第5話 こんなチュートリアルでいいのか? 2


「なんでヒナがここにいるんだよ!?」

「どうしてあきのん先輩が【OSO】をやってるんです!?」


 同時に言ってハァハァと息を切らす俺と日菜子……いやマツコ。

 このシンクロ率。

 もしかして俺たちは似た者同士なんだろうか。

 勘弁してほしい。

 俺はこいつほどゲーム狂じゃないんだ。


 まぁ、ここは男の俺が先に答えるべきか。

 フェミニストを気取るわけではないが、一応先輩なんでね。


「あー、俺のほうは、だな。未だに自分でも信じられないんだが、なーんも応募した記憶がないのにいきなり【オーディンズスピア・オンライン】が送られてきたんだよ」

「はぁー、そんなこともあるんですねぇ……あれ? そもそも【OSO】はβテスターの公募ってしてましたっけ?」

「いや、全く見たことも聞いたこともない。探しても探してもゲームの情報すら出てこないし、【OSO】そのものが都市伝説かもしれないと思いかけてたくらいだぞ。だから余計に不思議なんだよなぁ。んで、お前は?」

「えーと……ちょっとしたパパのコネで……テヘッ」


 テヘッじゃねぇよ。

 金持ち娘め。

 俺がどれだけ八方手を尽くしたと思ってんだ。

 それをあっさりと入手しやがって。

 うらやまけしからん!


「あぁ! お前、しばらくゲイム部に出られないってのは、まさかこれのせいか!?」

「さては、あきのん先輩が忙しいって言ってたのはこれのせいですね!?」


 またもや同時発言で息を切らせる。

 なんでこんな時だけ息ピッタリなんだ。

 普段は全く合わない癖に……


「っていうかですね、私の名前は『マツコ』ですよ『マツコ』! リアルネームで呼ぶのはやめてください!」

「俺だって『アキ』だよ。だけどお前さ、その名前全然意味ないんじゃね? 男除けとかいってたよな? 見た目とか声とか思い切りお前のままじゃん。髪の色はかなり羨ましいけど」


 俺はなんとなくヒナのピンクツインテに触れた。

 さらさらとした髪の一本一本までもが感じられ、本当にここはVR世界なのだろうかと疑ってしまう。


「へへーん! いいでしょうー? 顔とかは変えられなかったんですけど、髪の色は変更できたんですよねー」

「なにそれズルい! 俺はなんにもできなかったぞ!?」


 可愛いからか!?

 こいつが可愛いからなのか!?


 それともまさか金持ちのプレイヤーだけ優遇しているとか!?

 運営さん! 贔屓はいけないと思います!


「そう言えばあきのん先輩は髪型以外リアルのまんまの見た目ですねぇ」

「ほっといてくれよマツコさん!」

「うわっ、あきのん先輩にそう呼ばれるのって、すっごい違和感……」

「じゃあお前もアキって呼べよ。それならおあいこだろ?」

「やーですっ。うーん、でも確かに【OSO】のシステムだと、強制的にほぼ本人の見た目になっちゃいますもんね。偽名の意味なかったかなぁ。よしっ、変更しちゃえっ!」

「嘘ォ!? んなことできるの!?」


 俺もウィンドウを展開し、血眼で探す。

 だが、どこにもそんな項目はない。

 名前の欄を連打しまくったが無反応。


「はいっ、設定完了ー! 私は今から『マツコ』改め『ヒナ』でーっす!」

「うぉぉぉぉ……なんで俺はできないんだぁぁ……」


 がっくりと膝から崩れ落ちる。

 親父とお袋には悪いが、こんなに優遇されるなら俺も金持ちの家に生まれたかったよ……


「ま、いいじゃないですか、これからは『アキきゅん』って呼んであげますから」

「絶対やめて!? ってか逆に呼びにくくなってない!?」


 往々にして『きゅん』が似合うのはショタと相場が決まってる。

 それも超美少年のな!

 ヒナめ、嫌がらせにしてもなかなかタチの悪いことを思いつくヤツだ。



「あのー……そろそろチュートリアルを進めてもいいですかー? わたしもそれほど暇じゃないんですよねー」


 マスコットAIのラビがしびれを切らせたようにぬいぐるみにしか見えない足で床をトントンしていた。

 無表情なくせに感情は実に豊かだ。


「あれ? ヒナのほうのラビは?」

「いつの間にかいなくなっちゃいましたね。死んじゃったのかな?」

「NPCが死ぬわけないだろう……」


「アキさんとヒナさんのチュートリアル進行度は全く一緒ですから、『ラビ』はわたし一人で充分でしょー? それとも別々にやりますー?」

「まぁ、そりゃそうか。一緒でいいよな?」

「異議なーし」

「そういやヒナ、どうだった? 戦闘の感想は」

「面白いけど思ったよりも疲れますよね。でもやり込み甲斐はありそうです」

「おっ、さすがゲーム狂。俺と同意見か」

「ゲーム狂っていうなー!」

「むがーーーーー! イチャイチャすんなーーーー!」


 おわっ。

 ラビがキレた。

 すまんすまん。

 って、イチャイチャじゃねぇし!



 それから俺とヒナはラビから色々と教わった。

 クエストの受注方法やミニマップの見かた、こまごまとしたシステム関連や注意事項。

 ネットにおけるエチケットやマナー、いわゆる『ネチケット』の項目をやたらと長々喋るラビ。


 特にハラスメント行為にはネチネチと嫌味ったらしく説明された。

 ラビはどうやらメスっぽいので、男には余計に厳しいようだ。

 もしハラスメント行為が易々とできるようなチャラ男だったら、俺にはとっくに彼女がいそうなものだけどな。


「大丈夫ですよラビ! アキきゅんにそんな度胸や甲斐性はありませんから! ねっ?」


 『ねっ?』じゃねぇよ。

 全く同意できんわ。

 ヒナはこれでも慰めてるつもりか?

 なんの救いにもなってないぞ。

 むしろ気落ちしたわ。

 でも反論はできないから黙っておくけど。


 部屋を移動し、腕組みしたガチムチのドワーフみたいなおっさんから戦闘の心構えやコツ、スキルの使いどころやモンスターの弱点の見極めが大事であることなどを教わった。

 説明時間がやたらと長いことからも、この【オーディンズスピア・オンライン】が戦闘に重きを置いていることが窺い知れる。


 運営チームはよくわかってらっしゃるよな。

 戦闘こそがゲームの華だ。

 これがつまらないといくらストーリーが良くても退屈になる。

 あれ?

 前にも言ったなこれ。


 どうやらヒナも同じ意見らしく、おっさんドワーフと同じように腕組みしながら頷いている。

 

「うーん、骨太な感じがゲーマーとしてはそそりますね」

「全くだ。楽しみで仕方ねぇや」

「もしや夏休みは全力ですか?」

「あたぼうよ。寝る暇なんかねぇってんだ」

「あははは、なんで江戸っ子口調なんですかー! でもわかりました。私も負けませんからね」

「俺もさ、廃プレイを見せてやらぁ」


「はいダメーーーー! 休憩や食事はきちんととること! それとイチャイチャもダメーーーー!!」

「お、おう」

「はーい……」


 またもラビに叱られ首をすくめる俺たちだった。


 その後も実に様々な説明が続いたのだが、長すぎるので割愛する。


 主にはパーティーの組みかたや編成、ジョブチェンジシステムやスキル関連、それと装備関連、ショップ関連、クエスト関連、そしてその他だ。

 それを何度も何度も部屋を変えて、いちいちNPCが説明していく。


 ここにこそスキップ機能を付けるべきじゃなかったのか。

 しかも結構な頻度で説明被りが発生するのは、β版だから?

 もうちょっと手短になるような調整をしてくれよ。


 全てを聞き終えた時、俺とヒナは既に、ぐんにょりと疲れ切っていた。

 この場で寝転がりたいくらいに。

 なんだか三日分くらいの授業を受けた気分である。


「これはある意味拷問だ……」

「私、まだ耳の中に説明が聞こえてる気がします……」

「まだ小野田の授業を聞いてるほうがマシなレベルだぞ……」

「あっははは、小野田先生が怒りますよ」


 小野田教諭は古文担当なのだが、口調が平安時代の貴族のようにやたらと間延びしている。

 あれがもう、腹一杯な昼食後の授業で炸裂した日には、生徒の睡眠率が驚異の90%台を叩きだすほどなのだ。

 我々生徒はそれを『催眠兵器ヒュプノウェポン』と呼んでいる。

 って、これこそどうでもいい話だな。 


 そんな風にぐったりした俺たちへ、ラビが無情にもこう告げた。


「アキさん、ヒナさん、これまでの情報は全てヘルプの中にあるので、忘れたら読んでくださいねー」

「はぁ!? だったらこの説明全部いらなかったろ!?」

「うぅっ、貴重なプレイ時間を無駄にした気がします……」


 くそ、ツッコんだら余計疲れた。

 俺はどんなゲームでも、詰まってから説明書を読むタイプだってのに……


「ではでは、これにてチュートリアルは全てクリアとなりました! まず、ジョブチェンジ、いわゆる転職を目指してくださいねー! 初心者ノービスのままでは強いモンスターに歯が立ちませんから! 転移先から少し歩けばすぐに最初の街『ファトス』がありますよ! 転職もクエストもそこでできますからねー!」


 ラビが最後となる口上を述べている。

 これで見納めになるのかと思うと、この小憎らしい兎型AIもどことなく憎めなくなってきた。


「ありがとなラビ」

「ラビ、またね!」

「アキさん、ヒナさん、ご健闘を祈ってますよー! この広大な【オーディンズスピア・オンライン】を存分に楽しんでください! ポータル展開! それでは、大冒険の旅へいってらっしゃいませー!」


 俺とヒナは見送るラビに手を振って転移した。

 ラビも名残惜しそうに俺たちへ手を振り返している。


 暗転し、視界が戻った時、俺とヒナは森の中に立っていた。


「いよいよですね」

「ああ。思い切りやってやろうぜ」

「勿論ですよ。既存のプレイヤーなんか蹴散らしましょう」

「こら、PKは恨みを買うからやめとけって言われたろ」

「そうでした」

「俺らもレベル低いからどうせ返り討ちにされるだろうしなぁ」

「早く強くなりたーい」

「妖怪人間みたいに言うなよ……あ、そうだ。なぁヒナ」

「なんですアキきゅん?」

「……どうしてもその呼びかたで通す気か? ……まぁいい、二人でパーティーを組んだほうがいいんじゃないかなと思ってな 公平経験値システムってのがあるみたいだから」

「あ、いいですね! どちらが攻撃しても経験値が均等に分配されるって話ですもんね」

「んじゃ、俺が作るわ……よーしオッケー、パーティー作成完了っと。ヒナ、こっちの世界でもよろしくな」

「こちらこそどうぞよろしくです、アキきゅん!」


 こうして俺たちは最初の街ファトスを目指して冒険の第一歩を踏み出した。


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