第3話 夢見丘高等学校、お昼の放送
その日の昼休み。
二年六組の教室には、それぞれ気が合うもの同士が集まり、机の上に弁当を広げて談笑する女子の姿が多く見られた。男子――特に運動系の部活に属している者たちは、その多くが学食に行き大飯を食らうため教室にはいない。
弁当を持参してきている男子もいるが、女子と比べてだいぶんその数は少ない。そして、
しばらくすると、黒板横に設置してあるスピーカーから軽快な音楽が聞こえてきた。校内放送が始まったのだ。
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――パラッパッ、パッパララパッパラッ!
――みなさんこんにちは。
――いやぁ、今日ですね、シャーペンの芯をカチカチと出そうとしたら、間違って逆に持ってしまっていて! 見事、親指にシャー芯がぶっ刺さってしまいました。「痛っ!」と授業中に変な声を出して、当然のことですが先生に怒られちゃいました。みなさんもそんな経験ありませんか?(笑)
――さ、そんなどうでもいい話は置いといて。早速ですが、お昼ご飯のお供に一曲お届けします。「非公式眉毛女子力」で「木の実」
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毎日12時45分から15分間。話題の新曲からクラシックに至るまで、様々な音楽が夢見丘高校の昼食時間に華を添える。担当するのは放送部。
一ノ瀬優吾は、その放送部の唯一の部員である。これまでは三年生が二人いて、優吾も含め合計三人で活動していたのだが、夏で三年生が引退。その結果、一人残された優吾が自動的に部長となったのだ。
期待していた新入生も未だゼロ。なんとも寂しい放送部であるが、目立った活動が昼食時間の放送しかないため、特に支障はない。あるとすれば、一人放送室で昼食を取らなければいけないということだろうか。
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――しつこいようですが、みなさんもシャーペンの芯をカチカチするときはボーッとしないようにお気をつけください(笑)
――このあとは休憩時間、掃除、5・6時間目と続きます。みなさん後半も気合で乗り切りましょう! では、本日最後の曲になります。「緑黄色果実」で「Gira」
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「ふう」
放送を無事に終え、優吾はちょっとした満足感とともに息を一つ吐いた。トークの中に今日の朝の出来事を「ネタ」として取り入れることができた。それが彼の愛聴する「学校さぁ行こう!」っぽいなと、さながら本物のラジオパーソナリティのようだと思ったからだ。
毎日曲を流すだけでは何だか物足りない。ちょっとだけでも自分の話を入れ込んで、みんなに笑ってもらいたい。彼は入部当初からそんなことを考えていたが、いよいよ部長になってから本格的にそれを実行に移しているのだ。
「おい、一ノ瀬!」
優吾が満足げな表情を浮かべて放送室から出ると、それを待ち構えていたかのように呼び止める男子生徒がいた。背が高く、ひょろっとしていてボサボサ頭の彼は、この間まで放送部に所属していた三年の元部長だった。
「あ、先輩。お久しぶりっす」
「お久しぶりっすじゃねぇよ。何だよ、今の放送」
その言葉から、今日の放送に不満を持っていることが伝わってきた。優吾も何となくではあるが、何を言われるのかはだいたい察しがついていたが、敢えてこちらから尋ねてみることにした。
「何か問題ありました?」
「ああ。問題も問題。問題だらけだ、あのな――」
先輩は堰を切ったように話し始めた。その話が思った以上に長く、優吾は適当に相槌を打ちながら熱く語る先輩の表情に注目していた。
(おでこのシワって、眉毛と連動してるじゃん……! これって、「学校さぁ行こう!」のネタとして使えるんじゃね?)
「――という経緯があるから、曲は必ず――」
(ってか、高三って普通に髭とか生えるんだ……)
「おい! 聞いてんのか一ノ瀬!」
「えっ、ええ。……つまり、先輩の話を要約すると、『トークを入れずに曲だけ流せ』『流行の曲だけでなくクラシックもかけろ』ってことですよね」
「お、おお。そうだ」
的を射た返答に先輩はたじろぐ。
「お言葉ですが、先輩。その結果がこれです。新入部員ゼロ。だれも放送部に興味をもってくれていないんですよ。だから僕はこれまでと違うことをして、みんなに楽しんでもらおうと思ってるんです。そしたら、新入部員も増えるかもしれないじゃないですか!」
「だがしかし……」
「僕も、先輩方から受け継いできた放送部を潰したくないんです。今は一人ですけど、必ず部員を増やして放送部を存続させますから! だから先輩、昼の放送、ちょっと大目に見てくださいよ」
引退するまで貫いてきた「しゃべりのない、音楽だけのおしゃれな昼の放送」を守りたいという思いが強かった先輩だったが、「先輩方から受け継いできた放送部存続のために」という優吾のワードが刺さったようだ。
「わかったよ……放送部存続のためだ、好きにしろ。ただし、責任は負えないぞ」
「大丈夫です。今の部長は僕なんで。見ていてくださいよ、これからの放送部」
そう自信たっぷりに語る優吾だったが、本心はただただ「学校さぁ行こう!」のハイド&シークのようなラジオ番組の真似がしてみたいだけなのだった。
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