2-40:謎の先生

 結局その後、泰造はすぐに戻っては来なかった。

 友達に鬼ごっこに誘われた明良を見送り、空は気を取り直して部屋の中で遊ぶ班の一つに入ることにした。

「じゃあ、皆で折り紙を折りましょうね。好きな色の折り紙を一枚ずつ取ってね!」

 テーブルと先生を囲む子供たちが、それぞれ手を伸ばして好きな色の紙を取ってゆく。空も一枚、水色の紙を手に取った。

「じゃあ、今日はこれで鶴を折るんだけど、その前に紙の裏に、この模様を描きます」

 そう言って先生は描く模様の見本を皆に見せた。

(風車の時のと一緒かな? ちょっと違う?)

「せんせー、そのもようなに?」

「これはねぇ、棒や糸で繋がってなくても、魔力を受け取ることが出来る模様なのよ」

 思ったより高度な話になってきたようだ。

(風車は棒から魔力を流してたけど、これはそうじゃないのか……)

 先生は自分でも折り紙を一枚手に取ると、そこに筆でささっと模様を描いた。そしてそれをサッと乾かし、パタパタと鶴を折ってゆく。その手つきは慣れたもので、あっという間に折り紙の鶴が完成した。

 先生はその羽をぐっと開くと手の平に載せ、皆に見せた。

「見ててね。これに魔力をほんのちょっとあげると……」

 手に載った鶴が一瞬キラッと光ったかと思うと、それはふわりと手の平から飛び立った。

「あ、とんだ!」

「ふわぁ……」

 鶴は宙を舞い、見上げる子供たちの頭上でくるりくるりと円を描く。

「こういうのをお手紙にして、お家の人が飛ばしてるの見たことないかな?」

「あるー!」

「ままがやってる!」

「わたしもやりたい!」

 皆が元気に返事をすると先生は笑顔で頷き、皆の前に子供用の小さな筆と赤い絵の具が入ったお皿を配った。

 空はわくわくしながらその筆を手に取り、見えやすい場所に貼られた見本をじっと見てから絵の具をつけた。

「んしょ……まる、むずかしい……」

 大きな丸を真ん中に描いて、それからそこに模様を足していく。最近空はクレヨンでよく絵を描いていることもあり、少しずつ描くのが上達してきた。

 丸の端が多少歪んだがどうにか似た模様を描き上げ、空はそれを先生に見せた。

「せんせい、これでいい?」

「どれどれ……うん、いいね! じゃあ後は指に絵の具をちょっとつけて、紙の端っこにぽちょっと押してみて!」

「えのぐを、ゆびに……」

 どの指でも良いと言われたので、空は皿の絵の具に人差し指をちょんとつけた。それから紙の端にその指をぎゅっと押しつける。

「うん、上手! じゃあ、次は皆で鶴を折るから、描き終わるまでちょっと待っててね!」

「はーい」

 空は皆が模様を描くのを眺めながら大人しく待った。眺めていると隣の男の子が中に描く線の一つを反対向きにしようとしたので、そっちじゃないよ、と教えて指を差す。

「そらくん、ありがと!」

「うん!」

 ちらりと彼の名札に視線をやると、こうた、よんさいと書かれていた。この子とはたまに同じ班で遊ぶことがあるが、実はまだ名前を覚えていなかった。

(子供の人数が結構多いし、年もごちゃ混ぜで皆好きに遊ぶから、全然憶えられないんだよね……)

 子供たちの顔や名前を頑張って憶えようとは空も思うのだが、まだ新しく仲が良い子も出来てはいない。空とあまり変わらないくらいの身体能力で、出来ればインドア派っぽい子と仲良くなれたら良いな……と探しているところだった。

 とりあえずこうたくんをそっと友達候補リストに入れたところで、他の子供たちが模様を描き終わったので今度は折り紙をすることになった。

「折れる子はどんどん折ってもいいからね。わからない子は、先生と一緒にゆっくりやろうね!」

 先生はそう言って、まず三角に折って、それからもう一回……とゆっくりと子供たちに実演しながら教えてゆく。

 空はそれをしばらく眺めていたが、折り紙の鶴ならちゃんと自分で作れそうなことを再確認して、目の前の紙を折り始めた。

「さんかくで、もっかいさんかくで……んで、ひらいて……」

 手が小さいため動きは辿々しいが、空の中には前世による知識が残っている。鶴の折り方くらいは知っているし、端をきちんと揃えるなどといったコツも覚えているので、順調に鶴は折り上がった。

「できた!」

 やがて水色の鶴は思いの外きちんと折りあがった。

 今世で初めて折ったわりには上手いんじゃない? などと内心で自画自賛していると、他の子供たちの作業も徐々に終わってゆく。

「皆自分の鶴は折れたかな? 折れてない子いる? 大丈夫そうね! じゃあ、羽を広げて飛ばしてみようか」

 先生は自分の折った鶴を一つ手に取り、さっき見せたのと同じように手の平に載せた。

「魔力を少しだけ流すんだよ。ほんの少しだからね」

 先生の注意にはーいと返事をし、子供たちは思い思いに自分の鶴を手の平に載せ、魔力を込める。

 空も同じように手の平に鶴を載せて、魔力を流してみた。

「ほんのすこし……」

 少し、少しと呟きながら僅かに魔力を流す。ここで流しすぎると紙を燃やしたり焦げ付かせたりするのだと、保育所に通い始めてから何回か同じような事をやった空は学んだ。

 ほんの少しの魔力が移動するように、と念じながらじっと見つめていると、じわりと移動した魔力が鶴をほんのり包み込んだ。

 鶴はその魔力を受け、ゆっくりと宙に舞い上がる。

「あ、とんだ!」

 飛んだことが嬉しくて思わず声を上げると、途端に鶴がふらりとバランスを崩して落ちそうになった。

「あ、あっ、だめ!」

 慌てて意識を集中させると、またふらりと鶴が浮き上がる。その後はどうにか飛行を維持することが出来るようになった。

「皆の鶴は飛んだかなー? 回れとかまっすぐ行けとか、念じると動いたら成功だよ」

「とばなーい!」

「せんせー、もえた!」

「どっかいっちゃった……」

 子供たちの作品はそれぞれ個性的で、全く動かないものから燃えてしまったもの、すごい勢いで飛び上がってどこかに消えてしまったものまで色々だ。

 空の鶴はちょっとふらふらして軌道が安定しないが、空が念じた方向に辿々しくも曲がり、かろうじて旋回を繰り返している。

「空くん、上手に出来てるね!」

「えへへ、ありがとう!」

 先生に褒められて、空はちょっと照れくさそうに微笑んだ。


 不思議な折り紙が一段落したので、この班は一度解散となった。まだやりたい子や再挑戦したい子がその場に残り、飽きた子は他のところへ向かってゆく。

 次はどうしようかな、と立ち止まって考えていると、空のお腹がくるると小さく鳴いた。おやつの時間か、と時計を振り向くと確かに十時が近い。

 すると教室の入り口から幸江が顔を出し、空の名を呼んで手招いた。

「空くん、あっちでおやつにしようか」

「はーい!」

 空の事情は保育所側にもちゃんと伝わっているので、雪乃が持たせたおやつをこうして十時に食べさせてくれるのだ。

 空は幸江と一緒にまず手を洗いに行き、それから教員用の休憩室へと移動した。

「あ……」

 するとその部屋には、さっき幸江に連れて行かれた泰造が椅子に座って書類を広げ、何か作業をしていた。

「はい、空くん。おやつをどうぞ。泰造、見ていてあげてね。あとちゃんと謝るのよ」

「うぇい……」

 雪乃が用意したおにぎりの包みを幸江に渡され、空はそれを受け取って椅子に座らせてもらう。

 するとテーブルの向かいに座っていた泰造が立ち上がってどこかに行き、コップにお茶を入れて出してくれた。

「あ、ありがとうございます……」

「うん、食べてどうぞ」

 ちょっと緊張しつつお礼を言うと、意外にも泰造の声は優しく穏やかだった。

 促されて包みを解き、出てきた竹籠の蓋を開けると中には雪乃特製の大きなおにぎりが四つ入っている。それを見て空はパッと顔を輝かせた。

「いただきまっす!」

「……どうぞ」

 手をパチンと合わせて元気よく言うと、泰造が律儀に返事をしてくれた。声が小さいのは、別に自分が用意したご飯じゃないのに言っても良いものか……とか考えていそうな雰囲気だ。

 空はどれから食べようかと少し悩んで、一番手前の海苔が巻かれたおにぎりを一つ手に取った。

「んむ……おいひい!」

 食べたおにぎりの中身は筋子だった。これも空が大好きな具の一つだ。しょっぱさと筋子の旨味がご飯とたまらなく合う。これだけもう五個くらい食べたい気分だ。

 瞬く間に一つ食べきって次はどれにしようかと空が悩んでいると、黙ってそれを眺めていた泰造がぼそりと口を開いた。

「あの、さっきはごめんな。取り乱して……」

「あ、ううん、だいじょぶ……えっと」

 先生は何故あんなにいきなり取り乱したのか、と聞こうとして、空はハッと気がついた。

(そういえばあの時、この人何か結構重要そうなこと言ってなかった? 確か……異世界のサラリーマンって言ってた気がしない!?)

 あの時は泰造の突然の奇行に驚きすぎて、何を言っていたのかを気にするどころではなかったのだ。あと確かヒヨコの鑑定士がどうとか、そんな事も言っていた。

「んと……たいぞーせんせいって、ほんとにせんせいなの?」

「う……い、一応、資格はある。非常勤だけど……」

「じゃあせんせい、なんでさっき、じたばたしたの? ぼく、なにかした?」

 おにぎりを片手に持ちながら、恐らく目があるであろう場所を空が見上げると、泰造はうっと呻いて言葉に詰まった。

「ぼくがなにかしたなら、ごめんなさい……」

「ぐっ!?」

 空はしゅんと肩を落とし、小さな声でそう呟いた。

 罪悪感に訴えかける少々あざとい作戦だが、効果は覿面だった。泰造は思わず胸を抑え、罪悪感に耐えるように俯くと首を横に振った。

「いや、謝るな! お前は悪くない! 俺が悪いんだ……俺が勝手に人の前世まで鑑定しちまう超有能な鑑定士なばっかりに……!」

「かんてーし……?」

「うっかり勝手に見ちまった俺が悪いんだ……! だから俺はヒヨコのオスメスを鑑定する仕事につきたいって言ってんのに田舎じゃそんな需要ないし、仕事が暇そうだと母ちゃんがここに……!」

 泰造の苦悩を聞き流しつつ、空はおにぎりを囓りながら鑑定士という言葉について考えた。

 空の前世で鑑定士と言えば、骨董品や宝石などの価値や品質を評価してくれる職業だった。ヒヨコの雌雄を判別する鑑定士も確かに仕事としてあったと思う。

 だがそれとは別に、人の能力などを鑑定できるというのは、ファンタジーではよくある話だった気がする。多分泰造はそちらの方なのだろうと、話の流れから何となく想像がついた。

(鑑定なんて、そんなファンタジーな能力もやっぱりあるんだぁ)

 空は三個目のおにぎりを食べきり、感心したように息を吐いた。

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