第9話 オレンジジュースは友情の味
教室から少し離れた購買部の自動販売機の前。
「――つまり、マーガレットっていうのはお前がいつも聞いているラジオのリスナーってことだな」
優吾は無言でうなづく。
「で、そのマーガレットだけがハガキを読まれて、公開収録にも当選してうらやましいというわけだ」
「そう……だな。うらやましい……それで合ってる」
「っていうか、ただの
「ぐっ」
真壁の言葉にその通りだと顔をしかめて、そのあとすぐにオレンジジュースを一口飲む。
「まだ聞いてなかったけど、なんでそのマーガレットがうちの学校の生徒で……女子だと思ったんだ?」
「それは、メールで『私は夢見丘市に住んでいる』って言ってたから……」
それを聞いて真壁がはぁ、とわざとらしくため息を吐いた。
「夢見丘市に住んでいるからって、この学校の生徒だとはかぎらないだろうが。それに、手紙書くときに『私』って書く男子も結構いると思うぞ。女子と決めつけるのはまだ早い」
「まあ……そうだな」
「それに、そのラジオは中高生が中心なんだろう? 中学生かもしれないし、高校生かもしれない。もしかしたら大学生とか社会人の可能性も――」
「いや、やつは購買部でパンを買うとかいう話題を出していたから、高校生だと思う」
優吾が横槍を入れてきた。真壁は少しムッとしたが、口調は変えずに話を続ける。
「わかったわかった。じゃあ高校生だとしようか。そしたら、夢見丘市に高校生は何人いると思ってるんだ?」
「さあ? ……5000とか?」
「いや、俺も知らんけどな……って、いいところに! 深澤先生!」
真壁が、購買部前の廊下の向こうから歩いてくる放送部顧問の
何も知らない深澤先生は立ち止まり、真壁に声を掛ける。
「おう、おはよう。どうした真壁……に一ノ瀬まで。朝っぱらから放送部の勧誘でもしてたのか?」
「いえ、ちょっと質問なんですけど、今の夢見丘市って高校生は何人ぐらいいるんですかね?」
「夢見丘市の高校生の人数? ……さぁ、わかんないなぁ」
「ちょっとスマホで調べてみてくださいよ! 俺たち学校でスマホ使ったら怒られちゃうんで!」
「今?」
「今っす!」
真壁が馴れ馴れしく深澤先生に話しかける姿を見て、優吾は「お前、先生に対して敬語使えよ」と礼儀知らずな彼に対して少し怒りが湧いた。と同時に「先生と仲良さそうに話ができてうらやましい」と、真壁と深澤先生の間に特別な関係があるように思えて、少しだけ悔しくなった。
「わかったわかった。先生も暇じゃないんだが……おっ、出た出た」
深澤先生が胸ポケットからスマホを取り出し、画面をポチポチと触る。そしてスマホの画面を真壁と優吾に見えるように突き出した。
「ほら、夢見丘市の高校生の数……約20000人だそうだ」
「20000!?」
「めっちゃ多いじゃん! ありがとうございます、先生」
真壁が礼を言う。
「で、その20000人がどうかしたのか?」
状況がうまく飲み込めていない深澤先生に、真壁が簡単に事のあらましを説明する。
「――ってわけで、一ノ瀬が夢見丘市に住んでいる、とある高校生を探しているんです。まぁ高校生かどうかも怪しいんですけどね」
「なるほどな。つまりはラジオの公開収録の抽選に漏れて八つ当たりしてるってことだ」
「ぐむむ……」
真壁の説明がうまかったのか、深澤先生の理解力が高かったのか。状況を整理して的を射た一言に優吾が絶句した。
続けて先生がスマホをカタカタといじり出した。そして、電卓の画面上に並んだ数字を優吾と真壁に見せる。
そこには0.036と表示されていた。
「3.6%、その子がこの学校にいる確率だ。これに中学生や大学生も含めれば、もっと低くなる」
「ですよね、先生! 優吾、そんな低い確率でお前は俺がマーガレットだとか言いやがったんだ。ありえるか?」
「……すまん」
深澤先生の協力を得て、自信満々にそう言う真壁に対して、返す言葉もない優吾は素直に謝った。
「ま、憧れのマーガレット探しもいいけど、ちゃんと部員探しておいてくれよ。先生も声はかけてみるけどさ」
深澤先生はそう言い残すとスマホを胸ポケットにしまい、歩いて行ってしまった。
「3.6%か……ガチャで
真壁がオレンジジュースを全て飲み干すと、自動販売機横のコミ箱にカップを投げ捨てた。
「……そうだな」
優吾もオレンジジュースを飲み干すと、真壁の真似をしてゴミ箱にカップを投げ捨てた。
カップは見事にゴミ箱の縁にあたり、廊下に転がった。
バツが悪そうに、優吾はカップを拾ってゴミ箱へと入れた。
「っていうかさ、中学生が高校生の兄貴から話を聞いて投稿したっていう可能性もないわけじゃないし、もしかしたら大学生がメールしたかもしんないし。そうなるともう0.何パーとかになるぜ、きっと」
「確かに」
「だから、間違っても学校でマーガレット探しをするのをやめろ。俺が思うに、この学校にはマーガレットはいない」
「……わかった、ごめんな。ちょっと頭に血が上ってたわ……もう大丈夫だ」
「っていうか、そろそろ朝の会が始まるぜ。教室に戻るぞ」
優吾が落ち着いたことを確認すると、真壁が教室に戻るように促す。二人は廊下を歩きながらも、まだマーガレットについての会話を続ける。
「でさ、俺が絶対にマーガレットじゃないっていう証拠がある」
真壁が念を押すように言う。
「証拠? なんだよ、それ」
「俺はそのラジオ、聞いたことがない」
初めにそれを聞いておけばよかった、と優吾は今更ながら思ったのだった。
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