第5話 放送部部長、一ノ瀬優吾の次なる作戦

 ラジオでは毎週のように投稿するも採用されないという連敗続きの一ノ瀬いちのせ優吾ゆうごであったが、彼が部活動として行っている校内放送「一期一会」は、ラジオ仕込みの軽妙なトークと最近の流行曲一辺倒で、そこそこの人気を博していた。といっても、彼の所属する二年六組だけでのデータであるけれども。


「どうだ、最近の昼の放送は。面白いだろ?」

「え、ああ。いいんじゃないか、この調子でがんばってくれ」


 優吾の友人である真壁まかべ玲人れいとは適当にそう返事をしておいたが、正直そんな真剣に聞いているわけではなかった。

 他の生徒たちも同様で、昼食時間はお弁当または学食等を食べながら友人と談笑するのが主であり、そこで流れてくる校内放送など、単なるBGMでしかないのだ。しかし、部員が一人であることを公表している優吾に対して「聞いていない」とか「つまらない」などと答える者はいなかった。「がんばれよ!」「応援してるよ!」クラスメイトとしての優しさから、そう返事をする生徒ばかりだった。


「ふっふっふ……僕の代になって昼の放送が盛り上がっているぞ……!」


 そんな友人の優しさにも気づかず、純粋に校内放送が人気だと勘違いしているおめでたい思考の持ち主である一ノ瀬優吾は、次なる作戦を考えていた。



 昼休み。


 今日の校内放送を終えた優吾はそのまま職員室へと向かう。そして、放送部の顧問である深澤ふかさわあきら先生に声をかけた。


「深澤先生、お話があります!」

 すると職員室の奥から七三分けでメガネをかけたスーツ姿の先生が姿を現した。深澤朗その人である。


「どうした一ノ瀬君。今日もいい放送だったじゃないか」

「ありがとうございます」


「ま、年寄りの戯言だが、もう少し年配の先生たちも楽しめるような曲を流してもいいんじゃないかと思うがね」

「ちょうど、そのお話に参りました!」

「?」


 優吾の食い気味な姿勢に、深澤先生が驚いた。


「今度、生徒や先生から広くリクエストを募集してみようかと考えておりまして、その許可を顧問である深澤先生からいただきたくて」

「リクエスト?」


「はい。今僕が流している曲が、最近のヒット曲ばかりなので……もっといろんな人に楽しんでもらうためにはリクエストというのも一つの手だなぁと思ったんです」


 なるほど、と深澤先生はメガネのフレームに指を当てる。そして、「だがね……」と続けた。


「昔はね、かけて欲しい曲のCDを持ってきてもらって、それをかけていたものさ。でも今はCDを持っている子も少ないだろう? ましてやCDになっていない曲さえ存在する。音源はどうするつもりだね?」


 それに対して優吾はもちろん抜かりなかった。ちゃんと対策をして、ここを訪れていたのだ。


「自分のスマホでBANANA MUSICを契約しています。それを使えば、ほとんどのリクエスト曲はカバーできると考えています」


「今流行はやりのサブスクか……。リクエストする側はCDの準備をしなくてもいいと」

「はい」


「それはリクエストする側の敷居も低くなるな」

 好感触だ、と優吾はここで畳み掛ける。


「著作権についても調査済みです。校内放送のような教育活動内での使用は許可されていると確認しています」

「ほう、そこまでちゃんと調べてきたんだね、感心感心」


「そして何より、好きな曲を流すことでみんなの昼食時間がもっと華やかなものになると思います。そしてスマホを使うことで、生徒だけでなく先生方のリクエスト曲にも幅広くお応えすることができるかと……なにとぞ許可をいただけるとありがたいです」


 そう言って優吾は頭を下げた。

(言いたいことは全て言ったぞ。あとは先生がどう判断してくれるかだ)


 すると、深澤先生は優吾の肩にポンと手を置いた。そして優しい口調で言った。



「一人でよくここまで考えて企画したね。リクエストの件、やってみるといい。校長先生には私から話をしておくから」



「あ、ありがとうございます!」


 頭を下げたまま、優吾はぐっと拳を握りしめた。先日のそれとは違い、嬉しさからくるものだった。満足げな表情で体を起こすと、もう一度軽く先生にお辞儀をする。


「ところで、早速だが先生もリクエストしてもいいかね?」

「もちろんです。深澤先生のリクエスト曲と紹介すれば、全校生徒みんなが食いつくはずです」


 はっはっは、と深澤先生が笑った。


「じゃあね、『竹田聖子』の『青いマングローブ』を頼むよ。青春時代の曲なんだ」

「わかりました!」


 優吾は力強く答えた。そして一礼して、彼は職員室を後にしたのだった。

 しかし、このリクエスト企画が彼の運命を大きく変えることになるとは、このときまだ気付いていなかった。

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