飽和

つい数日前まで20℃を超えていたのに、

今では10℃にすら届かない気温に包まれ

しとしとと線路へ

降り注ぐ雨を見つめていた。


「お客様にお知らせいたします。先ほど、前を走っておりました列車とお客様が接触したとの情報が入りました、このため……」


彼方「あと1時間くらいはかかるっぽい。」


詩柚「そうなんだあ…。」


授業が終わり帰ろうとした時だった。

電車が遅延しており、

帰宅しようとしていた人たちが

溢れかえっていたのだ。

定時制の人や部活動後の人、

会社での仕事が終わり

帰ろうとする人たちが揃って

足止めを食らっている。

寒く雨の降る中、時間も時間なこともあり

歩いてでも帰ろうという人は少なく、

バスやタクシーを待つ列ばかり

伸びて行った。


詩柚「彼方ちゃんは逆方面でしょお。そっち側は動いてるんなら、早めに帰りなよお。」


彼方「確かにうちの家の方面まで、この駅からの往復は出てるけど。」


詩柚「じゃあ寒いしさ。」


彼方「いい。いる。」


詩柚「本当にいいの?」


彼方「嫌?」


詩柚「ううん。そういうことじゃないよお。」


彼方「ならいいじゃん。」


彼方ちゃんはまた

スマホへと顔を向けた。

座ることもままならず

電光掲示板を見守るだけ。

この降る雨もいずれ

雪になってしまうのかと思う。

もう11月も終盤へと差し掛かる。

これくらい寒くて当然なのかもしれない。

もうすぐ冬だから。

待ち望んでいて、けれど来て欲しくない

ひとつの区切りの冬だから。


「誠に申し訳ございません」と

繰り返しアナウンスする

駅員の方々の音と聞きながら

今日の夢の中での選択肢を思い出す。



『高田湊が深爪し流血する』。

『電車が遅延する』。



この2つだった。

自分が深爪して流血するなら

まだそちらを選んでいたかもしれない。

しかし、湊ちゃんが、なのだ。

事故や彼女の意思ではなく、

故意に私が彼女を

傷つけることになってしまう。

もし爪を切っていたりいじっていたりと言った

自分の行動以外で爪が剥がれ、

流血沙汰になるのだとしたら。

考えただけで恐ろしくて、

すぐさま電車の遅延を選んだ。

大勢に迷惑がかかるのは

わかり切っていることのはずなのに、

何人もの人を犠牲にしようと

彼方ちゃんを、私を、犠牲にしようと

湊ちゃんに関わる選択肢は選びたくない。

世界を敵に回したとしても

あなただけはどうか守れますように。


そうして自分で電車が

遅延することを選んだのだから、

この事態を恨むことはもちろんできない。

寒すぎるあまり、

身につけていたマフラーに顔を埋める。


彼方「どうせすぐ帰れないならどっかで夜ご飯食べない?」


詩柚「それもいいねえ。あったまりたいし…。」


彼方「それな。この辺りってあるっけ。」


詩柚「すぐ帰っちゃうからわからないなあ…。」


彼方「うわ、結構閉まってる。飲み屋とかなら開いてるけど。」


詩柚「ほお。」


彼方「近くの大きい駅行った方が開いてる。」


詩柚「彼方ちゃんの家の方面?」


彼方「そ。」


詩柚「なら電車もあるしよさそうだねえ。反対側のホーム行こっかあ。」


近くの大きい駅を検索すると、

ついこの間彼方ちゃんと

昼間に遊びに行った場所だった。

もう21時も回っているため

駅ビルは閉まっている。

私がスマホで地図を調べ、

とある道を迂回する形で

駅近辺のファミレスへと2人で立ち寄った。


きんきんに冷えた体が

暖房のおかげで

芯からじんわりと温まるのがわかる。

まるで帰宅してすぐ湯船に

浸かったような感覚で、

このまま眠ってしまいそうだった。


彼方「眠い?」


詩柚「うん…。」


彼方「食べる前に寝たら。」


詩柚「食後でいいよお…そのくらいは持つから。」


彼方「食後にすぐ寝て気持ち悪くならない?」


詩柚「ご飯少しだけにしとけば大丈夫だよお。」


彼方「でも食べながら寝られても困るし。待っとくよ。」


詩柚「うーん…でもお店的に…。」


彼方「じゃあ飲み物だけ頼んどく。起きたらご飯。どう。」


詩柚「……ごめんねえ。」


彼方「ん。」


マフラーを外し、机に伏せる。

温まってきているとは言え、

髪の毛の先が冷たかった。

雨に濡れたのかもしれない。


いつもの通り数分眠った後、

彼方ちゃんと夜ご飯を食べた。

昼に遊んだ時は

各自ご飯を食べてきた後で

駅ビルの中を歩いただけだったので、

こうして学校以外で

彼方ちゃんと一緒に

ご飯を食べているのは何だか新鮮だった。

食後、すぐに店を出ずに談笑していると、

彼方ちゃんが唐突にスマホを見せてくれた。


彼方「見てこれ。」


詩柚「これは…?」


彼方「犬の動画。」


詩柚「犬好きなの?」


彼方「最近動物動画ハマってる。」


詩柚「へえ。犬以外は何見るの。」


彼方「蛇とかイグアナ。あとはトカゲの脱皮を手伝うところとか。」


詩柚「爬虫類かあ…。」


彼方「後は水生生物。」


詩柚「魚系…?それともイルカとか?」


彼方「ううん。これ。」


そう言って見せてくれた画面には

小さい妖精のような可愛い生き物

…クリオネが映っていた。


詩柚「可愛いねえ。」


彼方「これまでが可愛くないみたいじゃん。」


詩柚「爬虫類はちょっと……。あ、クリオネがふわふわしてる。」


彼方「これの捕食シーンいいよ。この後くるから。」


詩柚「…?」


すると、彼女のいうとおり

そのシーンはすぐに訪れた。

クリオネの頭と思っていた部分から

数本のタコの足のような突起が伸びて

よくわからない小さな生き物らしい物体を

捕まえて食べ始めたのだ。

思わず唖然として口角が固まる。

食後でよかったと深く思った。


詩柚「い、いいかなあ…?」


彼方「こんな無害そうな顔しててもちゃんと悪い部分持ってるところが推せる。」


詩柚「そっかあ。言われてみればわかる気もするけど…。」


彼方「でしょ?天使って言われてるらしいけど、ここだけ切り取ると化け物じゃんね。」


詩柚「化け物。」


彼方「そ。天使が天使になり切れてなくていい。」


詩柚「彼方ちゃんのことがわかったような、もっとわからなくなったような。」


彼方「はっ、ウケる。」


そういうとスマホを

自分の方へと持っていき、

また何かを見ているようだった。

それから十数分して

お店を出る頃には、

細く降り注いでいた雨は一旦止み、

電車が止まっていたのも解消され

通常通りの運転に戻っていた。


詩柚「終電ないってならなくてよかったなあ。」


彼方「ね。夜中の遅延は冷や冷やする。」


すいすいと先導するように歩く彼女は

来た道とは別の方の道を

通ろうとしているようだった。

「待って」と慌てて彼女の袖を引く。

同じ長袖のブレザーを身につけているのに

どうしても違う世界に向かう

人間のように見えてしまって。


彼女の向かう方は近道ではある。

けれど、立ち並ぶ店が明らかに

夜の町たらしめるものだった。


彼方「何か?」


詩柚「来た道通ろうよお。」


彼方「遠回りじゃん。だるい。」


詩柚「そうだけど…。」


彼方「通り抜けるだけだって。」


詩柚「…でも…。」


彼方「耐性ないにしたって、別に歌舞伎町に来たってわけでもないじゃん。」


わかってる。

さほど大きな道じゃないって。

そんなに距離も長くないって。

でも、行きたくない。

それがうまく言葉にできなくて

袖を強く引くだけだった。


彼方「ビビりすぎ。」


詩柚「だって怖いから…!」


彼方「うちがいんじゃん。絡まれたらうちが適当に返しとくって。」


そういうことじゃなくて。

彼方ちゃんには私の言葉が

どうにも思っているように届かなくて、

ずれて認識しているようで

そのまま歩き出してしまった。


置いていかれないように

彼方ちゃんの背を追う。

すぐ後ろを追っているはずなのに

彼女の背中がどんどんと

遠のいていくようで怖い。

もしも置いていかれたらと、

いい年して子供のような発想が浮かぶ。


その時だった。

とんとん、と明らかに

気づかせる強さで肩を叩かれ、

思わず飛び上がった。

無意識のうちに振り返る。

知らない男性が2人並んで

人当たり良さそうに笑顔を浮かべていた。


「高校生?こんな時間に歩いてちゃよくないでしょー。」


「それともワンちゃん狙ってる感じ?」


「だったら──」


急に話されて、

しっかり耳は聞こえているはずなのに

言葉を言葉として認識できなかった。

気が動転して、さらっとかわせばいいものを

足を止めてしまったせいで

どう答えたらいいかわからなくて

喃語のような音が

喉から漏れそうになった時だった。


背後から腕を引かれ、

背を支えるように腕を回された。

すっぽり収まってしまって、

瞬き多く顔を上げると、

そこには先に歩いて行ってしまったはずの

彼方ちゃんがいた。


彼方「うちら付き合ってるんで。」


「いーじゃんそれでも。4人でやりゃ」


彼方「男が入る隙ないから。」


「行こ」と短く告げられ、

背を支えられるまま

駅の方へと向かう。

大きな駅でなくとも、

そんなに距離がなくとも

変な人は一定数いて、

声をかける人がいるんだ。

だから油断はよくないんだ。


私にぴったり体の側面をくっつけていたが、

男性らが追ってきてないことを確認した後、

何も言わずに手を握ってきた。

離れるな、と言っているようで

安心すると同時に鳥肌が立ちそうだった。


詩柚「…。」


彼方「諦めのいいやつらでよかった。ね、詩柚。」


詩柚「…。」


彼方「詩柚?」


詩柚「あの。」


彼方「何。」


詩柚「付き合ってるってやつ。あれ、何で言ったの。」


彼方「は?ああ言ったら大抵諦めてくれんでしょ。最近そういうのが当たり前になってきたから、あんまり効果も意外性もないけど。」


詩柚「彼方ちゃんはこの関係、付き合ってるって思ってるってこと?」


彼方「本気にしないでよ、ただの嘘じゃん。それとも本気にしてくれてた?」


詩柚「嘘でもそういうこと言わないで。」


彼方「そんなに嫌なの?」


詩柚「嫌。」


びっくりしたのか、

彼方ちゃんが私の方へと振り返ったのが

街灯や夜の街の光に照らされてできた

陰からわかった。


彼方「はっきり物言えんだ。」


詩柚「…。」


彼方「それってさ、他に付き合ってる人がいるからってこと?」


詩柚「どうだっていいよねえ。」


彼方ちゃんを選択肢を通じて

犠牲にしたことがあるのに、

今だけはそのことすら忘れて

保身に走っていた。

まともに話を聞けなくて、

そもそも聞くべきではないと

判断しているのか

頭は冷静になることを拒んでいた。


彼方「気になるんだけど。誰?うちの知ってる人?」


詩柚「付き合ってる前提で話すんだねえ。」


彼方「じゃないと変じゃない?彼女いないなら、自分は正常に男性を愛す人だから勘違いされたくないってことになるけど。でもそれはあり得ないし。」


詩柚「…あり得ないって決めつけられても」


彼方「そこまで馬鹿じゃないし、思ってるよりも見る目はあると思ってる。」


詩柚「…。」


彼方「詩柚さ、男無理でしょ。」


図星を突かれたからか、

一瞬心臓に穴が空いたかと思うほど

息を吸うのを忘れ

呼吸を止めてしまった。

そりゃあわかるか。

わかるよね。

どれだけ話していなくたって、

隠していたって

長い時間一緒に過ごしていれば

いつかは知られてしまうことで。


詩柚「彼方ちゃんは…こういうところ歩くのは怖くないの。」


彼方「慣れてるし。」


詩柚「……やっぱり、そうだよねえ。」


彼方「知ってると思ってた。てかもうわかるでしょ。うちの身なりからこういうとこに行き慣れてる感じ。」


詩柚「…。」


彼方「中学の時から歌舞伎町に入り浸ってたの。良くも悪くも溜まり場だし、色々動くからね。人も金も。」


詩柚「何で…。」


彼方「決まってんじゃん。売るため。」


それが何を意味するかくらい

嫌でも、私でもわかる。

ほぼ確定だとしても

1%でいい、曖昧でいさせてほしかった。

彼女のTwitterを遡った場所に

答えがあろうと、

対面して話していること以外は

知らないままでいようと思っていた。

でも、こうして

私だけに

話されてしまったら。


どくどくと心臓が鳴る。

喉の脈が動いている。

頭の震えからわかる。

途端に私の手を握っている

彼方ちゃんの細い指すら、

気持ち悪いものに──。

けれど、私の方が。


詩柚「…っ!」


そう思った瞬間、

足に力を入れて踏ん張り

彼方ちゃんの手を振り解いていた。

手が近くを歩いていた人に

ぶつかりかける。

認識しているはずなのに

彼方ちゃんにしか目がしかなかった。

目を見開いて、

けれど不快や嫌悪を露わにするのではなく

ただ呆気に取られた顔をしていた。


彼方「詩柚」


詩柚「来ないで!」


彼方「…!」


詩柚「…それ以上近づかないで。」


彼方「うち、なんか悪いことした?」


詩柚「…っ。」


彼方「ねぇ。」


紅色のリップが艶やかに照らされる。

私に伸ばす手を叩いて

駅の方へと全速力で走った。


詩柚「は…はぁっ…はぁっ…!」


息が切れても。

喉の奥がこんこんとしても。

食べたものを吐きそうになっても。

それでも、夜の町を抜けて駅へと走る。


ようやく明るい光に

包まれたと思った時には、

既に改札を通り抜け

がらんとした駅のホームに辿り着き、

冷えた椅子に項垂れるように座った。


詩柚「はっ…はっ…。」


肩で息をしていると

血が突如回ったように

背中からぶわっと汗が吹き出した。

マフラーすら邪魔に思えて膝にかける。

すると、ありとあらゆる緊張から

振り解かれたためか、

急激な眠気に襲われた。


詩柚「……何で…。」


独り言が漏れる。

もういっぱいいっぱいだった。

彼方ちゃんの過去の話は

水1滴に過ぎない。

男性に腕を掴まれ、

訳もわからず話されて。


詩柚「………なんで…っ…。」


これが怖くて。

だからって何で

私はすぐ眠ってしまうんだろう。

他のストレス発散の方法はあったはずだ。

泣いたり、怒ったり。

それがうまくできなくて、

それよりも前に眠気が来る。


「まもなく電車が参ります」と

アナウンスが鳴った気がした。

けれど、起きていることができず

鞄とマフラーを抱いて

抗うようにゆっくり目を閉じた。





***





詩柚「…。」


数分だろうと眠れば多少落ち着くもので、

頭の中が整理されて

リセットされたような感覚になる。

ゆっくり瞼を開く。

手のひらが冷たい。

そうだ、外で眠っていたんだっけ。

そりゃ冷えるもんだ。

けれど、駅まで来たのは偉い。

道中で眠らなかっただけ…。


彼方「あ、起きた。」


詩柚「…っ!?」


彼方「そんな驚かなくても。」


隣から声が聞こえてきて振り向くと

当然のように彼方ちゃんが座っていた。

スマホは触っていなかったのか、

ブレザーに手を突っ込んでいる。

椅子から落ちそうになるも

深呼吸をして座り続けた。

電車は5分後に来るようだった。


彼方「夜中に1人、外で寝るのは危ないんじゃない?」


詩柚「…だから居てくれたの?」


彼方「って言ったら何かくれる?」


詩柚「……わかっ」


彼方「冗談。真面目に受け取んないで。」


詩柚「…。」


彼方「…。」


詩柚「…さっき。」


彼方「ん。」


詩柚「叩いて置いて行ったのに、何で…来てくれたの。」


彼方「ごめんって言おうと思って。」


詩柚「…え。」


彼方「だって嫌だったんでしょ?うちの基準多分ぶっ壊れてるから怖い要素ないでしょって思ってたけど、他人は違うもんだよね。」


詩柚「…私こそごめんなさい。」


彼方「こちらこそごめん。」


彼方ちゃんの元の口ぶりからして

まるで反省していないような

軽いもののように聞こえるが、

そもそも謝るイメージのない彼方ちゃんから

ごめんの言葉が出ることに驚いた。

冷静になってみれば、

私の方こそ傷つける行いをしている。

苦手も怖いも嫌いも

詰まっていたからといって、

全てを彼方ちゃんに投げかけるのは

間違っていた。


僅か静かな時間が訪れた後、

彼方ちゃんは浅く息を吸った。


彼方「なんか…わかった。」


詩柚「…。」


彼方「男が無理なんじゃない。汚い物が無理なんでしょ。」


自然を目を見開く。

そして聞かなかったふりをするように

眉間に皺を寄せて目を細めた。


彼方「詩柚の中の基準でどこからが汚いのか知らないけど、どの基準だとしてもうちは確実にその方に落ちてる。」


詩柚「……うん。」


彼方「でも、どれも目的があってやった。無闇に金を巻き上げたり不幸にさせたくて行動したりしたわけじゃない。言い訳にしか聞こえないだろうけど、それは分かって欲しい。」


詩柚「分かってても…分かってても、なんだよ。」


彼方「汚いって分かったら、うちも無理?」


詩柚「……っ…。」


彼方「うちより汚いやつなんて無数にいるよ。」


詩柚「……知ってる…。」


彼方「じゃあこういうのはどう?今後も悪いやつから詩柚を守るって約束するの。今日みたいに。」


汚かろうと、今の自分にできる

最大限の綺麗な善行だ。

そう言っているようにも聞こえた。


彼方ちゃんは椅子から立つと

私の膝の上に置いてあったマフラーを取り、

優しく私の首に巻いた。





°°°°°





湊「手ぶるぶるだよ、寒いんでしょ!手袋貸してあげる!」


詩柚「でも、湊ちゃんが寒くなっちゃうでしょお?」


湊「マフラーに埋めるの、こう!」


詩柚「…あはは、危ないよぉ。」





°°°°°





あの冬の日の湊ちゃんのように

マフラーに顔を埋めた。

彼方ちゃんの顔は見えなかった。

しと、とまた

雨の降り出す音がする。


彼方「詩柚が汚れたくないなら、守ってあげるよ。」


詩柚「…!」


雨に紛れるように

彼女の細い声が降った。

顔を上げる。

マフラーから口元が出て

外の空気にさらされる。

息が白い。

鋭い蛇のような彼女の動向が、

今だけは脅威から子を守るような

優しいものに見えた。


多分、そう言って欲しかった。

ずっと。

ずっと。

湊ちゃんに支えられて、

けれど守るために人生を消費して

心の中は1人で生きて。

自分ばかり頑張っていると

どこか心の隅で

思っていたのだと思う。

労って欲しかった。

それが叶わないならどうか

僅かな時間でいいから

何事からも守られる環境にいたかった。

誰かから守られたかったんだって

この時漸く思い知った。


その言葉を、

7年前に言って欲しかった。


詩柚「……遅いよお。」


彼方「ごめんって。」


今度は明らかに軽いごめんだった。

また顔をマフラーに埋める。

椅子から立った。

顔を埋めていても

彼女の顔が見えるように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る