17本目:邪神の姉と憤怒の権能

「ごほっ、ごほ・・・あ、貴女は、虚柄ダイバー・・・どうして貴女がここに?」

「許可証は持ってるんだから、別に居ても良いじゃない。それより撤退するわよ、アレの相手はしておいてあげるから怪我人連れて逃げなさい」

「は、はいっ!」


 先程まで触手に捕まっていたダイバーは、幸いにも走る事ができる程度のダメージで済んでいた。

 だが彼の装着していたダンジョン素材で作られたプロテクターは全体に修復不可能なヒビが入り、そこら中に直径10センチ程の丸い穴が空いている。

 よく見るとそれは歯型のようにも見え、恐らくプロテクター以外の場所に噛みつかれていたら肉ごと無くなっていただろう。

 そんな自身のあり得た未来を想像し、男の全身からは汗が噴き出していた。


「全員、武器以外は捨てて最速で撤退するぞっ! 後衛は怪我人をっ、前衛は先導と殿に分かれて進めっ!!」


 護から指示を受けたダイバー達は迅速に行動する。

 後方では激しい攻防が行われているのであろう、護と触手による破壊音が響いていた。


「虚柄ダイバーはどうするっ!? まさか置いていくのかっ!!」

「今俺達が行っても何も出来ないっ!! 今は怪我人の治療と得た情報を共有すべきだっ!!」


 今ここにいる者達の中で最も若い、少女とも言える年齢の護。

 ダイバー達の中には彼女と父娘程に歳が離れている者もいる、そんな彼女を置いていく事に躊躇いを覚えない者は居ない。

 だが、それ以外全員が生き残る方法が無いのもまた事実。ダイバー達は護に『無事でいて欲しい』と願いつつ、自身の情けなさに歯を食いしばりながらベースキャンプを目指すのであった。


 ◆


 大人は、所詮大人だった。

 自分の都合に悪ければ、此方の必死の願いなど簡単に無下にする。少しは信用しても良いのかもしれないと、そう思ってしまった過去の自分を殺してやりたい。

 やはり流々を助けるには私が行動するしか無いのだ、あの子を幸せに出来るのは私だけだ。

 冒険者協会に早々に見切りをつけた私は、その日のうちにダンジョン入りした。


 過去2回の記録において、あの子は地下で確認されている。それに姿を消してからその2回以外、全く人目に触れていない。

 その事から考えるに、あの子はここ『邪神の呼び声』ダンジョンのかなり深いところ、それこそ最下層と呼ばれる場所に居るのかもしれない。

 いや、居る。姉の勘がそう言っていた。


「流々、待っててね。お姉ちゃんがすぐに行ってあげるからねっ!」


 私は各階層を確認しつつ、最下層を目標にダンジョンを進んだ。





 ダンジョンに入り2日目、少し身体の臭いが気になってきた。仕方ない、少しとは言え汗をかいているし、シャワーすら浴びれないのだから。


「流々に臭いって思われないかしら? 浅い階層で川にでも入る事も出来るけど・・・」


 流々はよく胸に顔をうずめてくるので、私は体臭や衣類の匂いに気を使っている。

 臭いだなんて思われたくないし、「お姉ちゃん、臭い」なんて言われたら死ぬ自信がある。

 川にもモンスターはいるが、浅い階層ならば弱いので居ないのと変わり無い。それより流々にどう思われるかが大切なのだ。


 身嗜みについて気になり始めて更に3日、私は地下15階層に辿り着いていた。

 途中タオルで何度か身体を拭いてはいるものの、髪までは思う様にいかずゴワゴワして気持ち悪い。

 10階層以降、階層を端から端まで確認しながら降りていた為、予想以上に時間をくっていた。


「やはり一度、川に入ってサッパリしたいわね」


 昔の私なら身嗜みに気を使うだなんてあり得なかった、これも流々の影響なのだろうか。

 誰かの事を考えてあれこれ考えるだなんて、まるで恋をしている女の子のようだと少し気恥ずかしい思いを抱きながら歩いていると、近くで人の気配が増えたのを感じた。


「きっと流々の調査隊か、例のモンスターの討伐隊ね」


 件のモンスターの事は、私も知っている。

 沢山の人が犠牲になったらしいが、そこは良い。特に気にもならない。

 モンスターを襲っているのだから、逆に襲われる覚悟だってあるだろう。だが問題なのは、そのモンスターが流々によく似た触手を持っていること、流々が討伐対象になる可能性があるのだ。


 もし私の流々に危害を加えるようならば・・・ダイバー達には悪いが、最悪ここで消えてもらうとしよう。




 ──流々の為ならば私は何だって出来る、手を汚す事だって厭わない。




 腹の中にドス黒い気持ちが渦巻くが・・・不思議とその気持ちに拒否感が起きない。

 腹立だしい事だが、どうやら私には父親ゴミの血がしっかりと受け継がれているらしい。





 あの子が上の階層に上がってきている可能性がある為10階層以降注意して歩いてきたのだけれど、そこで私はある事に気付いた。


「モンスターが殆ど居ない・・・」


 少し前から討伐隊だろう沢山の気配が動いている。

 そして反面、モンスター達の気配が急速に減っていった。


「モンスターが減っているのは・・・例のアレが関係しているのかしら?」


 烏滸がましくも可愛い流々の姿を真似た愚か者。

 あの子が人を襲うだなんて有り得ない、私はアレの正体が流々ではない何かである事を確信していた。

 アレは私の流々に無実の罪を擦り付けた痴れ者だ、絶対に私の手で粛清しなければならない。


「思い出したら腹が立ってきた、先に潰してこようかしら」


 協会の面子を潰すのも面白いかも知れない。

 そんな事を少し考えながら、私はダイバー達を避けつつ流々を捜索した。





 それから数時間して、私は下層へ降りる階段に辿り着く。

 残念ながらあの子の姿は見つからなかった、まだ下に居るのかもしれない。

 一層辺りかなりの広さがあるので最悪すれ違う事だってあり得る、それならば階層を移動する際必ず通る階段に陣取った方が良いだろうか?


 あの子のとりそうな行動パターンに考えを巡らせていた時、後方で叫び声が響いた。





 ──ぎゃぁあああああぁぁぁっっっ⁉⁉⁉





「討伐隊の声・・・よね? あのメンバーならこの階層で後れを取る筈がない、という事は──出たわねっ!!」


 私は全力で声のする方へ駆ける、その一歩一歩が地面を踏み砕き身体をグンと押し出すのを感じた。


(出た、出た、出た、やっと出てきたっ!!)


 このダンジョンである意味流々の次に会いたかった者、流々に似た触手を持ち、結果流々に無実の罪を擦り付けた奴。


「ぶっ殺すっっっ!!!!!!」


 怒りの感情がゴウッと全身から噴き出す。

 それは決して感覚の話ではなく、実際に目に映る現象として現れたスキルの炎。

 私は灼熱の炎が如きオーラを身に纏い、紅い輝きを伸ばしながら声のする方へ向かう。





 私がその場に辿り着いた時、男のダイバーが例の触手に捕まっていた。

 周りを見れば、その人の仲間だろうダイバー達が必死に抵抗を続けている。他にも怪我人が居るようだ、恐らくその人を守ろうと迎撃している内に攻め切られたのだろう。


 壁や床のあちこちから生えている触手は10本程だろうか、どうやら床や壁にある岩の隙間から出てきているようだ。

 



「放しなさい」




 ここに到着した時あの触手が剣を弾くところを見た、恐らく硬度だけでなくかなりの弾力を持っているのだろう。


(剣で切れない程度、私には問題無いっ!!)


 真っ赤に輝く手を熊手に構え、私は走る勢いそのままに振り抜いた。


「ふっ!!」


 細切れになって飛び散る触手。

 一瞬ダイバーごとやってしまおうか考えたが・・・取り敢えず助けておくとしよう。

 触手から解放されたダイバーはかなりボロボロの状態だったが、タンクだった事もあるのだろう、思った以上に軽傷だった。


 それより私には気になる事があった、それはそのダイバーの装備に付いた独特な傷跡。

 恐らく触手が原因であろう歯形のような丸い形、それを見た瞬間私は──自分の勘が間違っていなかった事を再認識した。


 撤退するダイバー達から意識を切り、私は触手に話しかける。

 いや、話しかけたと言うより文句を投げつけたと言う方が正しいかも知れない。

 返事が返ってくる事も期待していない。

 可愛い弟が迷惑を掛けられた、ただその事だけが堪らなく憎い。


「お前のせいでな、ウチの可愛い弟が迷惑してるのよ。ここは海じゃないの、何でここに居るのか知らないけど偉そうに触手生やしてんじゃないわよっ! 流々に迷惑をかけた罪を償いなさい、この──イカ野郎っっっ!!!!」


 流々の障害になるものは全て──捻り潰すっ!!!!!!

 

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