五日目 夢中

 夢の中で意思があるというのはおかしいのでしょう。


 ならばこれは何なのでしょうか?


「小娘」


 彼女が私を呼びます。夢の中で聞いたことのある声でした。この人だったのか、と意味の分からない感心をしました。

 短く切った髪はまさに黄金と呼ぶのにふさわしい色合いで、私やほかの誰かとは全く違う人間だ、という事を端的に表しています。

 ただそこに立って居るだけだというのに、玉座に座っているかのような傲慢さを兼ね備えた立ち居振る舞いはもはや尊敬に値すると言って良いでしょう。


「はい」


 私は私の意志で返事をしました。


「どうしてやって来た」


 どうやら怒られるようです。


 あーあ。


 どうしてこういう事ばかりなんでしょう。


 人生はなってほしいようにはならない、なんてずっと前からわかっていることです。でもここまでとは思いませんでした。もっと私が優遇されてもいいと思いませんか? 私は恵まれて居なさすぎると思いませんか?


 我が儘なのでしょうか。


 ほんの少し、ヒロインを演じてみたかったのです。世界の主役に立ってみたかったのです。

 主役になれるのはいつも私以外の誰かです。私は主役に成りたいのにオーディションに出る事にしり込みしてしまう程の屑なのです。


 だから私は夢の中で願いました。


 思い描きました。


 『力があればいいのに』


 『力があったら、     を殺せるのに』


 それだけです。


「なあ、娘」


 彼女が言いました。私は夢の中、確かに硬い感覚を感じながら歩を進めます。

 夢の中と言うには少しおかしくもありますが、思うように体が動かない点ではいつもの夢と同じです。


「愛と狂気が表裏一体だと評したのは一体誰なんだろうな」


 あぁ、愛。何て素晴らしい響きなのでしょう。ふんわりとしていて心が温まる、胸に抱いているだけで何だか幸せなものです。ずっと抱き締めていたい、離したくない、そんな気持ちが沸き上がってきます。


 それに対して狂気ですか。それってあれでしょう? 誰かの命を奪ってしまいたいとか、誰かのこころを壊してしまいたい、とかいう恐ろしい考えのことですよね。


 その二つが表裏一体でいい訳がありません。


 だってそうしたら。


 私がユーリさんに抱いているこの気持ちは、裏に返せば——


「狂気を抱いている人間は、自分自身では正常なつもりらしいぞ」


 それはそうでしょう。自分が自分を信じられなくてどうするというんですか。


「自分をだまして、正常な振りをして、見たくないところは見ないという。そういう独りよがりが力を手に入れるとどうなるか知っているか」


 誰でもそうじゃありませんか? 見たくないところからは目を逸らして、見たいものばかり見て、そのせいでだんだん目が悪くなっていって、終いには見たかったはずの者さえ見つけられなくなるんじゃないですか?


 誰でも一緒ですよ、きっと。


「どんなに狂ったように見える理屈でも、それを並べ立てている本人にとってはすごく理論的で筋道だった素晴らしいものだというんだ。頭の中身は人それぞれだよな」


 ……脳みそでも解剖してみたらいいのではありませんか? そんなことを言えるような人間ならばきっと楽しいですよ。


「なぁ、ウェスター」


 彼女は私の名前を呼びました。


「お前はどっちだ? ただの片想い少女か、それとも恋の皮を被った——狂人か?」


 暗い洞窟の中です。地下は嫌いです。じめじめしているから。

 彼女とは夢の中で数度、逢いました。


 何を言っているのでしょう。


 今までも何を言っていたのかわかりません。


 私は


 彼女がわかりません。


 何を言っているのでしょうか。


 私が 狂っていると 言いたいのでしょうか



 でもわたしはこうやって



 考えているんです



 ちゃんとしています。


 敬語だって使えます


 子供ではありません

 私を見てもらえます

 大丈夫です

 私は来るって居ないはずなのです



 私は狂って居ないはずなのです。


「私は夢を見ているだけ」


 何にも怖くないのです。

 夢は目を覚ませば消えるのです。


「……」


 笑わないでください。微笑まれると、怖いから。


「やっぱりわかっていないんだ」


 何がです。


 何が、わかっていないと。


 何が私の知らない事ですか。


 何が。


 何を。


 何。


 何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が


「ほんとは全部わかってるんだろ?」


 私は知らない


 何も見てない


 わからない


「これが夢なんかじゃないってさ」




 ぱりん


 夢の砕ける、音がした。

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皇国のしがない村娘ですが、皇女様の護衛を好きになってしまいました フルリ @FLapis

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