2-33:タラの芽の攻撃

 しばらく歩くと幸生は山道を逸れ、道の脇にあった林の中に踏み込んだ。空は近くなった木々とその向こうの青空を見上げる。まだ木々の葉が生い茂っていないので、林の中は明るく見通しも良い。

「……この辺で準備をするか」

「そうね。空、一度下りてちょうだいな」

「うん」

 幸生が身を屈めると、雪乃が手を伸ばして空を受け取る。地面に下ろされた空は、少しだけ不安そうに辺りを見回した。

「あっちの方にじぃじが植えたタラの木の群生地があるのよ」

 雪乃が指し示した先は、背の高い木々を減らしてあるのか明るい草地になっているようだ。その場所から距離があるここで、まず準備をするのだと雪乃は背中のナップサックを下ろした。

「えーと……ああ、あったわ、これね」

 雪乃は魔法のナップサックの口を開け、その中に手を突っ込んで小さく呟く。

 そして何かをぐっと引っ張ると、ナップサックの口から何か四角い大きな物が、物理法則を無視する様にみにょんと取り出された。

「わぁ……ばぁば、それなに?」

「これは、空の為に用意した盾よ」

 雪乃が手にしていたのは、竹で出来た四角い板のようなものだった。三センチくらいの幅に切りそろえた細長い竹を並べて繋げ、一枚の板にしてあるのだ。雪乃がそれをくるりと回すと、裏側の真ん中辺りに持ち手がついていた。

「善三さんにつくって貰ったの。じぃじが」

「そっか……じぃじ、ありがとう!」

「うむ」

 どうやらまた善三さんは忙しい時期に幸生に無茶を言われたらしい。

 心の中で善三さんにお礼を言いながら、空はその盾を受け取って手に持ってみた。竹で出来た盾は軽く、空でも簡単に持つことができる。

「そら、おれも! おれもおそろいなんだ!」

「あ、ほんとだ!」

 明良に呼ばれてそちらを向けば、明良も空と同じ盾を手に満面の笑みを浮かべていた。

「あとな、じいちゃんがたのんでくれて、おれもわらじもらったんだ!」

 言われて足元を見ると、確かに明良も空が履いている物と同じような草鞋を履いていた。

「よかったね、アキちゃん!」

「うん!」

 今年の冬以来、矢田家の家族は明良に少し過保護になったようだ。

「さ、明良も空ちゃんも、準備はいい?」

「うん!」

「はーい!」

 はしゃぐ二人に美枝が声を掛けると、元気な声が返った。

「二人共、その草鞋を履いていれば大体の危険は防げるけれど、盾もしっかり持っていてね」

「ええ、タラの芽は、近づくとトゲを飛ばしてくるから、盾に隠れていてね」

 その注意事項は、出かける前に空も聞かされていた。

 空は盾を体の前で構えて、それが自分の身長よりも大きく、頭の天辺までちゃんと隠してくれる事を確かめる。明良の盾もちゃんと、その背丈より少し大きく作ってあった。

「フクちゃん、ぼくのあたまのうえにいると、ちょっとはみでない?」

「ホピ?」

 いつの間にか幸生の頭から空の頭へと移っていたフクちゃんが首を傾げる。

「あぶないからぼうしにはいっててね」

「ホピピ!」

 空がそう言うと、フクちゃんはいそいそと背中に垂れたフードの中に潜り込んだ。

 これで良し、と空が大人たちを見上げると、皆が頷く。

「じゃあ行きましょうか」

「うん!」

 空は元気よく頷き、前を歩く大人たちについて歩き出した。


 少し歩くと前方の木々の隙間から草地がはっきりと見えた。背の高い木を取り除いて、空き地のようにしてあるらしい。そこにポツポツと白っぽい木肌の低木が生えている。

 前を歩く幸生は林の端で立ち止まると、その低木を指さした。

「空、あれがタラの木だ。アレの新芽を採る」

 空は手に持った盾の横からひょいと顔を出し、幸生が指し示す方向を見た。

 タラの木は細長く真っ直ぐで、途中から何本かの枝を伸ばしている。

 幸生が植えたと言う言葉通り、何本かの木が等間隔に列を成すように並んでいた。草地にはそんな列が何本かあるようだ。

「……ほんとにとげとげ、いっぱいだね」

 空はタラの木を見て、どことなく嫌そうにそう呟いた。遠目から見てもわかるくらい、タラの木はその枝のほぼ全体が鋭く細かい棘でびっしりと覆われていたのだ。

「いたそう……」

「仕方ないわ、タラの木はそれが特徴だから。ほら、あの枝の先が新芽よ」

 雪乃に教えられて枝の先を見れば、確かに緑色の小さな新芽がぽつりぽつりとくっついている。新芽はどれも五センチから十センチを少し超えるくらいの大きさだ。

「丁度採り頃みたいね」

「ええ、良かったわね」

「おっきくないほうがいいの?」

「ええ。あんまり育つと硬くなるのよ。あのくらいがちょうど良いわ」

 大人たちはそう言って頷き合う。顔を見合わせ、幸生が一歩前に出た。

「俺が前に行くが……子供らはどうする」

「せっかく盾を持ってきたし、普通の採り方を教えてあげたいから結界は張らずにおくわ」

「それが良いわね。さ、明良、空ちゃん、二人並んで、幸生さんの隣に立って、一緒に少しずつ前に進みましょうね」

「うん!」

「は、はぁい……」

 明良は元気よく返事をして幸生の隣にちょこんと立った。空はびっしりと生えたトゲに少し怯えつつ、盾を握りしめて幸生の反対隣に並ぶ。耳元で励ますようにフクちゃんがホピホピ鳴いているが、応える余裕はなかった。

 雪乃と美枝は幸生の体に隠れるようにその後ろに立った。空はそれをちらりと見て、自分もあっちが良かったかも、と少しだけ思う。

「そら、だいじょぶだよ! じいちゃんがこのたてに、なんかすごいまほうかけてもらったっていってたもん!」

「そうなの? ぼくのも?」

「ええ、そうよ。その盾と草鞋があれば、トゲなんてチクリとも刺さらないから安心してね」

 実はその完全防御が付与された草鞋だけでも全く平気なのだが、一応そういう装備がない場合や、結界が苦手な人などがする普通の採り方を教えようと雪乃たちは盾を用意してきたのだ。

 それに、草鞋だけだと飛んでくるトゲは当たるので、子供たちは怖く感じるかもしれない。盾はそれを防ぐためのものだ。

 空は雪乃の言葉にホッと息を吐き、それから幸生を見上げた。

「じぃじは、たてがなくてもへいき?」

「うむ、大丈夫だ」

 幸生は力強く頷き、無造作に足を踏み出した。一歩、二歩と大股でタラの木に近づくその姿に、空たちも慌てて歩き出す。

 子供たちは盾を構えていると前がよく見えないので、足元に気をつけながら、隣に立つ幸生にくっつくように足を進めた。

「そろそろ来るぞ。しっかり盾に隠れていろ」

 一番端に生えたタラの木の列まで、残りの距離は二メートルほど。しかし明良と空にはその距離がよくわからない。二人は思わず足を止め、地面に盾をしっかりつけて身を縮めた。

 それを横目で見ながら、幸生がもう一歩足を踏み出す。すると突然、前方のタラの木がブルッと枝を震わせた。

 次の瞬間、バチバチッ、と何かが盾に当たって弾けるような音がした。

「わっ!」

「ひゃわっ!?」

 幸生が足を進める度、その音は数を増やしていく。

 ヒュッ、いう風を切るような細い音が幾つも重なって響き、空たちが構えた盾にババババッと何かが連続して当たるのだ。その激しさに明良と空は身を竦ませ、小さな悲鳴を上げた。

「うわわ、ね、ばあちゃん、これトゲ!?」

「はわわわ!」

「そうよ。明良、音が止むまで、ちゃんと隠れててね」

「空もね」

「う、うん、でもこれいつやむの!?」

 空は必死で盾の持ち手を握りしめて堪えるが、バチバチと何かが当たる音はなかなか止む気配がない。

 思ったより大きな音と盾を持った手に伝わる振動に、空は盾を持ったまま思わずしゃがみ込んだ。強い衝撃があるわけではないが、鋭い音にハラハラしてしまう。

 しかししばらくそうやってじっとしているとトゲが当たる音は少しずつ数を減らし、やがてピタリと聞こえなくなった。

 空は知らず瞑っていた目をそろそろと開け、きょろりと辺りを見回し、少し後ろに立っている雪乃と美枝に慌てて声を掛けた。

「ばぁば、おわった? もうだいじょぶ?」

「ええ、とりあえずこの列は大丈夫よ。盾から出て良いわ」

 頷いた雪乃に空はホッと息を吐き、ゆっくり立ち上がって、恐る恐る盾の横から顔を出した。

「うわぁ……とげ、すごい……」

 見れば、空と明良の前の草むらに無数のトゲが落ちている。どれも先が鋭く尖って、三センチから五センチくらいとなかなかに大きい。

「あたったらいたそうだなぁ」

 明良の零した感想に、空もコクコクと頷いた。

「たてがあってよかった……あ、でもたてには、ささってないね?」

「善三さんの盾は丈夫だから……二人の頭の上辺りの、盾のない場所もこんな感じでちゃんと守ってくれてたわよ」

 雪乃はそう言って半円を描くように手を動かした。

 考えてみれば、盾は空より少し大きいくらいで、それよりも背の高いタラの木が頭上からトゲを飛ばしたら当たってもおかしくないはずなのだ。

 しかしこの盾は板がない部分もバリアのようにカバーしてくれたらしい。

(善三さんの謎技術……さすがぁ)

 空は思わず竹川家のある方を向いて拝みたくなった。

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