2-27:いつか一緒に
「……という訳でして、今の陸くんはシロとの仮契約という状態です」
皆の驚きが一段落した後、田亀は事の顛末を説明してくれた。
テルちゃんが突然陸を連れてきたこと、陸が抱いた願いと、それが叶う可能性。そして田亀とシロとの間に仮という形で入ることで予想される変化。もちろん耳が生えたこともその一つだ。
「じゃあ、今陸が手に持っているシロの牙を手放せば、仮契約もその状態も、簡単に解消されるのね?」
雪乃の確認に田亀と、その後ろで少し姿がはっきりしたシロが頷いた。今は皆にも姿が見えるようにしている。
「ああ。その耳も、シロの分体が陸くんと同化してるから生えた物で、実際にあるわけじゃないんだよ。シロ」
田亀がシロに呼びかけるとシロが頷く。次いで陸の体がほわりと一瞬白く光り、それが収まると頭の上の耳が消え、今度は陸の膝の上に半透明の子犬が姿を現した。
「これがシロの分体だ。ほんの一部で、力も弱い。見た目のままに何も出来ない子犬なんだよ」
子犬はふわりと浮き上がると、陸の肩にぴょんと乗っかった。
「仮契約の間は多少魔素を多く摂取してもこの子が消費してくれる。魔力が増えすぎたりしても、余分をシロに送ってくれるから熱を出すこともないだろう」
田亀の言葉に、紗雪と隆之はそれをどう判断したら良いのか、と悩むように顔を見合わせた。
空と一緒に保育園や学校に通い、一緒に大きくなりたいという陸の気持ちは痛いほどわかる。
けれど、ならばここにこのまま住んで良いとは言えないのだ。手続きやら何やら、色々と難しい問題は他にも沢山ある。
困ったような顔をする夫婦に、傍にいた猫宮が声を掛けた。
「そんなに心配しなくても良いさね。坊やにはちゃんと、シロとは七つにならなきゃ契約は出来ないこと、仮契約してもすぐにはここに住めないことは説明して、納得しているよ。本契約が上手く行かない可能性についてもね」
「陸、そうなの?」
「うん……あんね、ぼく、おしえてもらったよ。うんどうして、いっぱいたべて、いっぱいねろって。うんとがんばったら、ぜんぶはむりでも、ちょっとはそらといっしょに、がっこういけるかもって」
陸は手振りを交えて、一生懸命紗雪たちに説明した。
「ぼく、どうしてもそらといっしょに、がっこういきたいんだ……でも、もっとまりょくがいっぱいになって、つよくならなきゃだめって……そんで、ぼくがつよくなるのを、ちっちゃいシロが、おうえんしてくれるって」
陸の気持ちを聞いて、空は何だか涙が出そうになったがぐっと堪えた。一昨日、良夫と和義の姿を見ていた陸の姿を思い出す。
あんなふうに強くなる自分がまだちっとも想像できないという空と同じ思いを、もしかしたらあの時の陸も抱いていたのかもしれない。
それでもどうにかしてここで一緒に暮らせたらと、陸はそんなことを考えて空の団子を食べたのだろう。
「媒体に渡したシロの牙を持っていれば、遠く離れても距離は関係なくなる。その分体の子犬に出来るのは、せいぜい陸くんの魔力をちょっとだけ分けてもらって、魔素の器や体の成長をわずかに助ける事くらいだ。普段は媒体に隠れられるから、騒ぎになることも無い」
魔法に詳しく、田亀とシロの事情ももちろんよく知る雪乃はその言葉に頷き、そして問いかけた。
「田亀さん。貴方は、将来的にシロとの契約を陸に譲るつもりなの?」
「……ああ。シロはまだ反対してるがな。俺もシロと離れたいわけじゃないが、二度も死なせたくない気持ちは強い……シロが新しい主を得て俺より長生きしてくれるなら、そんなに嬉しい事は無い」
田亀の言葉にシロは悲しそうにキューンと小さな声を上げ、その鼻面を主の首元に擦り付けた。触れる事も出来ないシロの首を撫でるように手を動かし、田亀は微笑んだ。
「陸くんがシロと契約出来るほどの力を付けるかはわからない。シロと結局合わずに、この話が立ち消えになる事もあるかもしれない。それでも俺は……空くんの小さな精霊が示してくれた未来の可能性に、賭けてみたいと思ってるんだ」
空は田亀の言葉を聞いて、足元にいたテルちゃんをよいしょと持ち上げた。
テルちゃんは自分がしでかした事の結果などどうでも良いかのように、頭の上の葉をピコピコと揺らして素知らぬ顔だ。
(テルちゃんに名前を付けて、迷える魂を照らす、なんてとっさに言ったのは僕だけど……ホントにそんなすごい能力があるのかなぁ)
このぼんやりした可愛いだけの精霊が大事な弟の未来を見てここに連れてきたなんて、空には今ひとつピンと来ない。
それでも陸が泣き止んで元気を出しているのは確かで、それならまぁいいか、と空は考えた。
「まま、ぱぱ。ぼく、りくががんばるなら、おうえんしたい」
「そら……」
「でも、まだここには住めないし……東京は魔素が少ないから、消費が増えた陸が空みたいに具合を悪くしたら……」
「うん、体への影響が気になるかな……」
それさえ問題ないのなら、陸がシロと仮契約しても良いとは思っているのだ。二人の心配に、雪乃は大丈夫よと言って微笑んだ。
「多分大した影響は出ないわ。こちらから送るお米や野菜を今まで通り少しずつ食べていれば、魔素は十分足りるはずよ。どうしても足りなさそうなら、何か魔素の強い素材を送るからそれを傍に置いておくと良いわ」
「そんな事で良いんですか?」
「ええ。以前空が送ったドングリとか、トンボの羽とか、そういうものを近くに置くだけでもいいんじゃないかしら……あら? ひょっとして子供たちも隆之さんも、都会の人にしては魔力が多いのはそのせい……?」
首を傾げた雪乃の言葉に、紗雪たちはハッと顔を見合わせる。
確かに去年、隆之や子供たちは職場や学校での健康診断の際に、魔力が多いようですね、と言われたのだ。
「それならそういう物に囲まれていたら、もしかして空も東京で暮らせるんじゃ……」
紗雪はそう言って雪乃に縋るような視線を向けたが、雪乃は少し考え、眉を下げて首を横に振った。
「残念だけど、多分無理ね……空が必要とする魔素はかなり多いから、やっぱり足りなくなると思うわ」
「そっか……」
その返答に、紗雪は残念そうに肩を落とした。空が健康に成長するための魔素素材を傍に置くとなると、かなりの量か、相当の質の物が必要になる。そしてそんな物が常に近くにあれば、今度は隆之や他の子供たちが具合を悪くする可能性もあった。
「魔力って、僕のこの年でも増えるものなんですかね?」
「ええ。それなりに時間は掛かるけど、ちゃんと増えると思うわ」
「そうですか……」
隆之はしばらく考え、それから空と陸を順番に見た。同じ顔で、同じ思いを抱きながら、一緒に成長できない二人を。
そして隆之は強く頷いた。
「それなら……僕らもいつか、魔砕村は無理でもせめてここの県城所在地辺りに住めるのを目指して、頑張ってみようか」
「えっ? 隆之、いいの!?」
「うん。前から考えてはいたんだ……ただ、都会から田舎への本格的な移住はなかなか許可が下りないから悩んでて。でも、もう少し近くに移り住めたら空にももっと気軽に会いに来れるようになる」
もっと頻繁に、たとえば週末や連休がある時に会いに来る事が出来たら、空や陸の寂しさは減るだろう。そう考えて隆之は自分なりに体を鍛えたり、色々調べたりしていたのだ。
「すぐには無理だけど……陸、皆で一緒に頑張ってみるかい?」
「うん! ぼく、がんばれるよ!」
陸は嬉しそうに何度も頷く。雪乃や紗雪も、それを見て微笑み、頷いた。
「県城のある辺りだったらここに比べれば大分人口も多いし拓けてるから多分安全だし、都会の人でも暮らしやすいと思うわ」
「そうね。その辺にまず移って、そこからまた少しずつ慣らしていってもいいかも……隆之の仕事とか樹たちが転校に納得してくれるかとか、ご両親のこととか……色々考えないとだけど」
「うちの親は、近くに兄や妹の家族も住んでるし、そんなに気にしなくても大丈夫だよ。仕事は……役場とかそういう系の仕事なら何とか探せると思うんだよ」
「あら、それなら仕事が見つかるまでは紗雪がここで狩りでもしたらいいわ。素材を街で売れば生活には困らないでしょう」
大人たちは明るい表情で、これから先の事をあれこれと話し合う。田亀や猫宮もそれを安心したように見つめ、時折会話に参加していた。
陸はその内容はよくわからないが、とりあえず自分の願いや仮契約について許されたと感じたらしい。大人たちの表情を見ながら笑顔を浮かべている。
空は一人、顔に笑顔を貼り付けながら内心で首を傾げていた。
(……何か良い方向に話が進んでるのはいいんだけど……県城って、何?)
どうやらこの世界では、まだ現役のお城が存在しているらしい。
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