2-34:本能は制御できない

「空、もう採れるぞ」

 不意に空は幸生に呼ばれ、慌てて前を向いた。幸生はトゲを飛ばしきってつるっとしてしまった木の脇に立ち、下の方にある枝を指で示している。

 空は幸生の隣に駆け寄り、届きそうな所に生えている新芽をじっと見つめた。

「とってもいい?」

「ああ。根元の少し上を持って、横に倒すようにすると採れる」

 新芽にも僅かにトゲのようなものがあるが、どれも短い。空が試しに指でちょんと触れると、それらは柔らかくて痛くは無かった。

「んしょ……よこ、よこに……」

 痛くないと安心した空はよいしょと手を伸ばし、言われた場所をそっと掴んで横に倒すように力を込める。

 するとタラの芽は枝との境目からぽくりと綺麗に折れ、空の手の中に新芽が残った。

「わぁ……とれた!」

「うむ、上出来だ」

 初めて採ったタラの芽はまだ短く、柔らかくて美味しそうだ。

「アキちゃん、とれたよ!」

「やったな! おれもとったよ!」

 明良も別の枝を見つけてタラの芽を収穫していた。二人で採ったばかりの芽を見せ合い、嬉しそうに笑い合う。

 上の方は幸生たちが手を伸ばし、適当に幾つか芽を残しながら、食べ頃のものを収穫していった。

 一番近い列の芽を収穫すると、次に行くからまた盾を持つように、と空たちに促した。

「いちれつずつ……だからちょっとはなしてうえてるの?」

「そうよ。その方が危なくないからね」

 木は五本ほどを一列として五列分植えてあるようだが、その列同士は距離を取って配置してある。

「このやり方が村では普通だから、植えてる人は大体こうしてるわね」

 美枝の言葉に幸生はその通りだと頷いた。

「俺には必要無いのだが……一応な」

「そうなんだ……じぃじ、なんでへいきなの? ぼく、みてみたい!」

 さっきは自分が盾に隠れることに必死で、幸生の様子まで見る余裕が空にはなかった。

 何か特別なことをしているのなら見てみたい、と空がキラキラした目で見上げると、幸生はふぐふんっ、とむせたようなおかしな音を立てた。

「うむ……別に面白いものでもないと思うがやって見せよう。少し離れておけ」

「うん!」

「あら、じゃあ空と明良くんこっちに来てばぁばたちと一緒に見学しましょ。ばぁばが結界張ってあげるわね」

「はーい! アキちゃんいこ!」

「うん!」

 二人はパタパタと雪乃たちの所に駆け戻ると、その隣に立って幸生に手を振る。

 それを見ていた幸生は一つ頷き、それから次のタラの芽の列に向かって足を踏み出した。

 背の高い幸生の一歩は大きく、離れて植えてある次の列までもあっという間に近づく。大丈夫だと知りつつも、空は息を詰めてそれを見守った。

 やがて幸生と木との距離が二メートルを切った時、タラの木々がぶるりと幹や枝を震わせた。

「あっ!」

 幸生が大股で一気に近づいたせいか、バシュンッと大きな音が立ち、空は思わず声を上げた。木のトゲがほとんど一度に射出され、すごい勢いで幸生に襲いかかったのだ。

「ふんっ!」

 しかし幸生は慌てる様子もなく、腕を持ち上げて拳を握り、気合いのこもった……というには少しばかり軽い声を上げた。

 次の瞬間、バチン、と弾けるような音がして、その体に当たりそうだったトゲがパッと飛び散った。

 空は思わず目を見開いた。幸生に当たるかと思われたトゲは一本残らず弾かれて、その周りにバラバラと飛び散ったのだ。

「えええ……じぃじ、すごい!」

 思わずそう叫ぶと、幸生が振り向いて手招きをする。それに誘われて空と明良は走りより、その巨体を懸命に見上げた。けれど幸生の服や肌にトゲが刺さった様子は一切見たらない。顔すらかばっていなかったのに、全く平気そうだ。

「すっげー、ぜんぶはじかれちゃった!」

「じぃじ、なにしたらそうなるの!?」

 空が不思議そうに見上げると、幸生は少し考えて口を開いた。

「魔力をだな、こう瞬間的に、体にぐっと纏うとそこにトゲが当たって全部跳ね返る……のか? 多分そうだ」

「そうなの!? すごーい!」

 相変わらず、幸生はよくわからない力技で襲い来るものを退けているらしい。幸生自身もわかっているのか若干怪しい。

 それでもすごいことは確かなので、空と明良が喜んでいると雪乃がクスクスと後ろで笑いを零した。

「すっかり加減が上手くなったわね、幸生さん」

「……うむ」

「かげん?」

「ええ。あんまり力を入れて弾くと、跳ね返ったトゲがタラの木や他の草木に強く当たって、食べる部分や木本体まで傷めてしまうことがあるの。でも空が来てから、じぃじはそういう力加減が大分上手になったのよ」

「そうなんだ……じぃじ、ありがとう!」

 空がそう言って足元に纏わり付くと、幸生は照れたようにギギ、と口の端を上げ、空の頭を優しく撫でた。

「ね、ぼくもいつかできるかなぁ?」

「そうね、頑張れば多分……でも今はまだ真似しちゃ駄目よ?」

「うん!」

 雪乃の言葉に空は元気よく何度も頷く。その振動でフードの中のフクちゃんがホピホピ言いながら揺れていた。


 近づいてはトゲを射出させて、というタラの芽取りは順調に進み、やがて何事もなく無事に終わった。

「はい、ばぁば」

「ありがとう。上手に採れたわね」

 空は手の届く枝から一生懸命収穫した新芽を雪乃に手渡した。雪乃はそれを受け取ると自分と幸生が採った分と一緒にまとめ、草の上に広げた風呂敷に丁寧に並べた。

 空はその風呂敷のすぐ横にしゃがみ込み、そっと手を伸ばして並んだ新芽をちょんと突く。採られた新芽は特に動いたりはしない。フキノトウなどとは違うようだ。

(山菜も色々なんだな……)

 そんな事を考えながら、空はまだ木の上に沢山残っているタラの新芽を、少しばかり名残惜しげに見上げる。採ったのは大体十センチ以上に育った新芽だけで、まだ小さいものは採らずにそのままなのだ。

「めって、ちょっとしかとらないの?」

「ええ。大体、うちで一回に食べる分くらいね。多かったらご近所にお裾分けしたりもするけど……」

 大人たちはちょうど良い大きさのものを選んで採ると、後は新芽が残っていても手を伸ばさなかった。食べるのが好きな空からしてみればもうちょっと採っても良いんじゃないかなと思うのだが。

 しかし首を傾げていると、美枝がその理由を教えてくれた。

「あのね、冬を越して新芽を出すっていうのは、木にとってもすごく大変なことなのよ。だから全部採っては駄目なの。新しい芽を作ることが出来なくて、木が枯れちゃうからね」

「そっかぁ……たいへんなのに、しんめ、もらってごめんね」

 空が木に向かってそう言うと、美枝がくすりと笑う。

「美味しく食べてくれるなら構わないって。まだ小さい芽が育ったらもう一回くらいなら採ってもいいって言ってるわ」

「そうなの? たべられるの、やじゃないの?」

「幸生さんが拓いた場所でのびのび育ってるから、そのお礼だそうよ」

 この場所は幸生が山の管理のついでに、雑に挿し木をして作った栽培場所なのだという。

 別にわざわざ育てなくても山に自生している木も沢山あるのだが、裏山にちょうど良い場所があったので、毎年の春の恵みを簡単に楽しめたら、という気持ちで始めたことらしい。

 木の方も日当たりの良い場所で早く芽吹いてのびのびと育てるので、少しばかり新芽を採られることは妥協しているという。

「とげとばすから、いやなのかなっておもった……」

「それはもう本能っていうか、何か近づくと勝手に飛んじゃうみたいね」

 タラの木は近づいてくる生き物に無差別にトゲを飛ばす習性があるらしい。一度トゲを飛ばしたタラの木は、またトゲが生えてくるまで数日かかる。

 残った芽は日々育つので、その間にまた採りに来てもいいと美枝は空に説明してくれた。

「じゃあ、またもらいにくるね。どうもありがとう!」

 空はタラの木にそう言って手を振り、また幸生に肩車をされて草地を後にした。

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