第4話 旧図書館での密会

キーンコーンカーンコーン⋯⋯


「お、チャイムなったな、よし、じゃ学級委員号令」

「きり〜つ気をつけ、礼」

「「「ありがとうございましたー」」」


4時間目の終了を告げるチャイムが鳴り、授業が終了すると、クラスメイトのほとんどは学食まで走る、いわゆる学食ダッシュをする者と、友人の机に行き、その人の周辺で一緒にご飯を食べる人に別れる。

伊織も例に漏れず、授業が終了すると、同時に友人が弁当を持って俺の席にやってきた。


「おつかれ、飯食おうぜ」


そう言いながらやってきたのは中等部1年生の時から友人の沢北誠人さわきたせいと、爽やか系イケメンであり、高等部1年生の男子の中では涼葉や詞葉ことは程では無いにしてもかなりモテている。


「腹減った〜」


そう言うと同時に腹を鳴らしたのはこちらも中等部1年の時から友人の朝野健吾あさのけんご、サッカー部に所属していて、1年生ながらレギュラーを勝ち取るなど、かなり上手いらしい。


「⋯⋯相変わらず美味そうだな、伊織の弁当は」

「羨ましいか?」

「羨ましい⋯⋯1口くれ」

「やだ、これは俺のだから」

「ケチ!」

「ケチって言った方がケチなんですー!」

「小学生低学年の会話かな?あとそれの相場はバカじゃない?」

「「そんなの誰が決めたんですか〜?」」

「おっとイラッときたぞ?」


ちなみに伊織たちの弁当は母さんではなく、家事全般が好きな詞葉が作ってくれている。

詩葉うたはの作る弁当はいつもかなり手が込んであり、伊織はほぼ毎日健吾からたかられている。


「⋯⋯はぁ、それより2人とも、そろそろ定期テストだけど大丈夫なの?」

「⋯⋯」

「その反応で理解したよ」

「教えてくれ誠人!」

「人に頼む態度ってものがあるんじゃないかな?」

「教えてください!」(全力土下座)

「そこまでしろとは言ってないけどね!?」


伊織が健吾の全力土下座とそれに慌てながら対応する誠人を見ながら笑っていると、


「伊織は教えて貰わなくて大丈夫なのかよ?」

「まぁ詞葉と詩葉がいるしな」


八景高校高等部1年生では毎回、涼葉が1位、詞葉が学年2位、詩葉が学年3位という流れがテンプレ化しており、伊織は面倒見の良い詩葉に教えて貰っているため、テストの成績は平均ちょっと上くらいに保てている。


「かー!持つべきは出来る年子のきょうだいってか?」

「羨ましいか?」

「羨ましい!」

「すごい迷いのない即答だなおい」


そんな雑談をしていると、弁当を食べ終わってしまった。


「んじゃ、食後の運動がてらちょっと散歩してくる」

「行ってらー」

「行ってらっしゃい」


八景高校の校舎は広く、校舎は高等部の敷地だけで本校舎を除いても7号館まであり、そのうえ体育館やグラウンドまでめちゃくちゃ広いため、伊織は昼休みに弁当を食べ終わると、その校舎を見て回るのが日課になっていた。


「6号館は昨日あらかた回ったし、今日は7号館行ってみるか」


しかし、6号館までは部室などがありまだ使われているが、7号館は今ではあまり使われておらず、しかも教室などに使われている本校舎や1号館からは5号館や6号館に隠れていて、普段は7号館があったことすら忘れている。

そのため伊織は7号館にはどんな教室があるのかすら知らなかった。

なんなら踏み入れるのさえ初めてである。


「おー⋯⋯あちこち老朽化してきてんな⋯⋯7号館は元本校舎だったって先生たちが言ってたし、旧職員室とかあんのかな?」


八景高校は創立90年ほどするかなり歴史の長い高校であり、7号館は木造の建築物だった。

おそらく元々は7号館しかなく、入学生が増えたため後者が増えていき、現在のように大きくなって行ったのであろう。


「⋯⋯お、図書館あるじゃん」


何気なく見渡しながら歩いていると、図書館という文字を見つけ、その教室の前で立ち止まる。

伊織は基本的に、詩葉に呼び出された時にしか図書館には寄らないが、今の図書館を知っている伊織としては、旧図書館はどんな風になっているのか、非常に好奇心が湧いた。


「失礼しまーす⋯⋯って、え?」


伊織が誰もいないだろうと思いながら中に入ると、意外にも人がいて、驚き、そしてその人物にもまた驚いた。


「天崎さん!?」


旧図書館にいたのは、天崎涼葉であった涼葉もまた、誰も来ることはないと思っていたのだろう、弁当の具材を咀嚼しながら目を丸くして驚いている。

そんな表情も涼葉がするととても可愛くなるため、美人は凄いなと伊織は思った。


「こんにちは伊織くん、まさかここに人が来ることがあるとは思いませんでした。」

「いや、まさか俺もこんなとこで弁当食ってるやつがいるとは思わなかったよ」

「ふふ、昼休みはいつもいつの間にかに人が周りに集まってくるので、お話するのは嫌いではないですか、少し1人になりたい時に利用させていただいているのですよ」


なるほどな、と伊織は思った。

確かに涼葉の周りにはいつも人がいて、涼葉はそれに対応している。

たまには学校で1人になって一息つきたくなるのも、おかしな話ではない。


「それじゃ、1人がいいだろうし、俺はここら辺で退散するよ」


そういって、伊織は図書館を出ようとするも、


「お待ちください、伊織くん」


涼葉に止められてしまった。


「⋯⋯なんだよ、言われなくても人に言ったりしねーぞ?」

「えっ、それは伊織くんと私しか知らない秘密を誰かに知らせたくないという⋯⋯」

「うん違うよ?誰にも知られたくないかなーって思っただけだからな?⋯⋯っておい両手を頬に添えるな!表現古いぞ!?」

「ふふっ、冗談です⋯⋯ただ、伊織くんと2人っきりになるという仲を深められる絶好の機会を私が逃すわけがないじゃないですか」

(うわぁ⋯⋯いい笑顔)


そのまま伊織は、涼葉に連れられて元々涼葉が座っていた席の対面となる場所に座ろうとしたが、涼葉によって強制的に横に座らされた。


「ではまず、口移しで私のお弁当を⋯⋯」

「いや、しねえしさせねえよ?」

「ふぁい、あーん」

「だからしねえしさせねえよ!」


強引に口移しをしようとしてくる涼葉を、全力で停めた伊織は、疑問に思っていたことを問いかけてみる。


「なぁ、天崎さんはどうして俺の事を好きになったのか、教えてもらえるか?」

「そうですねぇ⋯⋯運命の人だったから、でしょうか?」

「なるほど、教える気はないって訳な」

「あら、お教えしたはずですが?」

「お前は運命の人なんて信じるタイプじゃないだろ」


伊織の言葉のとおり、涼葉はかなり現実主義のため、運命の人などという言葉は全く信用できなかった。

しかし、涼葉は抗議するように頬を膨らませた。


「むぅ、確かにそれだけではないですが、本当なのですよ?」

「そっか〜」

「全然信じてないですね⋯⋯まぁ、信じて貰えなくて大丈夫ですよ?惚れているのは確かですから、私は全力で伊織くんをメロメロにさせるのみです」


そう言って、涼葉は伊織に抱きつく。


「ちょっ、天崎さん!?当たってる、当たってるから離れて!」

「ふふっ、やはり伊織くんも男の子なのですね、詞葉ちゃんがよく抱きついているので反応してくれなかったらどうしようかと思いましたよ」

「当たり前だろ!?詞葉は妹だから大丈夫なだけであって、俺は超健康な普通の男子高校生なのでやめて頂きたいのですが!?」


伊織は、によく抱きつかれているが、詞葉は妹なので全くなんとも思っていないのだが、涼葉に抱きつかれるのは別である。

詞葉に抱きつかれた時に胸が当たっても蚊ほども気にしないが、涼葉に抱きつかれると、気にしないと言うのは無理なものであり、伊織は盛大にキョドってしまった。


(えっ、ちょっ待って、めっちゃ柔らか⋯⋯ダメだ別のことを⋯⋯あっ、いい匂い⋯⋯死にたい)


伊織はどうしても変態くさい事を思ってしまい、自己嫌悪で死にたくなってしまった。


「ちょっ⋯⋯天崎さんほんとに離れて」

「⋯⋯天崎さん、ではないでしょう?」

「え?」

「ちゃんと涼葉、と呼んでもらえないと私、悲しいです」


涼葉は目の端に少し涙を潤ませ、上目遣いでそう言ってくる。


(あっざと⋯⋯最高に可愛いですはい)


「いや、でもそれは⋯⋯」

「では、昼休みが終わるまでこのままですね」

「えぇ!?」


昼休みが終わるにはまだ15分ほどある。

伊織はその間ずっと涼葉に抱きつかれているとなると、ちょっと理性を保てる自信がなかった。


「分かった!涼葉さん、これでいいだろ!?」

「⋯⋯えぇ、今日はここまで言わせられたら上出来ですかね?」


涼葉はそう言って、上機嫌そうに離れた。

しかし、涼葉は1つ見誤っていた。

それは、香澄家の人間は全員ものすっっごく負けず嫌いだということだ。

⋯⋯子供とも言う。


(このまま負けたままってのは⋯⋯なんか納得いかねぇな)


「それでは伊織くん、また放課後に」


涼葉は、教室に戻るべく旧図書館を出ようとするが、


「涼葉さん」

「はい、たんでしょ⋯⋯っえ?」


伊織は、涼葉が振り向いた瞬間、両手を涼葉の顔の横を通らせ、旧図書館のドアに着き、いわゆる壁ドンの体制になり、涼葉の顔に自分の顔をできる限り近づける。

涼葉の顔と、伊織の顔は3センチ程しか離れていない。

そのため、どちらかが少し顔を前に動かした瞬間、唇と唇が触れてしまう。

この状況を作った伊織は、


(やっべ!思ったより顔近っ⋯⋯涼葉さんって下まつげまで長ぇのかよすげぇな⋯⋯はっ、現実逃避してた!?)


めっちゃキョドっていた。

伊織はどこまでいってもヘタレなのである。


「っと、すまん!思ったより近くなっちまった⋯⋯」


(これでめっちゃ普通に返されたらかなりメンタル来るぞ⋯⋯!)


伊織がそう思い、涼葉の方を見ると、


「⋯⋯ふぇっ!?あ、えとその、全然、気にしないでくだひゃい、むしろありがとうございましゅ⋯⋯」


耳までトマトのように真っ赤になっており、だんだんと語気が弱くなっていく。


(⋯⋯えそんな反応をされるとそれはそれで気まづいんだけど!?)


⋯⋯それから、涼葉の赤い顔が治るまで10分ほどかかった。


「⋯⋯まさか、伊織くんがあんなに大胆なことをしてくれるなんて、思ってもみませんでした」

「いや、すまん俺もあそこまで近づくつもりはなかったんだが⋯⋯」

「い、いえ!気にしないでください、むしろありがとうございますと言いますか⋯⋯いえやっぱりなんでもないです」

「⋯⋯とりあえず、教室戻るか」

「そうですね、戻りましょうか」


⋯⋯今回の勝負、天崎涼葉の辛勝?

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