2-66:剪定の勧め


「アオギリ様、おはようございます!」

「うむ、おはよう。元気で良いのう」

 奥の池で目覚めたアオギリ様は、去年と同じく今年生まれた子供たちを言祝いだ後、本殿を通って拝殿の方へと顔を出した。

 境内で待っていた村人たちが集まり、口々に挨拶するのを笑顔で受け、アオギリ様はゆっくりと人々の中を歩いて回る。

 はしゃいで纏わり付く幼い子供たちの頭を優しく撫で、年寄りを労い、冬に結婚した、という若者たちに顔を綻ばせて祝いを述べる。

 アオギリ様が村人に愛され、また村人を愛していることがよくわかる姿だ。

 空たちもアオギリ様に挨拶する機会を境内で待っていた。やがてアオギリ様は幸生の姿を見つけて笑みを向けた。

「米田の、息災か」

「アオギリ様、おはようございます。おかげさまで大過なく」

「そうか、それは重畳……」

「アオギリ様、おはようございます」

「おはようございます!」

「ホピピピッ!」

 幸生に続いて雪乃と空、そしてフクちゃんがそれぞれ挨拶すると、アオギリ様は頷きつつも空をじっと見下ろして首を横に捻った。

「どうかなさいましたか?」

「うむ……そうさの、主らはちと後で残ってくれ。話が聞きたい」

 その言葉に幸生と雪乃の視線が空の方に向く。空は少々気まずい気分で、自分の胸を見下ろす。今は服の下にあるお守りが、一瞬、小さく震えたような気がした。


 アオギリ様の目覚めを見届け、挨拶をした村人たちはそれぞれ帰宅していった。皆これから家に帰り夏の準備をするのだ。

 空たちは境内の端でそれを見送り、人がすっかりいなくなった頃合いでもう一度拝殿に向かった。入り口の傍に傘や雨合羽を置かせてもらい、拝殿へと上がる。

「おお、来たか。どれ、こちらへ」

 拝殿に上がると、その奥でアオギリ様が座布団に座り一家を手招いた。それに応えて、幸生を先頭に三人と一羽はアオギリ様の前に正座で並んだ。

 アオギリ様はうむ、と一つ頷くと空の方を見る。

 そしてその頭の上の鳥を見て首を捻り、それからついと手を伸ばした。

「空、守り袋を」

「あ、はい」

 空は首に掛けた紐を引っ張り、そこに下がった二つの袋を取り出す。それをアオギリ様の手に乗せると、アオギリ様は神社のお守り袋を手で摘まんでしばし吟味した後、それを戻してもう一つの袋をツンとつついた。

「これ。出てこい。寝たフリは止めよ」

「……」

「出てこぬというのなら引っ張り出すが、如何する?」

 アオギリ様がもう一度ツンと袋をつつくと、小袋が慌てた様にピカリと光る。

 そしてそこからシュルリとテルちゃんが姿を現した。テルちゃんはアオギリ様を見るやピャッと跳び上がり、空の後ろに素早く逃げ込んだ。

「ほう……木霊か。ふむ、空や、我が寝ている間に何があった?」

「えっと……」

 空がどう説明したものか、と口ごもると、雪乃が声を上げた。

「アオギリ様、それは私から――」

 雪乃は、アオギリ様が眠った先の冬の間に起きた出来事について、丁寧に説明した。

 嵐によって倒れた古木から逃げ出したものがナリソコネになったこと。それが明良と共鳴し、呼んでしまったこと。呑まれ掛けた明良を空が身代わりになって助け、ナリソコネと契約し、それを精霊へと変えたこと。

「そうか……この冬にそんな事がのう。明良は息災だったようだが、間に合うたのか」

「はい。家族の力でどうにか魂の傷も癒やすことができました。まだ僅かに不安定な部分も残りますが家守がついていますし、もう一つ二つ季節が巡れば元以上に元気になるでしょう」

「それなら良かった」

 アオギリ様はそう呟いてホッと息を吐く。

 空はそんなアオギリ様に、済まなそうに頭を下げた。

「アオギリさま、ごめんなさい。ぼく、アオギリさまのいうこと、まもらなかったの……」

「……うむ。だが、空はそれが友を守るために必要だと感じたのであろう?」

「うん。ぼくがぼくなのは、きっとこのときのためだって、おもったよ」

 空がそう言うと、アオギリ様はふ、と笑って手を伸ばし、空の頭を優しく撫でた。

「それなら、それがそなたの運命だったのであろう。勇気を出して、偉かったな。よくやったぞ」

 アオギリ様はそう空を褒めてくれた。それにホッとして、空は思わず笑みを浮かべる。アオギリ様はにこりと微笑み返すと、その視線をすっと空の後ろからちらりと見えるものに向けた。

「ピャッ!?」

「これ、逃げるでない」

 途端に逃げようとする小さな体を、大きな手がむんずと掴んで引きずり出す。葉っぱの帽子の茎のような部分を掴まれ持ち上げられたが、帽子はテルちゃんと一体らしく脱げたりはしない。テルちゃんはジタバタと暴れたが、離してもらえないことがわかると諦めたようにだらりと力を抜いた。

「ふむ……木霊に見えるが、ちとおかしなものだの。依り代が木から石へと変わったせいか? それとも、空の名付けのせいか?」

「テルちゃんは、てるたままよひこってつけたの! まよえるたましいをてらすっていういみだよ!」

 空がそう言うと、アオギリ様はううむ、と一つ唸った。

「なるほどの……そのような名をつけたのか」

「テ、テルハ、ワルイセイレイジャナイヨ!」

 テルちゃんは手をピコピコと動かし、目をパチパチして可愛い精霊である事を懸命にアピールしている。アオギリ様はそれを見て首を横に振った。

「それは心配しておらぬ。空の心が悪しき方に傾かぬ限り、契約している精霊も傾かぬ。だが、ぬしはちと制約が緩いようなのが気になるな」

「せいやくって? テルちゃんはぼくをたすけてくれるともだち、っていうのじゃだめだったの?」

「ダメジャナイヨ! チャントタスケテルヨ! ヨイトモダチダヨ!」

 必死で言いつのるテルちゃんを見て、雪乃は苦笑を浮かべた。

「テルちゃんは確かに、矢田家の家守のウメちゃんを起こしてくれましたわ。他にも、孫の陸の迷いを晴らす手伝いをしたり、善三さんの竹林を救う手助けをしたりしています。ただ思ったより能力が高く、私たちが想像しないようなことをしでかすようで」

 それを聞いてアオギリ様はしばらく考え、それからテルちゃんを床に下ろして解放してやった。

 テルちゃんは解放されるや、再びピュッと空の後ろに逃げ込んだ。

「テルとやら。ぬしが悪しきものであるとは思わぬ。だが迷える魂を導くのはほどほどにせよ。名に負うた役目を果たせば果たすほど、ぬしは強くなろう。だがそれは空の成長に合わせたものでなければならぬ」

「デモ、ソレガテルノオヤクメダヨ!」

「空の友であるほうが大事な役目ぞ。ぬしが先に強くなりすぎれば、空の負担になる。友を守る為だぞ」

「……ハァイ」

 テルちゃんはそう言われて、頭の葉っぱをしおしおと下げながら頷いた。

「枝葉を伸ばしすぎた木は剪定されるものだ。我の縄張りに住まうなら心得よ」

「ワ、ワカッタヨ!」

 テルちゃんは剪定されたくないと、ぷるぷる震えながら何度も頷いた。空はその姿を見て少し反省をした。多分本当なら精霊との契約というのはもっと細かい取り決めややり方があるものなのだろう。それを空は知らなかったし、名付けも適当すぎたのかもしれない。

「アオギリさま、ごめんなさい……ぼく、なんかまちがったんだね」

「いや、間違ったということはない。何というか……恐らくは空の意思がはっきりしすぎていたのだろうな。フクのように、もっと単純な名や簡単な役割を与えておったのなら、それもそういうものになっていたはずなのだ。もう少し弱く、小さく、単純なものに。だがそなたが与えた名がちと強すぎたのだな」

「ツヨイノハ、イイコトダヨ!」

 空の後ろに隠れながらも、テルちゃんはそう主張する。アオギリ様は呆れたようにため息を吐き、それからまた空の頭を撫でた。

「強いのは悪いことではないが……強くなりすぎて言うことを聞かなくなるようなら、また連れてくるがいい。我がちと剪定してやろう」

「はい!」

「ハイジャナイヨー!!」

 震えるテルちゃんは置いておいて、その後はとりあえず今日はこれで帰ってよいことになった。荷物をまとめ、アオギリ様に挨拶をして拝殿を出る。

 テルちゃんは置いて行かれまいとしっかりと空の背中にしがみついている。短い手足でどうやってくっついているのか謎だ。

「テルちゃん、あるきづらいよ」

「テルハ、ソラカラハナレナイヨ!」

「はいはい……あ、アオギリさまー!」

 空が思い出したように振り返ると、アオギリ様は拝殿の入り口で一家を見送っていた。

「うむ、どうした?」

「ぼくのきょうだいがきたら、みんなであいにきてもいい?」

「おや、兄弟が来るのか。うむうむ、連れておいで。歓迎しよう」

「ありがとう!」

 にこやかに歓迎すると言われて、空は嬉しくなってアオギリ様にパタパタと手を振った。

 家族が来たら、きっと皆を連れてこようと空はうきうきと歩き出す。

 背中のテルちゃんは嫌そうに呻いていたが、空は笑顔で聞かなかったことにしたのだった。

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