2-41:残念な男

「たいぞーせんせいは、いろんなひとのことが、みるだけでわかっちゃう?」

「ああ……俺は『森羅万象』っていう特殊な能力があって……知りたくないのに見ただけで大体のことはわかっちまうんだ。気になるあの子の意中の相手から、声を掛けてきた美人が美人局だってことまで、うう……!」

 泰造は何か嫌なことを思い出したらしく頭を抱えた。だがそんな言葉を子供に聞かせないでほしいと空はちょっと思う。

「じゃあぼく、どんなだったの?」

「空は……ええと、能力値は今のとこ魔力に偏っていて、他はまだ二歳児並みだが伸びしろはある……」

「に、にさいじ……」

 空はその言葉にショックを受けた。もう四歳なのに、二歳児並み……いや、魔砕村基準の二歳児なら仕方ない、とぷるぷると頭を振って気を取り直す。

「あとなんか妖精とか精霊っぽいのと契約しててそっちの方が将来有望? いやだがそれよりも気になるのは前世だ。前世が異世界のサラリーマンって、何かよくわかんねぇけどすごいかっこいい気がする!」

「さらりーまん、よくわかんないんだ……ぜんせって、どんなかんじにわかるの?」

 空が問うと、泰造は軽く首をひねり、考えながら答えてくれた。

「んーと……前世記憶(異世界サラリーマン)みたいな感じに見えるんだけど……説明が難しいな。前世の記憶を持ってる人間にある称号みたいなもんだな。たまにいるぞ」

 かっこサラリーマンかっことじ、と説明され、空はそれを頭の中で想像してみる。物語で言うところのステータス表記みたいなものだろうか、と何となく納得することにした。

「そうなんだ……ほかのみんなにはないの?」

「あるだろうけど、記憶が無けりゃ表には出てないな。そういうのはもっと意識して深く見ないとわからねぇ」

 空は泰造と話をして少しホッとした。前世の記憶があっても、泰造は羨ましいと言うだけで特にそれが変だとは思っていない様子だからだ。

「空のはどんな感じなんだ? はっきりした前世の記憶があんのか?」

 その質問に少しドキリとしたが、今更か、と空は素直に頷いた。

「ほんのちょっとだけ? でもなんか、ぼんやりしてるよ」

 空がそう言うと泰造は拳を握ってぷるぷると震えだした。そして机にバタンと突っ伏し、低く呻いた。

「ううぅぅうらやましいぃぃ!! やっぱり羨ましい! 前世の記憶持ちとか、完全に主人公じゃん! どうして俺の前世は忍者じゃないんだぁあ! こんな面倒くさい鑑定能力、全然いらなかった! かっこいいのは俺がつけた名前だけ!」

 その奇行を再び目にし、しかし空は今度は慌てなかった。何となく、泰造という人間が少し理解出来たからだ。

(多分この人は、ちょっと……すごく、変な人なんだな)

 何かすごそうな鑑定スキルを持っていて何でもわかるようなのに全然喜んでなくて、忍者に憧れてコスプレまでし、仕事はヒヨコの鑑定士が良かったと嘆く男。しかも森羅万象とかいう能力の名前は、自分でつけたもののようだ。

 紛れもなく変人だ。

 だがこの村にはかなり個性的な人が多いので、空も大分慣れている。こうして嘆くだけなら実害は特にない。

 変人が嘆く声を聞きながら、空は最後のおにぎりを手に取り、もぐっと頬張った。

 ちょっとうるさいが、ワカメご飯のおにぎりはとても美味しかった。



 空がおやつを全部食べ終える頃、ガラッと戸が開いて幸江が様子を見に顔を出した。

 そしてテーブルに突っ伏す息子を見て盛大なため息を吐く。

「またアンタは……ほら、仕事しなさい、仕事!」

 スパンと肩を叩かれ、泰造は渋々顔を上げた。空はそんな泰造を眺め、それから幸江を見上げた。

「ね、さちえせんせい。たいぞうせんせいって、せんせいのほかは、なんのおしごとしてるの?」

「泰造はねぇ、一番得意なのが、物でも人でも見ただけでその色んなことがわかっちゃうことなのよ。だから普段は役所とか農協で、輸出品や農作物の査定……ええと、村のお野菜なんかの、値段を決める仕事をしてるのよ」

(なるほど鑑定の無駄遣いだ……いや、いっそ有効活用?)

 何だかすごい鑑定能力を持っているらしいのに、普段の仕事は野菜の値付けか……と空はちょっと泰造に同情を覚えた。

「収穫期には忙しいけど、今の時期はまだ暇なのよね。だから保育士の資格も取らせたんだけど」

「俺はヒヨコの鑑定士がいいっつってんのに……ああ、ふわふわピヨピヨした可愛く情報の少ない生き物を一生眺めていたい……」

 どうやら春はまだ村から出荷する品物が少ないらしい。春野菜くらいはあるが、大体は自家用なのだろう。

「この村じゃそんな仕事に需要がないんだからしょうがないじゃないの」

 魔砕村にも養鶏農家はいるが、ヒヨコの雌雄がどちらでも育てて、ちゃんと有効活用されている。少し育てばオスメスは自然に分かるので仕事としての需要はなかった。

「だから、やっぱ都会に……」

「何言ってるの。前にちょっと都会に出たら、視界の情報量が多すぎて目を回してすぐに戻って来たでしょ。アンタには向いてないわよ」

「それって、じぶんでみないようにできないの?」

「泰造はその能力が強すぎてねぇ。こうやって前髪で視界を隠してなるべく見ないようにしてるけど、初めて見るものとかが多いと、気になった物を無意識に片っ端から鑑定してしまうのよ。おまけに使う魔力も結構多いのか、やりすぎるとすぐ魔力切れで動けなくなるし」

 空はああそれで、と納得した。

 さっきは空と初めて顔を会わせたので、つい無意識に鑑定してしまったということのようだ。

「ああもう、なかなか自由にならないし、くだらねぇことばっか見えるし、燃費悪いし、ほんっと最悪……」

 泰造はまた机に突っ伏しそうな雰囲気を出したが、幸江に背中をパシリと叩かれてどうにか堪えた。

「この村にいれば、そんなに力を使わなくて済むでしょうが! その間に、また別の新しい技でも何でも開発しなさい! ほら、もうめそめそしてないで、空くんと教室に戻って遊んでらっしゃい!」

「へぇい……」

 空っぽになったおやつの包みを幸江に渡してしまってもらい、空は泰造と共に休憩室を後にした。

 泰造はどんよりした空気を纏いながらも、教室に向かって歩いて行く。空はそんな彼を横から見上げ、ポンポンとその足を慰めるように叩いた。

「あんね、たいぞうせんせい。ぼくねー、ぜんせのきおくがあっても、あんまりいいことないんだよ」

「……そうなのか? 何で?」

「うん。だって、このむらって、ぼくがしってるとおもうものと、ちがうものばっかりなんだ。だからさいしょは、こわいものばっかりだったんだよ」

「怖い……知ってるのに、違うのが嫌ってことか?」

「うん。だってさ、たとえば、うごかないってしってるはずのはなが、うごいてかみついてきたら、びっくりしちゃうでしょ」

「それは……確かに驚くかもな。そういう事、けっこうあるのか?」

「いまでも、そういうことばっかりだよ! だから、げんきだして! ぜんせとかわかんなくても、へいきだよ!」

 空がそう言うと、泰造はその場にへたりとしゃがみ込んで頭を抱えた。

「子供に慰められるとか俺かっこわる……空は良い子だなぁ……」

 泰造はそう言ってしばらく呻いていたが、しばらくするとがばりと顔を上げて立ち上がった。

「うっし、遊ぶぞ、空! 何か楽しいことしようぜ! 忍者の絵本とか一緒に読む? 俺の一押し絵本読んでやるよ!」

「うん、あそぼー! にんじゃはまたこんどで!」

「何で!?」

 どうやら空の精一杯の慰めは、泰造の元気を出すことに成功したらしい。


 教室に戻ると、子供たちはそれぞれ班に分かれて色々な遊びをしている真っ最中だった。今からそこに交ざるのは少し難しそうな気配だ。泰造は周囲をぐるっと見回すと、腰を屈めて空の顔を覗き込んだ。

「空は何の遊びが好きとかあるか?」

「んと……ぼく、まだおにごっことか、ぜんぜんついてけないんだ。もじあてとかも、よくみえないし。だから、こうさくとかばっかりしてるよ。それはすき……かな?」

「あー……なるほど?」

 泰造は空をじっと見て少し考えると立ち上がり、教室の片隅にある棚の所まで行って何かを手に取って戻ってきた。

「空、じゃあこれで遊ぼうぜ」

 泰造が手にしているのはトランプのようなカードが入った箱だった。教室の空いている片隅に移動して二人で床に座ると、泰造が箱を開けて中身を取り出す。

 バラバラと並べられたカードには、可愛い絵柄で色々な野菜が描いてあった。

「おやさいのかーど? これでなにするの?」

「神経衰弱っていう遊び、知ってるか?」

「あ、しってる! おなじえのかーどをあつめるやつ!」

 空が知ってると言うと、泰造は頷いてカードをバラバラにして裏返しにし始める。

「それそれ。俺はなー、何でも見えちまうからそれ全然楽しめねぇのよ。でもまぁ、これはちょっと違うからな」

 バラバラに並んだカードの裏は一面の白で、手がかりになるものは何もない。

 泰造はそれらを指さして、不思議な事を空に告げた。

「これをな、まずは目を瞑って当てるんだよ」

「えっ!?」

 泰造はそう言って身につけたエプロンのポケットから、パチンとするタイプの髪留めを取り出した。端に摘まみ細工の可愛い花が付いている髪留めだ。

 思いがけぬ可愛い持ち物に、空がそれをじっと見つめると、泰造はちょっと照れくさそうに唇を尖らせ、もっさりした前髪をまとめて掴んで高く上げた。

「これなー、去年卒園した子から貰ったんだけど、たまに見に来ては使えって怒るから持ち歩いてんだ」

 そう言って泰造は上げた前髪を頭の天辺でパチリと留める。

 意外と律儀な男だと感心すると同時に、空はその子が何故そんな事を言ったのかを、露わになった泰造の顔を見て理解した。

「せんせい……いけめん?」

「イケメン? 何?」

「なんでもないです……」

 そう、泰造は何と顔が良かった。それも、ものすごく。空は陰キャ風の目隠れ前髪の下から出てきたその顔に驚いて、思わずぽかりと口を開けてしまった。

 前髪で顔の半分が隠れていても、真っ直ぐ通った鼻筋とバランスの良い唇から、造作は良さそうだなと何となく予想はしていた。

 しかしそこに彫りの深い目元が加わるとさらにすごい。

 形の良い額に整った眉、濃い睫に彩られたくっきりと二重で切れ長の目。

 泰造は、雑誌のモデルをやっても全く不思議ではないような華やかな美形だったのだ。

 可愛いお花がついたパッチン留めで髪を上げていても、それが全くマイナスになっていない。

(イケメン、ずるくない……?)

 いやでも、あの謎の変人ぶりを考えると相殺か……などと悩んでいる空を置いて、泰造はスッと目を瞑った。

 どうやら目をちゃんと瞑っているということを空に示すため、髪を上げたらしい。

「まずこうやって最初は目を閉じて、カードに手をかざして絵柄を当てるんだ」

 そう言うと泰造はカードの上にかざした手を左右に何回か動かす。そして手を止めると、一枚めくり、そこから少し離れたもう一枚もめくった。絵柄はどちらもキュウリで、当たりだ。

「すごーい、あたった!」

 泰造の顔を見上げても、確かにずっと目を閉じたままだ。

 空が驚くと、泰造は目を開けて、当てたカードを手に取って見せた。

「このカードにはそれぞれ二枚で一対になるように、ちょっとずつ違う魔力が込められてる。だから目を閉じてそれを感じて当てるっていう遊びだな」

「へぇ~! おもしろそう!」

「おう。空もやってみな」

「うん!」

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