五日目 前半

「あれ? サヨ、あそこにいるのリサさんたち?」


 名前で言われたので一瞬理解できませんでしたが、リサさんというのは皇女様のことでした。確かに、茂みの方に身をかがめた怪しげな四人組がいます。隠れているつもりかもしれませんが、揺れが大きすぎてバレバレ——ですが気づいている人は少ないですね。


「えーっと……リサさんと、ユーリさんと、後は」


 良く見えません。私もミナも必死に首を伸ばしますが、いかんせん茂みの中にいらっしゃいますから……


「てか、何してるの?」


 あの辺りに何かある訳でもなかったはずです。そんな端なんていつもは見ませんが。もう少しあちら側に行けば村を出てしまうほどです、かなりの郊外ですよ?


「近くに行こう」


 いつも通りの学校生活を終えて、その帰り。昼下がりといったぬるい空気の中を二人で下校している途中でした。


 きっと、『ここで皇女様たちを見つけなければよかった』というようなありきたりなアナウンスをすることが私にはふさわしいのでしょう。


 手を引くミナに連れられ、怪しげな御一行に近づきます。近づいたところで、あとの二人がタクトさんとリオンさんだとわかりました。相変わらずタクトさんは電卓の様な不思議な機器を手にしています。


「何してるんですかぁ?」


 ミナが悪気なくあっけらかんと、それもかなり大きな声で問いかけました。


「ひゃっ」


 情けなくも少しおかしいような悲鳴を上げてこちらを振り向き、その反動で倒れそうになったのはもちろんのこと皇女様です。ついでにそれを支えたのがユーリさんだったことも付け加えておきましょうか。ああ、全く本当に忌々しい程ですよ。


 あなたの視界には常に彼女がいて、何時だって揺らぐことなく一番だなんて。


 私に力があったのなら殺したいくらいです。


「ミナちゃん?」


 やや驚いたような口調(むしろ驚かない方が不思議です)でタクトさんがそう呟き、手元の電卓を軽くタッチする様子はまるで「全てを予想していたはずなのに、予想外のことが起こってしまった」というようで、少しだけ気味が悪くも感じられました。


「だからバレると言ったんです」


 これまでの会話でも感じている通り、リオンさんはどこか呆れたような口調で空を仰ぎ、


「ここで見たことはだれにも言わず、忘れて帰って下さい——何て言っても、きっと無駄なんでしょう」


 と言いました。


 それは、まあ。完璧に無駄でしょうけれど。この場面を見てしまった今、ミナと私は同じ事を考えているに違いありません。


「私たちも仲間に入れて下さい!」


 ほら、ミナが今瞳を輝かせながら言った通り。

 この面白そうな計画に何とかして参加できないか、と。それを考えていました。


 別にどうでもよかったのです。皇女様なんて居ても居なくても良かったのです。でも、彼が居たから。何か秘密でごちゃごちゃとやろうとしているというのなら、『お世話係』という大義名分を振りかざして、ついていこうと思いました。


 きっとミナとは思惑もその意図も全然違う事でしょう。ですが、結果だけは一緒です。


『ついていきたい』とそう思ったこと。それは同じです。


「ちッ」


 微かな舌打ちが聞こえました。


 誰かはわかりましたが、ここで言うことではありません。


「……ついてこないで」


 皇女様が喋りました。真面目に言葉を交わすのは初めてかもしれません。というか初めてです。ミナと私の二人に話しかけているとはいえ、『私へ』言葉を放ったのは初めてでした。目を微かに伏せてから、大きいレンズの眼鏡をかけた頭を揺らして、彼女は私たちを見つめます。


「本当だったら皆にも来ないでほしいことなの。それでも皆はあたしに力を貸してくれる。あたしを支えようと言ってくれる。君たちは、そうじゃない」


 拒絶よりも断崖の大きい隔絶でした。彼女の方から私たちに歩み寄ろうとは少しも思っていなくて、むしろ離れて行くことを望んでいる、と明らかにわかりました。


 けれど。


「どうして駄目なんですか?」


 考えるよりも先に口を衝きました。


「秘密にしなければいけないことなんですか?」


 そんなことをして、良いんですか?


 さすがにそこまでは言えませんでした。しかし、きっと私の表情はそれと似たような言葉を語っていたことでしょう。


「連れて行けば?」


 タクトさんがやや投げやりな口調でそう言いましたから。


「死んでも自己責任だよ。……早く行こ」


 僕たちには時間が無いんだ、とそれ以上の議論を禁止するように付け加えて。先ほどまで四人が覗き込んでいた茂みの中に一人、潜ります。


「……」


 リオンさんはもとより大して興味がないようで、というか言っても無駄だと思っているようで、すぐにタクトさんに倣いました。揺れる紫の髪が美麗です。


「……あたしは君たちの命を守れるほど強くないよ」


 リサさんはそれだけ言いました。


 ユーリさんは、何も言いませんでした。代わりに目を背けました。


「何をしてるんですか?」


 返事が返ってこないのを承知で声を掛け、後ろから彼らの肩越しに覗き込みます。並べられた方は私たちを拒絶するようですが、ここでめげているわけにはいきません。


「……扉?」


 横でミナが呟いた通り、そこに見えたのは扉でした。

 隠し扉、という名称がよく似合いそうな、地下へと降りていける扉。しかし、村の地下に何かがあるという話は聞いたことがありません。


「私、ある……」

「どんな話?」

「なんかおじいちゃんが言ってたけど『大昔のお宝を隠してある遺跡がこの村の近くにある』って」


 お宝、ですか。もしかして泥棒でもしようとしているのでしょうか。皇女様ともあろうお方が? お金も何もかもたくさん持っているはずなのに。


「そうそう。昼間はずうっと村長さんとお話だったからねー。まあ、そのおかげでここの遺跡にたどり着けたんだけど」


 タクトさんが喋りながら扉を持ち上げます。その下からは石で作られた階段が見えました。ごとり、がりんと音がして、重そうな石の扉が横にずれました。嵌めるタイプの扉だったようです。

 早速、と言った風に黙って皇女様が階段に足を架けました。頭をぶつけないように少し身をかがめながら潜っていき、そのすぐ後ろにユーリさんが続きました。リオンさんはとん、とタクトさんの腕に拳を付けてから、ごく楽しそうに頭を揺らして降りて行きます。


 ついていきたい、何て言ったものの地下に潜る勇気のなかなか出ない私たちは自然と顔を見合わせ、


「何か、いつもと違いますね、タクトさん」


 ミナが遠慮しながらそう言うと、


「そりゃそうでしょ? なんでアイドルが楽屋でもにこにこしてなきゃいけない訳?」


 と冷たい声が返って来ました。


「あのね、僕がにこにこ優しくしてんのは常に営業なの。ほんとはこういう人間なんだよ。それがわかりもしないのに僕のことアイドルみたいとかって言うのやめてくれる」


 ほら、さっさと降りて。


 二面性というには対極すぎ、二極性というには反発しきらないようなタクトさんの裏と表に衝撃を受けながら、促されるままに階段を降りました。


 この階段を降りちゃあ取り返しがつかないな、と少しばかり後悔すらしながら。


***


 降りた先には、地面をそのまま掘ったような適当な通路がありました。岩はむき出し、壁は土そのままで触ったら土が手につくほど。良くこれで崩れないな、と感心してみれば床は何だか石が敷いてあるのです。割に高いゴム底の靴を履いているものですから音こそしませんでしたが、硬質な感触が足に伝わってきます。きっと、皇都にあるという石畳の道はこのような感触なのでしょう。


「ところどころ柱も立ってる……誰かが手を入れたんだな」


 ユーリさんがそう言いました。観察眼もあるのですね、素敵です。


「タクト、こっち?」

「合ってる」


 左右どちらにも開けた通路。その片方を選択して、リサさんが問い、タクトさんが答えました。偶然にもそれは私が行くならこっちだな、と考えていた方向と同じで驚きます。


「わー……暗ぁ」


 先頭を進む皇女様の持つ灯りから漏れだす光と、壁に備え付けられた蝋燭(誰が火を管理しているのでしょうか)の頼りない灯りしかないのでは、お日様が明るく照らしてくれる昼間に慣れ過ぎた身体が悲鳴を上げても仕方ありません。隣を歩くミナが少しばかり身を寄せてくるのも当たり前のことでしょう。私も何だか心細くなってきました。


 そのまま、二人で肩を寄せて歩いていきます。前に揺れる皆さんの背中を見ながら進みます。


「え、あれ? 何か広いよ?」


 私たちが加わってしまったせいでしょうか、さっきからずっと会話がありません。

 目の前が少し開けたところに出て、通路が広くなったのか、とミナの言葉を聞きながら思います。


「何、これ。部屋?」


 ところが、そこに続いていたのは通路ではありませんでした。

 六角形……というには少し歪ですが、明らかに部屋として造られた場所なのは間違いありません。床に何か不思議な模様も書いてありますし、先ほどまでの通路とはかなり変わって見えます。


「床、変な模様だねー」


 ミナがすたりと部屋に入りました。


 ぴり、と空気がひりつきます。


「ミナ」


 何やら怪しげなものを感じて、私も続きました。どうせなら二人一緒の方が良いでしょう。


「確かに。床おかしい」


 さっきの厳しさはどこへやら、少し幼さすらも感じる調子で、隣に立った皇女様が言いました。しれッと隣に立たれているのが少しばかりストレスでもあります。


「これ何だろう。模様っていうか、何だか——」


 皇女様はしゃがんで模様に手を近づけました。遠慮と共にのばされた指先が、床の線に触れようとしたときです。


其処そこに夢は在る」


 声、という程ではない、むしろ『音』というのが似合っている響きでした。ああ、とどこか達観したような心持ちでそれを耳にした私は、ただそこに立ち尽くしています。


「え?」


 ミナや皇女様は私とは対照的に、不思議でたまらない、という顔をして辺りを見回します。


「今の声、どこから——えっ」


 慣れています、この感覚。

 夢を見るような、眠るような。はたまた思索に耽るような。


 うすぼんやりとしたけむに巻かれた感覚。


 眠りに落ちる前の最後の数秒の感覚が体中に広がります。危ないなと分かりつつ、膝の力が抜けて床に倒れ込むのを防げません。痛い衝撃が全身に走りました。


「Good night」


 床が、冷たいです。

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