三日目 学校見学
今日は皇女様たちに学校を案内する日です。こんな辺境の土地の学校を見て何が楽しいのか私にはわかりません。でも、村長に言われたので従うしかないでしょう。自分のこういうところがいけないんでしょうね。
十二人のご一行を四人ずつ三グループに分けて、私、ミナ、マルクの三人で一グループを担当します。そこまでは問題ありませんね。問題はそれからです。
私が皇女様、ユーリさん、皇子様、ミレーユさん。
ミナがカルさん、クリスさん、コリンさん、リオンさん。
マルクがショウさん、キリコさん、タクトさん、アンリさん。
そう、私は皇女様と皇子様の担当になってしまったのです。本当はミナが担当するべきなのですが、カルさんとクリスさんと一緒が良い、何て駄々を捏ねるのでゆずってしまいました。ああ、偉いです私。さて、現実逃避のためにも、今日何があったのか思い出すことにしましょうか。
学校の案内をするので授業が免除になりまして、嬉しくってたまらないのですが、不真面目な子だとユーリさんに思われてしまっては困るので真面目な顔を保ったまま、皆さんを連れていつも通り登校しました。
「懐かしーっ!」
昔住んでいたところの学校を思い出す、何て楽しげな皇女様を簡単にあしらって、美しすぎて衆目を集めるミレーユさんを引っ張って校長室へ挨拶に行きました。普段の登校時間に合わせた関係で、私はミナやマルクよりも少しばかり遅かったのです。ミナは隣の家ですから同じ時間でもいいはずですけれどね。
皇女様、皇子様と校長がぺこぺこと大人の挨拶をしている間、暇を持て余した私はユーリさんとお話してみたかったのですが、肖像画や奇妙な置物に興味を示すミレーユさんの相手をしていたのでお話しできませんでした。何だか嫌いです、ミレーユさん。
「校長先生に、どこでも好きに見て回って良いって言われた」
そう皇女様が言うので、一日かけて校舎を一回りすることにしました。明日は私たちと一緒に授業を受けていただくので、それに支障が出ない程度にしたいものです。
「まずは図書館に行きましょうか」
一か所だけ離れた別館にあります、先に回っておくのが得策でしょう。
***
「すごーい」
図書館の硝子戸を開けて入って、当たり前ながらに本がずらりと並んでいます。早速楽しそうな皇女様を右目で見つめながら、無表情なユーリさんにお聞きしました。
「本は普段読まれますか?」
「……まあ、少し」
何故訊いてきたのか、とでも言いたげな顔をされました。そう邪険にしないでください、あなたが好きなだけなのです。
そして、話題の広げ方が見つかりません。何か話題がないか、と辺りを見回します。こういう時に限ってなぜ企画をやらないんです?
「ね、ユーリ! こっち」
あーもう、お呼びがかかってしまいました。こんな短時間では心の掴みようがありません、いかがいたしましょう。
「サヨさんは普段本を読まれますか」
あなたは呼んでいませんよ、と言いたいところをぐっとこらえて、話しかけてきた皇子様に応えます。
「……あまり」
良く言われる。私が大人しくって可愛いのがいけないのだろう、『てっきり本を読むんだと思ってた』とか、『頭良さそうなのに』とか。残念ながら私は頭が良くないし成績は悪い。おまけに本は読まないし惚れっぽい。全くいいところはないけれどとっても可愛い。それじゃ駄目なのか。
「そうなんですね。本は読んだ方が良いですよ」
知っていますよ。今までに出会ってきた人は皆そういいます。あのミナだって。
「自分がどれだけ馬鹿なのかがはっきりとわかります。どれだけ小さいのかがわかります。『自分は足りなくって足りなくって仕方がない』って思い知ります」
……。
何が言いたいんです?
お説教がしたいのならこんな時に言わないでほしいですね。あとでゆっくり聞きますから黙っていてください、何て言う気分です。はあ、ほんの少しだけ皇子様が嫌いになりました。
「かと言って、知識で太り過ぎてもいけない、何て言うのは悪戯に混乱させてしまうだけですか」
まるでわたしを擁護したいかのように、ミレーユさんが言ってきます。別に味方になってくれなくってもいいですよ。
「いえ、それも真理です。『あくまで本は本でしかなくって自分じゃない』たった一つそれがわかっていれば、太りすぎることもないでしょう」
わかりにくいですね。そんなこと誰もがわかっているでしょう。巷で放映されたりしている、造り物のお話に影響されて刃を振りかざす、愚かな若者たちのニュースは日々流れてきます。それとも、わからない人間が居るとでも言うのですか?
「現実でも、一緒です」
ん。皇子様のお話がまた説教モードに入りそうです。謙虚な振りをして耳をふさぎましょう。これが私のやり方です、少しばかりは賢いでしょう?
「自分に都合のいい夢を見る人は世界にたくさんいますけれど。『結局その夢は夢であって自分は成れない』そうわかっている人はどれくらいいるんでしょうね?」
……。
知りません。けれど、夢を見る人が一定数居るのは事実でしょうね。
訊きたくなかったのに耳に入って、知りたくなかったのに理解していました。こういう時は逃げるが勝ち、わからない振りをします。
「私たちは良く知っていますよ。こんな村育ちですもの」
嘘ですよ、嘘です。
だって私はまだ夢見る少女で恋する乙女ですから。
「……」
まるで見透かすような顔をして、サルフィさんが私を見つめます。見つめ返すのも興がないようで、それでいて目を逸らしてしまっては人が無いようだから、目を閉じました。
すん、と鼻の先に本の香りが漂ってきて。この匂いが実は嫌いなんだよな、と思いました。
運動場の方から子供たちの声が聞こえるので耳を澄ませます。私は案内者としては不適合だなって思いながら、勝手なことを考えます。
ビーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「!?」
あまりに聞き慣れない音がしました。年に一回、聞くか聞かないか怪しいくらいのサイレン。それも予告された心に余裕のある瞬間にのみ聞く音で
っどくん
虫の知らせとでも言うべきでしょうか、心臓が一拍鳴った後、地面が鳴りました。
地面が揺らぎます。立って居られなくて膝をつきます。右に見える白い木でできた本棚がぐらついて、本がころりと転げ落ちて来ました。こっちには来ない、とわかりましたから避けません。それに、何だか当たってもいいような気がしました。だって、中ったのなら——
私は誰かに心配してもらえますから。
馬鹿らしい。
「サヨさん!」
名前を呼ばれて、気づいた時には黒い髪が前に来ていました。ふわり、といい香りが漂ってきて、目の前が見えなくなります。
「皇女様?」
名前を憶えていました。ですが、こんな時になっても何だか呼べなくって、ぎこちない口調でそう言いました。反応はありませんでした。
揺れは収まったようですが、船に乗っているようで未だ落ち着きません。それに、皇女様が私を抱きすくめるようにしているせいで身動きが取れないのです。
「あの」
私は、どいていただけますか、何て丁寧なのかそうでないのかわからないように気持ち悪い言葉を吐いて、
「ああごめん」
何て嘯いた皇女様が動きます。
彼女が動いて、私の目に映ったのは。
様変わりした図書館でした。
かなり揺れたから妥当ではありますが、本が散乱しています。さっき私が見ていた白い本棚は若干倒れかかっていて、上の方の段の本はすべて落っこちていました。
「大丈夫だった?」
皇女様に心配されて、ほんの少し顔が熱くなるのを感じながら
「はい」
とはにかむと、彼女はにっこりと大輪の笑顔を咲かせました。その様子は可愛らしかったです。——けれども、私は彼女のことが好きにはなれないのです。
「大丈夫か」
林立する本棚の向こうから顔を出したユーリさんに私の眼は一瞬釘で止まって、でもすぐに離れました。だって、彼の眼は私を見ていなかったから。
どうして、あなたはいつだって彼女を見ているんでしょう。
まるで、彼女以外に大切なものは無い、とでも言うように。本当、癪に障って心がふらふらします。苛立つ、とも言うのでしょうかね。
「サヨちゃん、何かあったの」
村が狭すぎて、司書の先生と私は知り合いです。珍しく(このような言い方は最近よろしくないんでしたっけ)男性が司書をこの学校では務めていて、実は私の従兄だったりもします。
「いいえ。今、皇女様たちが見学にいらっしゃっていただけです」
「それは大事件だよ」
ふと、何故『皇女様たち』と言ったのだろうと思いました。だってここには『皇子様』だっているので、私はそう口に出したって良かったはずです。
それはニュースでも新聞でも、何でも同じです。話題に上がるのは『皇女様』で、『皇子様』はいることだって話題にされません。一体何故なのでしょう。
「今教師の方から連絡が来てね。かなり大きな地震だったから、とりあえず全員校庭に避難するように、だって」
妥当な判断ですね。訓練の時もそう習った覚えがあります。最も『皇女様たちが学校を訪問した際に案内役を任せられ、図書館を案内していた時に地震に遭遇した場合』何て事は教わっていないので、最適解は解りませんが。
「皆さん怪我はありませんか」
私が言うべきことを言ってくれて、さすが年上だな、と思います。こういう言葉がスムーズに出るのが大人なのでしょう。スマートな大人になりたいものです。もっとも、こんな願望さえも皇子様にかかれば『夢』と一蹴されてしまうのでしょうけれど。
「大丈夫です」
「俺もだ」
「わたくしは問題ありません」
「僕もです」
四人が口々に答えて、従兄が少しの間ミレーユさんに見とれます。止めておきなさい、あなたとは釣り合いません。
「そうしたら、私は皆さんと校庭に行きます」
「うん、そうしなよ」
学校では丁寧に振る舞ってくださいと言っているでしょう。叱責を込めた目を向けてから、図書館を後にしました。さっきまで運動場から聞こえていた楽しげな声は止んでいます。
「急いだ方が良いかな」
皇子様がそんな風に呟いたので、それを汲んで急ぐことにしました。私はお淑やかなので走りはしませんが、早歩きくらいはするのです。校庭へと砂利の道を突っ切り、各クラスが整列している横にこっそりとくっつきます。隣に並んだ一年生と目が合って、少しだけ肩身の狭い思いがします。何でこんなに大きな人が隣に来るんだ、という目です。そんな目もそっちのけの皇女様たちが羨ましいくらいです。後ろを振り返ってユーリさんの顔を確認し、出来ればお話したいですね。出来たら苦労していませんが。
「ウェスターさん、皇女様たちは無事?」
駆け寄ってきた担任教師が私に確認します。どうやらずいぶん気を張っていたようですね、お疲れ様です。
「はい、大丈夫です」
私がそう返答すると、教師は随分ほっとしたようでした。成程、やはり大人はそういうことを気にするのですね。
「リサ」
ユーリさんの声が耳の後ろで聞こえてぞわりとしました。これは良い方のぞわりです。ただ、呼ばれたのが皇女様の名前な点は良くありませんが。
「背中、大丈夫か」
一体何のお話をしているんでしょうか。さっき走ってくるときにぶつけるところなんて有りましたかね。あるとしたら木の枝くらいですけれど……。
「大丈夫。そんなに痛くなかったし」
「……」
背中なら見せるわけにもいかないでしょうね。もし本当に心配するべきなほどだとしたら大変です。うちのおばあちゃんが持っている薬でも塗ってもらいましょう。あれはよく効くんですよ。一体何でできているかは知りませんが。
[あーマイクテステス]
……。メガホンで聞こえた覚えと言うのはありませんね。
[皆さん、避難お疲れ様です]
うちの校長はこういうところがあって駄目ですね。お疲れ様って何ですか。
[えーただいま発生した地震ですが、二次災害の誘発はありませんでした]
確かにそろそろお昼時です。調理室が爆発などしていなくて幸いです。
[ですが、皆さんのおうちの方ではどうかわかりません]
……。まどろっこしい。
[ですので、本日は午後を——]
後半は聞こえませんでした。恐らくタイミングを間違えているであろう叫び声が響いて(休校が嬉しい下級生です)、それを抑えきれないうちに校長がさっさと壇を降りてしまいました。訓練であれば飽きるほど喋るのに、やはりこのような方は本番に弱いのですね。
「よーっす」
横から走ってきた影に目を遣ると、カルさんたち四人を連れて、ミナが立って居ました。後ろの方にはマルクたち一行の姿も見えます。
「何か、皇女様一行を連れて来いって。うちら帰れないっぽいよ」
あら本当ですか? 折角みんなは休校になったというのに、つれないですね。
「ねー。だからさ、とりま集まっとけって」
追って指示を出す、と言うようなことでしょうか。連絡をしようにもご一行は既に談笑を始めています。何をそんなに話すことが在るのでしょうか。
「すごいね、皇女様」
ミナが少しだけ声を低めます。マルクが可哀相に一人で立って居ます。顔には『疲れた』と書いてありますね。
「何が?」
私もミナと同じものを見ているはずなのですが、ミナが称賛するほど素晴らしくは思えません。
「あんなにたくさんの人の中でさ、真ん中に居るんだよ」
言われてみてみると、確かに皆さんが皇女様を取り囲んでいるようにも見えます。
「各自で話しながらさ、確実に皇女様が真ん中なのってすごくない?」
まあ、確かにそうかもしれません。それだけ中心人物、という事ですか。
「あれだけたくさんの人、私はまとめられる気がしない」
自分の心でさえまとめきれないのに。
人の上に立つなんてできそうにない。
「確かにねー」
ふんわりとミナに同意されました。あまりにもふんわり過ぎて逆に返事ができず、会話は途絶えてただご一行を見守ります。暇な時間と言えばそうですが、思う存分ユーリさんが観察できる千載一遇のチャンスでもあります。
と、後ろから砂利を踏む音がしました。校庭に並んでいた生徒たちはぼちぼち教室に戻り始めています。早く帰りたいのならこの動きをもっと早くすればいいと思います。
「シャギールさん」
ミナが勢いよく振り向きました。私だって突然名前を呼ばれたらそうなります。
「もう、今日は良いですよ」
後ろに居たのは校長と担任でした。校長をこれほど近くで見たのは初めてです。
「え? もう良いって」
どういうことですか、とでもミナが訊こうとしたとき、校長が随分冷ややかな目をして言いました。
「もう帰って大丈夫です。皇女様たちとは私たちの方で話があります」
『話があります』だなんて、明らかに不穏な雰囲気です。私だったら絶対に行きたくありません。ですが、まあ私ではありませんから好きにしてください。
「でも……」
「村長さんの方から帰りに迎えを寄こすとご連絡が来ています。どうぞ」
よく考えれば当たり前です。こんな子供三人にVIPの応接を任せること自体が間違っているのです。
「ミナ、帰りましょう」
下手に反抗したっていいことはありませんし、私は帰りたいです。そう思ってミナの手を引くと、彼女は不満そうな顔をしながら私に並びました。
「それでは」
慌てて追ってくるマルクを無視して背を向け、荷物を取りに校舎へ向かいます。
「ねえサヨ、いいの?」
「何が?」
「置いてって」
「校長が良いというのだから」
「でも」
「おじいさんも賛成したという事でしょう」
確かにどこか不信感は拭えませんが、大人の決定に従わないのは馬鹿のすることです。
***
「……」
不満そうなミナを連れて(全然喋ってくれませんでした)、帰路につきました。一緒に帰って来はしましたが、途中でマルクとは道が分かれるので、情報共有などをすることはできませんでした(残念ながら)。
「また明日会いに行こ。明日はほら、授業体験だから」
一日休んだから授業が分からなくなるかもしれません。困りました、これは。
「……そうだね」
うん、とほんの少し笑顔を見せてくれたミナに安心します。いつも通りに挨拶をして玄関の前で別れ、誰もいない家に入りました。でも、今日は寂しくありません。
「ただいま」
挨拶だってしちゃいます。
好きな人ができると日々は輝きます。
私は今、幸せなのです。
☆☆☆ 誰かさんたちの会議
「だからぁ、やっぱり地下だってェ」
「地下? まあ、それだったら地震っつーのに訳が付くか」
「はいはーい、地震ってなにー」
「地面が揺れることよ」
「違うそうじゃない。正確には地殻変動の影響で」
「難しいことはやめにしましょう。要はこの村の地下に何かが眠ってるんですよね?」
「そうなるね」
「何かと言えば、それはやはり」
「『秘宝』ってことになるんじゃないですか?」
「これは探してみる価値がありそうだね」
「問題は、どこを探すかでしょうか」
「それっぽい遺跡とかありますかね」
「うーん、ミナさんたちに訊いてみる?」
「大人たちは頼りにならなそうだよね」
「あれは大臣側だと思うよ」
「じゃあ、あの案内役の二人ね。今日こっちのグループについていた男の子は数合わせだそうから」
「貧乏くじってわけか。俺みたいに」
「なによそれ、あたしの護衛が不満なの」
「いや? 別に」
「はいはい、それは良いとして。そしたら、『地下に埋まっている何か』を探すって言うのが目的になるわけだね?」
「そうですね」
「じゃあ、アプローチは二つだな」
「一つが『地下に通じる史跡を探す』、もう一つは『地下からの魔力反応を探す』だねっ」
「ええ、同意見よ」
「これは俺たちの出番だな」
「今日は宿舎から出ないで捜索してみるよ。もういくつか座標はインプットしてあるから」
「仕事速いねー。それじゃ、お願い」
「りょーかい。定例会議、終わり?」
「うん! お終いでーっす」
次の更新予定
毎週 月曜日 12:00 予定は変更される可能性があります
皇国のしがない村娘ですが、皇女様の護衛を好きになってしまいました フルリ @FLapis
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。皇国のしがない村娘ですが、皇女様の護衛を好きになってしまいましたの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます