16本目:討伐隊

 流々が上階へと赴く凡そ3日前、討伐隊が件の触手モンスター捜索に出ていた。

 戦闘能力を重視した6人編成のチームが10組とサポーター、それ以外のダイバーは一切進入禁止となっている。


 本来ならば護もこのチームに加わる予定であったが、この2日前ににより彼女は協会を去り、行方知れずとなってしまった。

 そう、護の望んだ形では無かったが、少し待てば協会許可の元で探索に入れたのだ。

 どういった運の巡り合わせか、彼女は動けば動くほど行きたい場所から遠ざかってゆくのであった。


 それはさておき、討伐隊はそこから3日かけて現在地下15階へと侵入していた。

 3日で15階というのは少々ペースが遅いが、これには理由がある。協会が5階進む毎にベースキャンプを設営している為である。


 ダンジョンは広く、1層辺りの広さは東京ドーム約4個分にもなる。

 だが下へ降りる階段はほぼ中央にあり、そこまでのルートも開拓されている為、実力さえあれば地下15階までは一日半で行ける。

 だが今回、目的地に到着するだけでなく何処に居るかも分からないモンスターの討伐となるため、大人数で日数をかけ探すしかない。

 そうなるとダイバーを休ませるだけでなく、装備のメンテナンスも必要になるし、消耗品も補充しなければならない。その為のベースキャンプであり、同じものが5階と10階にも設営されている。


 討伐隊はベースキャンプが完成し次第分散し、チーム毎に探索に出る。

 モンスターの脅威度は未知数、その為討伐隊に油断は無い。だが、それとは別の所に問題が発生していた。


「なぁ、あのモンスターの正体ってあの子だと思うか? 俺ぁ違うと思うんだが・・・」

「私だって違うと思ってるわよ。あの子は私の知り合いを助けてくれたことがあるんだもの」

「えー、でも人間っぽいって言ったってモンスターなんでしょー?」

「そうだ、モンスターは所詮モンスター。いつ人間を襲うか分からないなら、さっさと殺した方が良い」


 それは討伐隊のあちこちから聞こえる声。そう、流々への対応についてダイバー達が迷っていたのだ。


 彼女が初めて人目に触れたのは凡そ2週間前。それから人目に触れたのがたった2回だけとはいえ、どちらも非常に注目されていた配信だった為流々の愛らしい姿や行動に好感を持った者は多かった。

 その為、今回の大事件が起きても尚モンスターの正体が流々では無いと信じる人が多く居たのだ。


 果たしてこのまま討伐などしても良いのだろうか?

 彼女は本当に人類の敵なのか、良き隣人とは考えられないだろうかと。

 ダイバー達は悩んでいた、だがそれ以外の人はそうでは無かった。


 モンスターについて理解の少ない非ダイバー達、つまり一般市民だが、彼等の大多数は流々討伐に賛成であり、事件後は毎日のように協会へクレームを入れ続けていた。


 『モンスター討伐はダイバーの仕事』『早く自分達を安心させろ』『この責任はどうするのか』、そんな行き場のない不安やストレスを不条理に協会に擦り付けてくる人々。

 それを醜い姿を間近で見たダイバー達の気持ちが、流々に傾くのは仕方ない事なのだろう。


「とりあえず、見つけたら話しかけてみよう。俺が話しかける、俺は違うと信じたいからな」

「ちっ、好きにしやがれ。ただ一言だけだ、変な動きを見せたら殺してやるからなっ!」

「あぁ、それでいい。それに危ないのは奴だけじゃないからな」


 彼等の視線の先にあるのは川、そしてそこから弾丸のように跳んできた物体──『魚』である。


「ふっ!!」


 ──バキンッ!!


 ダイバーの剣で叩き落された魚には鋸の様な歯が並び、目がいくつも付いていた。

 この水棲モンスターは『マグナムフィッシュ』、鋼の様な鱗を持ち、鉄をかみ砕く歯と盾を貫通する水の弾を撃ちだすモンスターで、ダイバーから非常に危険視されていた。


「こんな奴らが水辺から狙ってきてるんじゃ、気も休まらない」

「だな、こんな魚ですら中級レベルのダイバーじゃねぇと倒せねぇ」


 水棲モンスターは気配が読みづらく、攻撃に特化しているものが多い。

 大半のダイバーが15階より下に行きづらい理由もこれが原因。そう、この魚は強い。決して消去法で食材に選ばれるようなモンスターでは無いのだ・・・。


「こいつ等だけじゃねぇ。ホブゴブリンにイヴィルサーペント、このメンバーでも場合によっては探索どころじゃなくなるんだからな」

「心得ている、ひとまずは慎重にだ。話によると例のモンスターは上から襲い掛かってくることが多いらしい、前後もそうだが頭上に注意していくぞ」


 モンスターの正体については結局憶測の域を出ない為、ダイバー達はその道のプロとして探索に集中した。

 しかし、探索を続けて一時間ほど経てど触手どころかモンスターの影も鳴き声も聞こえてこない。

 ダンジョンは下に潜るほどモンスターが出やすい傾向にある、15階は左程深い階層でないとはいえ、下級をふるいにかける程度にはモンスターの質と量が変化する。

 それが全く出ない、これが自分達だけなのか探索に出ている全てのチームがそうなのか。

 もしダンジョン全体がこうならば、モンスターがその原因は・・・。


 ダイバー達の背中に冷たいものが走る。


「・・・それなりに時間も経った、一度キャンプに戻るべきだと思うが?」

「私は賛成です、他チームとの情報交換が必要だと思います」

「あ、あぁ俺もそれで良い」


 命を大事に。ふざけている様にも聞こえるこの言葉の大切さを、ダイバー達は心得ていた。

 まずは生きて情報を持って帰る事。何も無かったのなら、自分達の進んだルートには何も無かったという『情報』を伝えることが出来るのだ。


 ダイバー達が油断なく進路を変えた時、変化は起きた。






 ──ぎゃぁああああああああぁぁっっっ⁉






「っ⁉」

「近いぞっ、どこからだっ!!」


 ダンジョンに響き渡る悲鳴、ただ反響して前後どちらから聞こえたものか分からない。


「ここから一番近いのはD班かっ、もしあいつ等なら居るのは前方だが・・・」

「いくぞ、見ないで帰るわけにも行かねぇっ!」

「それに生きてるなら助けないとっ!」

「・・・分かった」


 D班が居るであろう予測地点へダイバー達は急行した。


 ◆


 ダイバー達が到着した時、その場所は人外魔境へと変貌していた。

 

 このダンジョンは洞窟型のダンジョンであり、天井が高く、その壁や床は岩肌になっており沢山の岩陰や隙間が当然あった。

 その隙間から触手が生えてダイバー達を襲っていたのである。


「救援に来たっ、大丈夫かっ!!」

「すまないっ! 怪我人が居るんだ、助けてくれっ!!」


 襲われていたのは、予想通りD班であった。

 防御陣を組み何とか触手に捕らわれず済んでいるものの、壁床天井と隙間あれば生えてくる長い触手相手に後退出来ずにいるようだった。現にダイバー達も触手に阻まれ助けに入れない。


 生えているのは吸盤の付いた、先端になるにつれ細長くなっている触手。協会が予想していた通り、軟体生物の手だった。


「生えているのは手だけかっ、本体は何処だっ⁉」

「分かんねぇよっ、とにかく切っても切っても生えてきやがる」


 切りつけた触手は僅かな間を置いて新しく生えてくる。再生能力も持っているようで、こちらばかりが消耗を強いられていた。


「ぐっ・・・切り辛いうえに、なんて力だっ⁉」

「軟体生物は全身筋肉だと聞いたことがあります、相手にするとこれ程手強い相手だとはっ・・・」


 助けに入るどころではない、下手をすれば自分達もやられてしまう。

 唯一の救いは視界に入る触手の本数がさほど多くない事、だが増えれば手に負えなくなる。


 自分達だけでも撤退すべきか・・・戦力を分散しての救援要請は悪手、もし触手が隠れていた場合個別に狩られることになる。

 リーダーの男が判断に迷っていた時、遂に均衡が破れた。怪我人を庇いながら戦っていたD班の前衛の男が触手に捕らわれたのだ。


「ぎゃぁあああああぁぁぁっっっ⁉⁉⁉」


 バキバキバキバキッ


 聞こえるのは装備の破損する音か、それとも・・・。


 捕まった男を見ていることしか出来ない。

 D班も矢や魔法を撃ち仲間を助けようとするが、触手には効果が薄いのかビクともしていない。


 このままでは順に狩られていく・・・最悪の未来がリーダーの脳裏に浮かんだ、その時だった──。






「放しなさい」





 凛とした声が聞こえた。

 高く澄んだ、そして自信に満ち溢れた声。

 その声が耳に届いた瞬間、男を捉えていた触手が細切れになった。


「げほっ、ごほごほっ・・・」

「生きてるかしら?」

「あ、貴女は・・・どうして此処に・・・」


 D班を守るように触手に立ちはだかる美しい少女──虚柄 護だった。


「撤退するわよ」

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