塩味のスープをかけて弱らせ、地道に削っていたのが報われた瞬間だったのである。
心臓がどくんと激しく跳ね上がる。鎖が切れた。逃げ出せる。一つ、長く息を吸ってから吐き出し、周りの囚人たちを起こさぬように立ち上がった。
そうこうしていれば真夜中。今宵は新月。本当に幸いなことに、誰にも見つからず行動ができた。監視小屋が無人であるのをいいことに忍び込む。今までずっと魔法行使を阻害していた不愉快極まる足枷の鍵を見つけ、完全に鎖を外すことができてしまった。
緊張が解けてくると、急に耐え難い空腹が襲ってきた。思い返せば三ヶ月も肉や魚を口にしていない。さっさとこの非人道的な国からずらかる。まずは逃げるか隠れるかしなければ。
麓に向かって山中をひたすら歩きつつ考える。逃げようとも、大勢の人間に山狩りをされたら、ひとたまりもなくお縄だ。麓の街に行っても余所者、しかも男がいれば目立つ。魔法の絨毯なんて都合のいい移動手段はない。
手の甲にぽつりと水滴が当たる。雨が降り始めた。今の体力で雨に濡れたらもたない。だが、すぐさま土砂降りとなり、弱った身体を濡らして体温を奪っていく。
したがって、目の前に騎馬の一行が現れたのも、私の意思ではなかった。逃げることなど叶わず、たちまち捕縛された私は、降りしきる雨の中を一行と共に鉱山へと舞い戻ることになった。
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