第4話 【ゲイム部】部長現る!


「おーい! あきのんせんぱーい! 部室に寄って行かないんですかーっ!?」


 下校途中の俺を大声で呼ばわる者がいた。

 しかもすぐ後ろ、まるで背後霊の立ち位置でだ。

 だもんでやたらと耳が痛い。


 わざわざ振り返って見ることもなく声の主がわかる。


 俺を『あきのん』などとふざけたあだ名で呼ぶヤツは一人しかいない。

 なぜなら俺が自分の名『秋乃』にコンプレックスを抱いていることは周知の事実だからだ。


 だが、こいつだけは何度言ってもあだ名を改めない肝の太さを持っていた。


「あれれっ? 無視ですかー!? 部長さんであるこの日菜子ちゃんが声をかけてるんですけどー!」

「…………」

「……いいでしょう。そっちがその気なら…………キャーッ! 下着泥棒ー!」

「やめんかこのアホヒナ!」

「もごもがもご」


 空手で覚えた体捌きを駆使し、彼女の背後に回った俺はすかさず口を塞いでやった。

 人を犯罪者に仕立て上げようとは、とんでもない女だ。


 この松宮マツノミヤ日菜子ヒナコは俺の後輩。

 パッチリおめめに長い黒髪をリボンでツインテールにし、ちょっと子供っぽいところもあるがとても美少女だ。

 俺の学年でもこいつの人気は相当高い。


 だが、そんな美少女にも弱点はちゃんとあるもので、こんな見た目なのに『狂』が付くほどの廃ゲーマーと言う残念ぶりだ。


 しかも、こいつ自身が入学直後に立ち上げた『ゲイム部』なる部活の部長さんだったりする。

 俺が部活名に釣られて思わず入部したのも無理はなかろう。

 まさか本当にただゲームをするだけの部とは考えてもみなかったが、俺にしてみれば素晴らしい部活だ。


 ま、ここんところ全く顔を出してなかったからな。

 様子を見にきてくれたんだろ。

 でも、今の俺に既存のゲームなんてねぇ……フッ、子供の遊びさ。


「ぷはっ、聞いてくださいってば! なんとですよ!? 新しい筐体きょうたいとゲームを仕入れたんです!」

「ほぉー、そりゃいいね」


 さすが金持ち。

 理事長の娘。

 たかが学校の部活にアーケードの筐体を仕入れちまうとはなんと言う無駄遣いだ。

 更にはそれだけにとどまらず、最新のゲーミングPCやゲーミングチェア、古くはファミコン、果ては最新機種たるプレ〇テ9まで揃っている始末。

 こいつの親は頭の中がお花畑なのだろうか?


 それでも俺にとってはある種の天国と言える。

 惜しむらくは今でなければ、だがね。

 数日前の俺なら大喜びだったろうに。


「あれあれ? いつもみたいに『うわーい! 新作だぜヒャッホー! 日菜子さまサイコー!』とか言わないんですか?」

「言うかっ! そもそも、んなこと一度だって言った覚えねぇし!」

「えー! つまんなーい! むしろ言ってくださいよー! たまには私を褒め讃えてくれてもいいじゃないですかー!」


 と、ブーたれる日菜子。

 こんなのが学校一モテることに俺は訝しさを禁じ得ない。


 なんせみんなの憧れのお嬢さまであるのに、ゲームの邪魔だからと一切彼氏は作らないとまで公言するストイックさだ。

 それでも自称ゲーマーたちは絶えず日菜子に告るものの、全員まとめてジョルトカウンターを喰らって玉砕済みなんだとよ。


 その話の全てをこいつから聞いたがゆえに訝しい。

 嘘か真かわかったもんじゃない。

 一応、マジで可愛いことだけは心で秘かに認めてやってるが。


 そんなわけで『ゲイム部』は部長の日菜子と下っ端部員たる俺のたった二人。

 普通の男どもはそんな硬派極まる日菜子の噂を聞きつけたのか、委縮しちゃって入部希望すらない。

 もちろん女子は言わずもがな、だ。


 俺は日菜子自身よりも、こいつの持つ豊富なゲームにしか興味はないのだが、なんでか妙に懐かれて互いをあだ名で呼ぶくらいには親しくなり今日に至っていた。


 ……ごめん。

 興味がないってのは言い過ぎたな。

 まぁ、なんだ、その、うん……か、可愛いし?

 一応興味もなくはないんだけど、こいつが俺なんかを歯牙にかけるはずもないからな。

 かなりのイケメンで通ってる野郎すら、木っ端微塵にフラれてたくらいだもの。

 こいつのほうもたぶん、俺のことはコントローラーのAボタンくらいにしか思ってないよ、うん。


「で、どうです? 一発プレイしていきません?」

「一発て…………ゴホン。いや、すまんなヒナ。僕は勉学に忙しいんだ。だからこれで失礼するよ」

「僕ゥ!? あきのん先輩が言うとキモすぎません?」

「失敬な!」

「急に勉学とか言い出しちゃうの、な~んか怪しくないですかぁ~?」

「ギクッ」


 すっごいジト目で俺の心を見透かそうとする日菜子。

 年頃の健康な男子としてはあんまりそばに寄られるといい匂いがしたりして困ってしまうではないか。


「さては彼女ができたんですね!?」

「ブッ! ……お前なぁ、その言葉がどれだけ俺を傷つけるかわかってるか……?」

「なーんだ、違うんですか。よかっ……じゃなくて、残念ー! どんな物好きの女の子か見てあげようと思ったのにー」


 ポンポンと俺を慰めるように両肩を叩く日菜子。


 ちくしょう!

 こいつひどいや!

 俺がモテないのなんて知ってるくせに!


「とにかく、俺は色々と忙しいんだ。だから悪いけどまた今度にしてくれよ」

「つーん! わかりましたよーだ」


 くるんときびすを返す日菜子だったが、その小さな背中はどこか物悲し気にも見えた。


 すまない……本当にすまない……!

 今の俺は【オーディンズスピア・オンライン】に命をかけてるんだ……!


「ま、実は私もしばらくゲイム部に顔を出せないかもって言いに来たんですけどねー」

「へ? なんで?」

「ベーだ! 教えませんよー! じゃあまた明日です、あきのん先輩!」


 日菜子はそう言い残して走り去った。

 俺の胸に少しばかり一抹の寂しさと言う風穴を開けて。



 悶々とした気持ちを抱えながら自宅へ戻った俺は、そんな気分を打ち払うべく、今日も今日とて【オーディンズスピア・オンライン】にログインする。


 昨日は初めての戦闘をしたところで終わったからな。

 いいところだったんだけど、さすがに徹夜はできないし。

 さてさて、チュートリアルの続きをしないとね。


「アキさんじゃないですか。こんにちはー! お待ちしてましたよー!」

「やぁ、ラビ」

「早速昨日の続きをしますか?」

「ああ、頼むよ」

「了解しましたー! ヘイヘーイ!」


 兎のぬいぐるみ型AIのラビは、嬉しそうに小躍りしていた。

 プログラミングされたものとはいえ、こうまで喜ばれると俺もやる気が湧いてくる。


 さぁ、次はなんだ?

 なんでもやってやるぞ!


「では、以上でチュートリアルは終了となりますねー」

「ちょっと待てェ! 俺のやる気を返せ!」

「やだなぁ、軽い冗談ですよぉ」

「こいつ……!」


 重ねて言おう。

 このAIを作ったヤツは人格破綻者に違いないと。


 人のおちょくりかたが半端ねぇもんな……


「では続きを開始します。アキさん、なんでもいいので適当にリラックスしたポーズをとってみてください」

「ん? リラックスって言われてもなぁ」


 悩んだ末に地面へ寝転がり、手で頭を支えてみた。


「あー、とてもいいですねー。普段の自堕落っぷりが窺えますよー。いつもこうやってテレビでも見てるんでしょうねー。そしてそのままハゲた中年になっていくんでしょうねー」

「ほっとけ!」

「まぁまぁ、説明はここからです。ほら見てください、HPとSPのゲージを」


 数秒ごとにジワリ、ジワリとHP、SP共に回復しているようだ。


「これがいわゆる自然回復ってやつですねー」

「だな。まぁ、MMORPGにはよくあるシステムだけど」

「……説明は以上です」

「終わりかよ!?」

「では次に初心者アカデミー内を案内しますねー。ほらほら、さっさと立ってください」


 俺のツッコミを完全に無視し、さっさと進行するラビ。

 自然回復を知られていたのが悔しかったのかもしれない。


「ヘイ! ポータルカモン!」


 ラビが両手を上げると、青白く光る円形の物体がシュワシュワと音を立てながら地面に現れた。

 ちょうど人一人分くらいのサイズだ。


「これはワープポータルですねー。これに入れば瞬時に空間移動ができますよー」

「……」


 あらゆるRPGをやってきた俺は無論知っていたが、敢えて無言を貫いた。

 またラビにヘソを曲げられてはたまらない。

 俺は迷うことなくポータルに足を踏み入れた。


 ドンッ


「キャッ」

「うわっ」


 転移が完了した途端、なにかにぶつかる衝撃が走った。

 どうやらたまたま転移先に人がいたらしい。

 誰もいない場所に調整くらいできないのか。


「あ、ご、ごめんよ」

「いたた……いえいえ、私も不注意でしたから」


 ぶつかったのは女の子のアバターで、身なりも俺と同じノービスのものだった。

 つまりこの子もNPCではなくプレイヤーなのだろう。


 尻もちをついた女の子に手を差し出すと、逡巡することなく掴んでくれた。

 俺はヒョイと手を引いて彼女を立たせる。


 改めて見れば、鮮やかなピンク色の髪を赤いリボンでツインテールにしている目も覚めるような美少女だった。

 身長は小さめで、中高生くらいの年齢と思われる。


 へぇーこの子はピンク色の髪に指定できたのかぁ。

 いいなぁ。

 俺も髪色くらい変えたかったなぁ。


「あなたもプレイヤーさんですか?」

「ああ、そうだよ。昨日始めたばかりなんだ。きみも?」

「私は今日始めたばかりなんですよ! だからとっても楽しみです!」

「そうかー。お互い頑張ろう」

「はいっ! 頑張りましょう!」


 なかなか快活で笑顔もすごくキュートだ。

 なんとなく誰かに似てるような気もするが、俺の思いついたヤツの顔はジト目で膨れっ面をしていた。

 目の前の少女も先程までとは打って変わって、妙な目付きを俺へ向けている。


 なんだろうこの違和感。

 いや、既視感に近いかな?


「えーと、まだ名乗ってなかったね。俺は『アキ』だ。よろしくな」

「あっ、私は『マツコ』と言います」

「マツコ……?」

「アキ……?」


 瞬時に想像するのはデラックスなあのおかただが、この可愛らしい少女とは似ても似つかない。


 ……あれ?

 ちょっと待って。

 なんか以前に聞いたことあるような……

 確か…………『男除けにゲームの中ではデラックスを連想させる『マツコ』と敢えて名乗っているんですよ!』って……『あのおかたの名前っぽくしておけば男子かネカマくらいに思われるでしょ?』……って。


 思わず俺は少女の顔を二度見どころか四度見くらいした。

 自分の思考を疑ったからだ。

 なぜか彼女も俺を五度見している。


 何度見ようが疑惑が確信へと変わっていくだけだった。


 マツコ……マツコ……『マツ』ノミヤヒナ『コ』……松宮日菜子!?


「お前、もしかしてヒナか!?」

「あなたはもしや、あきのん先輩!?」


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