雨よけ

詩柚「なんだったんだろう…。」


鳥居の夢を見て数分後目覚めた。

つけっぱなしの電気が眩しい。

辺りを見回しても

自分の家でしかない。

夢は眠りが浅い時に見ると言われるが、

これまでさほど夢を見てこなかった。

それなのに今日、どうして。


もしも次眠った時。

次どころか眠るたびに

あの鳥居の夢に辿り着いたら。

夢を見るごとに上へ上へと

登っていくのだろう。

1番上には何があるのだろう。

たかが夢でしかないのに、

どうしてこんなに

期待してしまうのか

自分でも不思議だった。


眠りのことは諦めていたのに、

それが治るかもしれないと

ありもしない希望を

ちらつかせられたからか。


詩柚「…。」


今度は深く眠れるようにと

電気を消して回り、

布団の中へと潜り込む。

背を丸め、家の中を歩く間に

一瞬にして冷えた足先を

手で優しく包む。

今度は指先が冷えていく。

足先は微塵も暖かくならなくて、

手足の先ともに冷えただけだった。





***





詩柚「…?」


冷たい。

土の匂いがする。

自然の空気感、風が髪で遊ぶ。

もしかして。

普段の自分からは想像がつかないほど

早く目が開いた。

間違いない。

鳥居の赤が目の前に広がっている。


詩柚「…こんなすぐに戻ってくるものなのかなあ。」


睡眠と睡眠の間、起きていた時間は

たった数分なのだし

続けて同じ夢を見るのは

決してあり得ないことではない。

布団に移動していた間は

寝ぼけていただけなのだ。


改めて辺りを見回すと、

後方は真っ赤な鳥居の続く1本道、

前方は道が二手に分かれていた。

その先に何があるのか

覗こうと思っても、

階段とそれを囲うようにして

鳥居が続いている風景しか見えない。

そして分かれ道の手前には

それぞれ看板が設置されていた。


方や『自分の鞄が飲料で濡れる』。

もう方や『渡邊彼方の鞄が飲料で濡れる』と

記載されている。

その下には『選択する勇気を』と

綴られていた。


詩柚「…?」


どちらかを選べと

いうことなのだろう。

選択しなければどうなのだろうと

不意に疑問が浮かぶ。

その場合は私の意思に関係なく

ランダムで選択されるのだろうか。

どちらが正解というわけでもないのか、

それ以外目立った記載はない。


相変わらず裸足で、

階段を下ろうとしても

数段で透明な壁に当たる。

前に進むことしかできないらしい。


自分か、渡邊さんか。

飲料で濡れるとしか書かれていないが

一体どんな因果があって?

小さく首を傾げると

体重が左足に傾いた。

自分が悪いのか他人が悪いのかによって

話は変わってくるし、

ジュースと水やお茶ではまた違う。

どの範囲で、とも書かれていない。

ただ広く表現して

このことが起こると言いたいらしい。


詩柚「…そもそも本当に起こるのかだよねえ。」


私が選んでもし実際に

このことが起こってしまうのだとしたら、

わざわざ渡邊さんになすりつけて

確認するのは気が引ける。

自分の目で確認すればいい。

それを2度か3度繰り返せば、

この選択と現実世界に及ぼす影響の

繋がりについて確信も持てるはず。


詩柚「それなら…自分かなあ。」


自分の鞄が飲料で濡れると

書かれた看板の先へと進む。

時々後ろを振り返っても

フィクションのように

道が崩れ迫ってくることもなければ

看板や鳥居がなくなった

なんてこともない。

ひたり、ひたりと足裏に

すべすべの冷えた石が張り付いては剥がれる。

それを繰り返す。

空は水色と桃色の狭間、

溶け合っている最中のような夢色で、

一番星のような光が

木々の隙間から木漏れ日と共に落ちる。


詩柚「…。」


深く息を吸った。

空気のいい場所だった。

人生の半分以上を過ごした

田舎の空気を思い出しては、

段々とまた意識が遠のいていく。

転ばないよう、途中の段でしゃがみ込むと

その途端意識はぷつりと途切れてしまった。





***





詩柚「…っていうことがあったの。」


湊「ほへー、変な夢。なんとなーくやーねえ。」


夢のせいか今日も早く起きてしまったので

学校に早く来て湊ちゃんが

部活している姿を眺めていた。

体育館の2階から見ていると、

湊ちゃんは当然というように私に気づいて

休憩時間こうして2人の時間をとってくれる。


自販機でスポーツドリンクを買い、

豪快に飲んだ湊ちゃんを横目に

夢の映像を反芻していた。

真っ赤な鳥居に木製の看板、

綴られた訳のわからない選択肢。


詩柚「どう思う?」


湊「うーん、どうってそれまた難しいことをー。今はなんとも言えないかな。」


詩柚「だよねえ。」


湊「正夢になった?」


詩柚「ううん。自分でこぼすものはないようにお茶持ってこなかったんだ。」


湊「ありゃ、喉乾いたでしょ。ちびっと飲む?」


詩柚「いいの?」


湊「もち!」


はい!とキャップを外したままの

ペットボトルを渡してくれる。

ちょっと気が引けるけれど、

湊ちゃんは何も気にしていないようで

飲まないの、と言うように

首を数度こてんと倒した。


口に含むと、スポーツドリンク特有の

妙な甘さとしょっぱさが

下の上を転がった。

運動をしない私にとっては

ちょっと苦手な味だった。


詩柚「ありがとう。」


湊「んーや!全然。その夢、正夢になんなきゃいいね。鞄から荷物全部出しとかなきゃ!」


詩柚「念には念を、かなあ。」


湊「そーそー!でも、逆に言えば他の人からかけられるしかあり得なくなっちゃったわけだけど…。」


詩柚「確かに。じゃあ授業中は湊ちゃんのところに鞄を置いて」


湊「ちょいちょい、部活で飲み物落とすとかたまにある話よん!?」


詩柚「それがどうかしたの?」


湊「事故が多そうな場所に置くこたあないよってこと!」


詩柚「そっかあ。」


もし湊ちゃんのところに

鞄を置けたのなら、

私が授業と授業の間の休み時間に

会うことができたり、

あわよくば一緒に帰れたり

するかもしれないと思っていたけれど、

湊ちゃんはどこまでも私のことを

真剣に心配しているようで、

即刻拒否されてしまった。


湊「…あんま考えたくはないんだけどさ。」


詩柚「ん?」


湊「定時制の人から嫌がらせ受けてたりする…?」


詩柚「それは大丈夫、ないよお。」


湊「よかったー!んじゃ、仲良くしてるんだ!」


詩柚「それもしてないけど。」


湊「そなの?」


詩柚「私はすぐ寝ちゃうし、そもそもあんまり他の人ってどうでもいいから。」


湊「そうかもしれないけどもー。」


詩柚「それに時間縫って勉強してる人多いから、なんか邪魔しちゃよくないし。」


後者は完全に言い訳だ。

人と関わりたくないわけではない。

しかし、信用ならない人間と

関わる必要はないと思う。

関わって何になる。

意味はあるのか。

それを考え始めてしまっては

話すことも億劫で、

眠っている方が事故を防ぐと言う

意味合いでよっぽど有意義に思えた。

だから眠って、授業を受けて、また眠る。


湊ちゃんにペットボトルを返すと

少し寂しそうに目を細めた。


湊「それでも、うち的には他の人とも話して欲しいなーって思ったりもするよ。」


詩柚「どうして湊ちゃんがそう思うの。」


湊「うちだけじゃいつか寂しくなっちゃうよ。」


詩柚「そんなことない。」


思わず声が力む。

湊ちゃんも少し驚いたようで

目を丸くしていたけど、

すぐに優しく眉を下げた。


湊「まあ、そうだなぁ…学校でこういう話するのもなんだけど…ゆうちゃんがうちじゃない他の人にも頼れる環境があればなって思う時があるんだ。」


詩柚「…勉強のこととかなら、別に先生に」


湊「ゆうちゃん。」


詩柚「……もー、冗談だよお。」


湊「うちらもなんだかんだ言ってあっちゅーまに大人になっちまうからさーん。」


詩柚「だねえ。」


湊「まずおはよーだけでもいーかんさ!友達100人作っちゃおー!」


湊ちゃんそう言って元気を出すと、

部活が再開するからと

走ってスポーツドリンクを泡立てて

去ってしまった。

片手だけ胸前であげるも

彼女は振り返ることなく姿を消した。

手をゆっくりと下ろす。

秋の風が揶揄うように

窓の隙間から吹いた。


詩柚「……そうだよねえ。」


湊ちゃんが言いたいのは

私の生活のこと。

そしてきっと、

私たちの関係のことだということくらい

容易に想像できていた。

これまで何度も同じようなことを

口に出そうとしていたけど、

今日の今日まで抑えてくれたのだろう。

まずは挨拶だけでいいから。

湊ちゃん以外に友達を作って、

その人と過ごす時間を増やして。

…けれど、その願いは少なくとも

あと数ヶ月は聞きたくなかった。

本人が直接そう言ったわけではないのに

私の中ではどんどんと

湊ちゃんが離れて小さくなる背中が

ありありと浮かんできた。


詩柚「……ふぁ…ぁ…。」


あくびをひとつ漏らす。

授業前に1度眠らなければ

きっと体がもたないな。

先に教室に入り、

自分の席についてから

机に伏せて視界を真っ暗にした。





***





本日全ての授業が終わり、

帰宅時に眠らないよう

仮眠をとっている時だった。


がらん、がこん、という

何かが落ちたり

引きずられたりするような大きな音。

そして人々がわっと

焦った声を出していて、

次の瞬間とんとん、と肩を叩かれた。


まだ睡眠時間は足りなかったようで

瞼がずっしりと重い。

もう少し眠ろうとするも

再度肩を叩かれ、

起きるしかなくなってしまった。


詩柚「………はい…。」


眉間に皺を寄せ、

徐々に光に慣らして瞼を開くと、

そこにはあまり見覚えのない男性が

横で立っているのが見えた。


「すみません、あの、飲み物をこぼしちゃって…羽元さんの鞄にかかっちゃったみたいで。」


詩柚「……え…あぁ…。」


頭がすっきりしない中

椅子の横に置いていた鞄に目をやる。

すると、結構盛大にこぼしたらしく、

鞄には大きなシミが出来ており、

その男性の友人らしい人と先生が

慌てて鞄と一面の床を拭いていた。

謝罪してくれた男性の片手にも

ハンカチが握られており、

咄嗟に拭いていてくれたのだろうことはわかる。


「本当にすみません。」


詩柚「い、いえ。そんな…大丈夫です…。」


急な出来事に頭が真っ白になる。

男性であると言うだけで

距離を取りたいものだが、

頭を下げてくるもので

香ったことのない香水の匂いが

微かに鼻を擽った。

近い。

どうすれば。

そうして硬直している間に

大人たちの手際はよく、

すぐに片付けは終わって

それぞれ手を洗いに行ったり

帰ったりし始めていく。


急いでその席を立つ。

拭いてくれてありがとうも言えず、

まだ湿り気の残る鞄を肩にかける。

お茶の匂いがした。

こぼされたのはジュースではなかったようで

少し安心したなんて他のことを考えている。


「待ってください。」


ぱっ、と手首が握られる。

手首に握力の圧が

緩やかにかかる。

ぎょっとして体に力が入った。


正夢だったな。

こぼされたの。

鞄は濡れたけど、

悪意からじゃなくて。

みんな、いい人。

だから別にそんな

避ける必要だって──。


「あのー。」


詩柚「…!?」


鼻にかかった女の子らしい声。

次に彼女の姿を捉えた。

どうしているのかと

問う声が出なかった。


薄い氷のように割れたスマホの画面を

傾けて時間を表示してくれた。

下校するにはいつもより少しだけ遅い。

けれど。


彼方「まだ待たせんの?」


けれど、渡邊さんがいるには

遅すぎる時間のはず。

不思議ではあったのだけれど、

見覚えのある人の顔を見たら安心してしまい、

掴まれていた手首を振り払って

彼女の元に寄った。


詩柚「渡邊さん!」


彼方「え、何。」


詩柚「待たせてごめん、帰ろう。」


彼方「修羅場?」


詩柚「ううん、違う。」


「僕が羽元さんの鞄に飲み物をこぼしちゃって、それで申し訳ないなと謝ってたところでして。」


彼方「びっくりしただけ?」


詩柚「そう。」


彼方「だそうで。」


「僕が悪かったんで…お茶の匂いも残るし、もしよければ僕が洗って返します。」


え、と声が出そうなところだったが

すかさず渡邊さんが

普段の声のトーンで声を飛ばす。


彼方「鞄なしで帰るのとか無理ですから。どうしてもっていうなら後でクリーニング代払うくらいにしといてもらえます?」


「そっすよね…はい、すみません。」


彼方「いこ。」


渡邊さんに目線も含めてそう言われる。

改めて男性をちらと見ると、

パーカーを身につけていて

より肩幅があるように見えたけれど、

マスクの輪郭からして痩せ型なのだろう。

社会人らしくはないが

目にかからない程度の前髪の長さだった。

どの席に座っている人がすらも

わからないほどに

私は定時制の人たちに興味がなかったらしい。

明日以降出会ったら

今日の態度を謝った方がいいのかな。


そんな迷いを持ちながら

男性を置いて渡邊さんについていく。

靴箱を通り、登下校の道に

2人並んで漸く声が出た。


詩柚「な、なんで渡邊さんがいるの…?」


彼方「今日も補習。くそだる。」


詩柚「でも補習は6時くらいで終わるんじゃ…。」


彼方「待ってた。暇だったし。」


詩柚「なんで。」


彼方「今言ったじゃん。暇だしって。」


詩柚「そうだけど…。」


彼方「気まぐれ。」


詩柚「そう…なんだ。」


彼方「…。」


詩柚「ありがと。」


彼方「んー。」


渡邊さんは適当に

スマホを見ながらそう返事をした。

適当だけれど言うべきことは

しっかり言う人なのかと

先ほどの発言を思い返す。


それから常に話すわけではなかったが

時折授業がどうだ、

休めないから面倒だの

学校に通ずる話をしていた。

思えば私と渡邊さんの共通点はそこしかない。

渡邊さんもそれをわかって

その話しかしてこないのだろう。

やがて短い相槌も話題も絶え、

足音だけが響いた。


彼方「なんかないの。」


詩柚「最近?」


彼方「そ。うち話題振り結構頑張ったけど。」


詩柚「うーん…最近ねえ。」


彼方「お茶こぼされたの他に。」


詩柚「…湊ちゃんと話したくらい。」


彼方「他。」


詩柚「寝て起きて…ご飯食べて…寝て…?」


彼方「何もなかったんだ。」


詩柚「毎日そんなだよお。」


彼方「うちが不登校だった時みたいな生活してんじゃん。」


詩柚「不登校だったんだ?」


彼方「中学の時特にね。高校に入ってからはたまに休んでたけど、でも確か大体行ってた。」


詩柚「へえ。」


彼方「もう高田の話でいいや。何話してたの。」


詩柚「夢見た話と…定時制の人と話してみたらって言われた話。」


彼方「そんな人と話さない?まあ今日の様子見てればあからさま挙動不審って感じだったけど。」


詩柚「全然だねえ。ずっと寝てるから。」


彼方「あー。」


詩柚「渡邊さんこそそんなに人と話す感じはしないけどお。」


彼方「うっわ、結構いらっとくんね。」


詩柚「そう?」


彼方「そー。うちは教室の人とたまにくらい。あとは杏。」


詩柚「この前も話してたもんね。」


彼方「懐かれたっぽい。」


詩柚「いいねえ。」


彼方「別にどっちでもいいやって思えるようになったの最近だし微妙。」


詩柚「ほお。」


誰にも彼にも好かれれば

いいと言うわけではないらしい。

渡邊さん自身人付き合いを

億劫に思っていそうだと思う場面もあれば

反対に人と接していなければ

いけなさそうと偏見ながら思う時もある。

性分としては私と似ていると思う。

けれど、渡邊さんは最近

何か雰囲気が変わってしまって

彼女のことがわからなくなっていた。


僅かな話の隙間をもって、

街灯の下を通り過ぎる。


彼方「後は?定時制の人と話してー、で終わり?」


詩柚「大体はねえ。」


彼方「高田は友達多い方がいいみたいな考えしてそうだしなんかわかる。音声まで聞こえてきそう。」


詩柚「そういうわけじゃないと思うよ。自分の考えを強制するような子じゃないから。」


彼方「あーね。目的ありなんだ。」


詩柚「湊ちゃんは、私が湊ちゃんじゃない人にも頼れるようになって欲しいんだって。」


彼方「あっそ。」


詩柚「それで定時制の人たちに話しかけてみてって言ってくれたんだよ。」


彼方「高田の印象の誤解を解くためならちゃんと自分から話してくれんだ?」


詩柚「間違ったまま伝わるのはねえ。」


彼方「自分のことは話さないくせに。」


詩柚「話せることがないんだよお。」


彼方「ふうん。」


「他の人を頼る、ねぇ」と

渡邊さんはスマホの画面を漸く消した。

近くの家の光と街灯が

スマホの代わりに彼女の横顔を照らす。

かつん。

コンクリートの音すらも冷たく感じた。


彼方「それさ。」


詩柚「うん。」


彼方「うちでよくない?」


詩柚「……うん?」


聞き間違いかと思い

渡邊さんの顔を見る。

不意に目が合う。

嘘…でも、聞き間違いでもないらしい。

どう言った発想で

そうなるのだろう?


彼方「要するに高田以外の依存先があればいいんでしょ。」


詩柚「え、まあ…そうだねえ。」


彼方「うちも欲しいと思ってたし、ぎり知らない仲じゃないしちょうどいいじゃん。」


詩柚「そんな感じで決めていいの?」


彼方「一応利害の一致じゃない?」


詩柚「そうだけど…なんか怪しいよお。」


彼方「金も裏の目的とかも何もないって。依存先が欲しいってだけ。理由もなく甘えても許される場所が欲しい。」


理由もなく甘えて。

それでも許される。

何故かその言葉に引っ掛かるけれど、

渡邊さんの頭の中では

もう決定にまで近い話らしい。


彼方「それはそっちもじゃない?」


詩柚「私は」


彼方「高田がいるからいいって?」


詩柚「うん。」


彼方「じゃあ今日の教室でのこと、高田に話す?」


詩柚「…?いや…?だってどうでもいいことだし…。」


彼方「うちからしたらあんまそう見えなかったんだけど。」


詩柚「…。」


彼方「どうせ遠慮か何かしてて変な距離感になってんでしょ。」


詩柚「そんなことないよお。」


彼方「本当に?」


詩柚「しつこいよ。」


彼方「とにかく、互いにとって悪い話じゃない。そう思わない?」


詩柚「…。」


図星だった。

最近湊ちゃんから

距離を取られているように感じて、

余計自分のことは話さなくなった。

話さなくてもいいかと

思ってしまって。

私の話が湊ちゃんを苦しめるとは

思っていないけれど、

私が近くにいることで

彼女を縛っている気はしている。

けれど、そうしなければならない理由もある。

結果、形にならない苦味が

ずっとそこにあり続けている。


渡邊さんを見上げる。

街灯の真下、影になって

目が真っ暗に見えた。





°°°°°





湊「それでも、うち的には他の人とも話して欲しいなーって思ったりもするよ。」


詩柚「どうして湊ちゃんがそう思うの。」


湊「うちだけじゃいつか寂しくなっちゃうよ。」


詩柚「そんなことない。」


湊「まあ、そうだなぁ…学校でこういう話するのもなんだけど…ゆうちゃんがうちじゃない他の人にも頼れる環境があればなって思う時があるんだ。」





°°°°°





湊ちゃんの比重を少しだけ軽くする。

それでもいいかな、なんて

思ってしまうのだ。


詩柚「……わかった。」


彼方「ん。じゃよろしく。詩柚。」


彼方ちゃん、と言えず

その隣を静かに歩いた。

1歩。

正常に歪んでないことを

確認した気持ちになった。

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