2-35:ゼンマイ探し
「ててんててん、てんぷらてんぷら~」
草地を出た先はまた林の中だった。緩やかな斜面がずっと続いているが、見通しも良くて進みやすい。大人たちも明良も山を登るのは苦ではないらしく、足取りは早かった。
空は幸生の肩の上で通り過ぎる景色を眺めながら、上機嫌におかしな歌を口ずさんだ。
「あはは、おもしろいうた! そら、てんぷらすき?」
「うん、すき! あんね、なんでもあぶらであげると、おいしくなるんだよ! ぼくしってるんだ!」
その法則は概ね普遍であると、空は前世の記憶からよく知っている。
「素揚げにして塩もいいわよね」
「ふふ、揚げ物もいいけど、ごま味噌和えなんかも美味しいわよ、空ちゃん」
「えっ、それもたべたい……」
空はそれを聞いて雪乃の方を振り向いた。雪乃はその視線を受けて心得たと頷く。
「沢山採れたから、それも作りましょうね」
「うん!」
空が天ぷらやごま味噌和えに早くも心を馳せていると、やがてどこからか水音がしてきた。大きくはないがはっきりと聞こえるその音に、空はきょろきょろと辺りを見回し耳を澄ませる。
「かわ?」
疑問を口に出すと、空が掴まっている幸生の頭がうむと頷いて軽く揺れた。
「この先に沢がある。そこに行く」
「さわって、なにがあるの?」
「恐らくはゼンマイが……」
幸生はそう言いかけて口を閉じ、ピタリと足を止めた。そして少し考え、空をそっと肩から下ろした。
「どうしたの?」
「うむ……沢でゼンマイを探して採ろうと思っていたが、このまま行くと逃げられるか?」
「あ、そうね。子供たちを連れてゼンマイだと……私が先に行って結界を張ったほうがいいかしら」
下ろされた空が二人の相談に耳を傾けていると、隣に明良がやって来た。
「ね、アキちゃん。ぜんまいってどんなの?」
「ゼンマイは……こごみにちょっとにてるかな?」
「じゃあくるってしてるの?」
「そうそう、そんで、もっとせがたかいんだ。んで、けはいに……さとい? から、きづかれるとはしってにげるって、じいちゃんがいってた」
「へー……」
前半は空でも理解出来るが、後半はちょっと理解したくない。
だがしかしこの村の周辺には変な植物ばかりだし、今更だ、と空は気を取り直した。
「じゃあ、ちかづくとにげちゃうの?」
「そうそう。だから、けはいをけして、きょーしゅー? っていうのができないと、とるのむずかしいって」
「きょーしゅー?」
どんな字かな、と首を捻ると、美枝がクスクス笑って頷いた。
「強襲ね。要するに、気配を消して近づいて、一気に飛び掛かったり木の上から襲いかかったり、そういう技がないと簡単には採れないってことなのよ。何しろ素早いから」
素早く逃げる、と聞いて空はツクシを思い出す。
「その上一度逃がしてしまうと、急いで成長しようと無理をするから味が落ちるし、雄株は胞子を飛ばして遠くから攻撃したりしてくるから、出来れば逃がさず捕まえたいわね」
(ええ……何か、聞いてるだけでかなり面倒くさそう……)
などと空が考えていると、幸生たちの相談がちょうど終わりを迎えた。
「やっぱり私が結界を張るわね。子供たちに見せてあげたいし」
「うむ。いるかどうかは、俺が探ってくる」
幸生はそう言って歩き出そうとしたが、しかしそれを美枝が呼び止めた。
「幸生さん、待ってちょうだいな。私がここから探れるから、行かなくても大丈夫よ」
「む……」
「え、ばあちゃん、そんなことできんの!?」
「ええ。植物たちは同じ種族なら強く、それ以外もうっすら繋がっていて、周囲のことを結構よく知っているのよ。私はそれを教えてもらうの」
美枝はそう言うと沢の音がする方へ少し足を進め、傍にあった立派な木の幹に手を掛けた。
「こんにちは。少し、話を聞かせてくれるかしら」
美枝の柔らかな声に応えるように、芽吹き始めたばかりの葉や細い枝がさわりと揺れる。
木の幹に美枝が寄りかかると、木が喜ぶように微かに震えたのが空にもわかった。
「……そう。そうね、今年も、暖かくなって、気持ちが良いわね」
美枝は目を瞑り、小さな声で木と話をしている。しばらくするとパチリと目を開き、それから木から体を離して雪乃の方に顔を向けた。
「沢の斜面には芽吹いたゼンマイがいっぱいいるって。ここからもう少し上流に向かって数が多いみたい。雪乃ちゃん、筒状に片方だけ開けた結界って作れたわよね?」
「ええ、作れるわ。どっちを閉じるのがいいかしら」
「こう、半割にした竹みたいな形の結界を沢沿いの斜面の上に立てて、上流を閉じる形にしたら良いと思うのよ。それで、下流から追い立てたらどうかしら」
手を動かしながら美枝がした説明に、雪乃は出来ると頷いた。
「それなら、子供たちと幸生さんに追い立ててもらえるわね」
「やったー! おれやるよ!」
自分でも出来ると聞いて明良がぴょんと跳びはねる。幸生は空と明良を交互に見て、それから一つ頷いた。
「空はフクに乗ったらどうだ。細い沢だが一応斜面になっているし、足場が悪い。川は浅いから、フクなら中を歩けるだろう」
「そうね、空を乗せてたら幸生さんが動きづらいわね。ゼンマイは素早いし」
「フクちゃん、いい?」
「ホピッ! ホピピピピッ!」
空が肩の上のフクちゃんに聞くと、フクちゃんは任せろとばかりに高く囀り、ぴょんと地面に飛び下りる。そして、むくむくっと体を膨らませ、たちまち空よりも少し大きくなった。
「ぼくがのれるくらいで……あんまりおっきくなくても、いいかな?」
空を背に乗せていたら激しい動きは難しい。安全に皆について行けて、邪魔にならないくらいの大きさがあればいいかなと空が考えていると、フクちゃんはそれを察したのか、空がちょうど良く乗れるくらいで大きくなるのを止めた。
「ホピピッ!」
「ありがと、フクちゃん!」
身を低くしたフクちゃんにお礼を言って、空はその背に乗り込む。羽がふわふわで気持ちいいが、その下の体はみっしりと筋肉質で安定感があった。空はフクちゃんの首にピタリと体を寄せ、軽く腕を回す。
「ここにつかまっても、くるしくない?」
「ホピ!」
「準備できた? じゃあ、結界も張ったから行きましょうか」
空とフクちゃんが準備している間に、雪乃もさっさと結界を張っていたらしい。まだ沢自体は見えていないのに、器用に遠隔から魔法を使ったようだ。
「こっちだ」
幸生に先導されて、明良と空を乗せたフクちゃんがその後に続く。緩やかな斜面を登り切ると、その先は下りになっていて、水音がかなり近くなった。
「この下が沢だ。下りやすい場所がこっちにある」
幸生はそう言って、周りを軽く見回し頷いた。危険なものがいないかどうかを簡単に探ったのだ。
「大丈夫そうだな。こっちだ」
普段から自分が管理している山なので、どこが歩きやすいのか幸生はきちんと知っている。少し下流側に向かって歩くと、沢のすぐ傍まで続く細い道があった。
五人と一匹でぞろぞろと連れ立ってその道を下りる。空はフクちゃんの横に顔を突き出すようにして、水音の先を見た。
「わぁ、かわ……おみず、きれい!」
斜面の先に見えたのは、木々や草の間を縫うように流れる細い小川だった。雪解け水が流れているのか、細い割に流れはそれなりに早いようだ。水は澄んでいて、冷たそうだった。
「ゼンマイは、こういう場所が好きだ」
幸生の言葉に空は辺りを見回した。
「ぜんまい、いる? どれ?」
空が聞くと、美枝が上流の方を指さす。
「この辺にいたのは、私たちが下りてくる気配を察知してさっき逃げていったわ。結界のある上流にいると思うわよ」
「もうにげちゃったの!?」
そんな気配を空は微塵も感じなかった。
驚いて上流に目を凝らしたが、沢の斜面や小川の縁に生える植物のうち、どれがそれなのか空にはわからない。
「ちゃんといるから大丈夫よ」
雪乃はそう言って微笑んだ。幸生も頷き、そして大股で小川をひょいと跨ぐ。上流に向かって右側の斜面に降り立つと、幸生は先を指さした。
「俺はこちら側を行く。フクは川の中を歩けるか?」
「ホピピッ!」
フクちゃんが任せろと言うように片方の翼を上げた。
「じゃあおれこっち!」
明良は左側の斜面に立つと手を振る。雪乃と美枝は明良のすぐ後ろについた。
「じゃあ、行きましょうか」
「うん!」
空を乗せたフクちゃんが、小川の中にぱしゃりと踏み込む。流れはそこそこ速いが、水深は浅いらしい。
「フクちゃん、つめたくない? だいじょぶ?」
「ピルルル!」
フクちゃんは平気な様子で、一声高く鳴くとパシャパシャと水を跳ねさせながら歩き始めた。
「つめたくなったら、あがってね?」
「ホピ!」
フクちゃんの足をちょっと心配しつつも、空はその背中から周囲をぐるりと見回した。
斜面は起伏があったり岩が転がっていたりするが、幸生は平地とさほど変わらぬ様子で進んでいる。明良は時折足元を確認したりジャンプしたりしているが、やはりあまり苦労する様子もなく歩いて行く。
斜面や小川沿いには水辺を好むらしい色々な草や低木が生えているが、皆はそれに目を止めることなくただ先を目指しているように見えた。
足を止めないということは、生えている草の中にゼンマイはないらしい。空は一体どこに目当てのゼンマイがあるんだろうと疑問に思う。くるっと丸まっていると言っていたが、そんな草はないように見えるのだ。
しかし川の上流に再び視線を戻した瞬間、その視界の端で何かがシュッと動いたように見えた。
「あ!」
「どうした、空」
思わず声を上げると、幸生が空の方を向く。
「いま、なんかしゅって……うごいたみたい?」
「見えたか。あれがゼンマイだ」
「みえ……え? あんなはやいの!?」
視界で何か動いたことには空もどうにか気づけたが、しかしそれが何だったのかは全くわからなかった。目を凝らしても、見える範囲にさっき動いたと思えるものはいないのだ。
「あれは素早い。もう先に行ってしまった」
「大丈夫よ、空。この先は行き止まりだから」
雪乃が何でもないように言い、美枝も笑顔で頷いた。明良はちょっと不満そうに唇を尖らせて振り向いた。
「おれ、いっしょうけんめいけはいなくしたのに、すぐきづかれちゃった!」
明良にはそれが何か見えていたし、自分に気がついて逃げたこともわかったらしい。
「けはい……ぼくけせないから、ぼくかも?」
「どっちもかも! おれもまだぜんぜんだもん」
「明良も空ちゃんもそのうち出来るようになるわ。それにゼンマイは、大人でも採るのが苦手な人も多いのよ」
「そうなんだ……」
とは言っても、それは食べ物だ。食べ物なら何でもいつかは自分で採ってみたいと思っている空としては、姿さえ捕捉できないというのは少々残念な話だった。
「ねぇフクちゃん、ふくちゃんだったら、こう……ちいさくなって、シュってつかまえるの、できるとおもう?」
「ホピッ? ホピピピピ!」
フクちゃんは少し考え、コクコクと頷いた。本気を出したフクちゃんは、かなり素早い。秋の稲刈りの時に空に米を採ってくれたように、まだ見ぬゼンマイも……と思ったのだが。
「あら、駄目よ空。ゼンマイは、採って良いものと駄目なものを、ちゃんと選んで採らないとなの。加減なくまとめて刈り取っちゃ駄目なのよ」
「え、そういうのあるの!?」
「ええ、そうよ、空ちゃん。そういう山の決まりみたいなのも明良と一緒に少しずつ憶えましょうね。大事なことだから」
「はぁい……」
「そら、いっしょにがんばろうな!」
残念ながら、フクちゃんによる作戦は試みる前から却下されてしまった。
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