2-28:秘密の遊び

 結局、陸についての話し合いは、しばらくはこのまま様子を見るという事で一段落した。

 田亀家からの帰り道は、キヨが牽くバスで家まで送ってもらったのであっという間だ。

 途中にある矢田家の前で猫宮と別れ、一行はようやく米田家に戻ってきた。

 家に帰り、陸と空の二人で心配を掛けたことをヤナや幸生らに詫び、それから皆でおやつを食べた。


 その後、大人たちはまた今後の事を話し合った。

 移住を目指すとなればいずれは転校しなければならない樹や小雪も交えて、居間は賑やかだ。

 そんな中、空は陸とフクちゃんを連れてこっそり寝室に移動した。テルちゃんは大技を使って疲れたらしく、今は依り代の中で眠っている。

 寝室に戻ると、そこには二人が使った布団がまだ敷きっぱなしだった。

「そら、なにするの?」

 首を傾げた陸に、空はくふふと笑って、肩に乗せていたフクちゃんをむきゅっと掴んで差し出した。

「あんね、ぼくのひみつのあそび、りくにおしえてあげる!」

 そう言って空は片方の布団の掛け布団を大きくまくって外に避け、残った敷き布団の真ん中にフクちゃんを置いた。テルちゃんに使われた魔力も、おやつを沢山食べて補充してある。準備は万端だ。

「さ、フクちゃん、おねがい! おっきくなって!」

「ホピ……ホピピ」

 仕方ないなぁ、とでも言うように鳴いて、フクちゃんがもそもそと身じろぎをする。

 すると次の瞬間、むくむくっとフクちゃんが一回り、二回りと大きくなった。

「もっともっと! ぼくとりくが、いっしょにかくれられるくらい!」

 空がそう強請るとフクちゃんがさらに大きくなる。

 あっという間にフクちゃんは二人が見上げるほど大きくなった。

「りく、ほら! これで、おふとんのうえに、こうして……」

 大きくなったフクちゃんの足元の布団に、空は陸を引っ張ってごろりとうつ伏せに寝転がる。

 陸は大きなフクちゃんに目を丸くしながら、招かれるままに同じように転がった。

「フクちゃん、いいよー!」

「ホピピ!」

 空が合図すると、フクちゃんが足を折って寝そべる二人の上にそっと座り込む。

 途端、二人はふわふわの羽毛にふかりと包まれた。

「うわぁ……あったかぁい! ふわふわ!」

「へへへ、すごいでしょ!」

 フクちゃんの胸毛の下から顔を出し、二人は顔を見合わせてにこにこだ。フクちゃんは鳥らしく羽毛の下は意外と筋肉質で硬いのだが、上手く包んでくれているようでほとんど気にならない。

 それよりも顔や手足に当たる柔らかな羽毛が気持ちよくて温かくて、陸はうっとりと目を閉じた。

 空もその顔を見て、陸の元気が出た事を嬉しく思いつつ目を閉じる。

「きもちいいねぇ、そら」

「うん。ふわふわだね」

 卵のように二人を抱えたフクちゃんは少々居心地が悪そうだが、それでも空の要望に応え、頑張って動かずにいてくれた。

 しばらく黙ってフクちゃんの羽毛を楽しんでいると、不意に陸が目を開き、それからぽつりと呟いた。

「……ね、そら。あのさ、ぼく、がんばるね」

 何をとは言わずとも、空には陸の言いたいことがちゃんとわかった。

「うん。ぼくも……すぐにはむりでも、ちょっとずつ、がんばる」

 そうは言っても、本当はまだ何をどう頑張ったらいいかも空にはよくわかっていない。

 でも保育所に行って、村の子供たちに交じって過ごしたら少しずつでも強くなるかもしれない。そうしたらいずれ空にだって、陸や皆を守ることが出来るようになるかもしれない。

 そうやってそれぞれが頑張ったら、もしかしたらいつか家族皆でこの村で暮らせる日が来るかもしれない。

 空と陸は、同じ思いを抱えてギュッと手を繋いだ。

「いっしょにがんばろうね!」

「うん!」

 遠く離れても、同じ願いをいつか叶えるために。


「空、陸、ご飯よ……あら」

 いつかのための大人たちの話し合いも終わり、空と陸を呼びに来た雪乃はくすりと笑って踵を返し、他の家族を呼びに行った。

「ほらねぇ見て、とっても可愛いわ」

「どうしたのだぞ? お?」

「空と陸ったら……ふふ、フクちゃん、お布団になってくれてありがとね」

「ピルルッ!」

「よく寝てるね」

「うわ、すっごい気持ち良さそう。俺も入りたい……」

「私も! あとで空にたのんじゃおうよ!」

 皆は大きくなったフクちゃんの羽の下ですやすやと眠る二人を見つけて、その可愛い姿に笑顔を浮かべた。

 まだ小さな空と陸がどんな未来を望むのか。先の事はここにいる誰にもわからない。

 二人が大きくなって、いつか同じじゃなくていいと言い出す日が来るかもしれない。

 けれどその日まで、できるだけこんな風に過ごせるよう、それぞれが出来る事をやろうという気持ちになるような優しい光景だった。

「さ、そろそろ起こして、ご飯にしないとね」

「……うむ」

 二人の姿を見て天を仰いでいた幸生が上を向いたまま小さく返事をした。

 こんな賑やかで優しい日々も、そろそろ終わりが近づいていた。

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