2-26:一方その頃

 一方、その少し前のこと。


 空はその時、夢の中で庭を走り回って元気に遊んでいた。

 兄弟や友達、フクちゃんやテルちゃんと一緒に走るのはとても楽しい。

 沢山走っても夢の中は息が切れない。気が済むまで走って、笑って、そして立ち止まったとき。

 ぎゅるるるる、と空のお腹がすごい音で鳴った。

(お腹空いた……)

 そろそろおやつの時間だろうか、とふと考えたが何だかまだ早いような気がする。

 お昼ご飯を食べて、お昼寝して……今は何時だろう、と空が考えたとき、足元にテルちゃんがトコトコとやってきた。

「ソラ、ソラ! マリョク、チョットモラウネ!」

「まりょく? ぼくの? なにするの?」

「テル、チョット、オシゴトシテクルヨ! マイゴノゴアンナイダヨ!」

 テルちゃんはそう言ってピッと手を上げると、可愛くくるりと回った。

「そっかぁ。テルちゃんえらいね! いってらっしゃい! どこいくの?」

「カメノトコ! リクトイッテクルヨ! ジャアネ!」

 元気良くそう言うと、テルちゃんの姿はフッと消えてしまった。

 空はびっくりして周りを見回したが、もうその姿はどこにもない。

「かめ……? りくといくの?」

 どうして、と空が聞こうとした時、空はどこかから強い声で名を呼ばれた。

『空! 空、起きるのだぞ!』

「え? ヤナちゃん?」

『空、空!』

 声に驚き、次いでぐらぐらと体を揺すられて、周りの世界が急速に薄れて遠のく。

 空は強引に夢から引きずり出されるようにして、昼寝から目を覚ました。

「空、起きたか!?」

「ん……ヤナちゃん? なぁに?」

 目を擦りながらもそもそと動くと、ヤナが空を少々強引に布団から引っ張り出して体を起こさせた。

「空、陸が消えたのだぞ! 突然、何の前触れもなしにヤナの結界の中から消えたのだ! 何か異変はなかったか!?」

「りく? いないの?」

「そうなのよ、空。どうにかしてすぐに探さないと……」

「一体どこに行っちゃったの? どうして陸だけ?」

 傍には雪乃や紗雪もいて、二人も焦ったように話し合っていた。視線を上げれば部屋の入り口には心配そうな樹と小雪、そしてオロオロしている隆之の姿も見える。幸生は庭にでも出たのか、姿は見えなかった。

 空は目をぱちくりと瞬かせ、隣の布団を覗き込んだ。陸が寝ていたはずの布団は半分めくれていて、確かにそこに陸の姿はない。

 空はぼんやりとその布団を見て、それからふと焦っていない自分に気がついた。

 何故だろうと考え、そういえば、と夢の中で何か言われたことを思いだした。思い出すと途端にお腹が音を立てる。

 そして空は気がついた。急にお腹が減ったのは、空の魔力を誰かが使ったからだと。

 枕元を見ればフクちゃんはちゃんとそこにいて、小さいままだ。皆の剣幕に戸惑ったようにうろうろしている。

 となれば、犯人は一人(?)しかいない。思い返せば夢の中で事前に申告もしていた。

「テルちゃんが……ぼくのまりょくつかって、りくをつれていったのかも?」

「テルが!? そういえばおらぬが……テルにはそんな力があったのか!?」

 そう言われても、テルちゃんのことは空もまだよくわかっていないのだ。普段は一緒に遊ぶだけなので、テルちゃんに何が出来るのか、正確なところは把握していない。

「わかんない……でも、ゆめのなかで、まいごのごあんないしてくるっていってたよ」

「テルちゃんは他にどんな事を言っていたの?」

「ええと、ぼくのまりょくもらって、おしごとしてくるって。たしか、かめのとこに、りくといってくる……?」

 亀と聞いてすぐに思い浮かぶのはキヨちゃんだ。となれば田亀の所だとすぐに見当が着く。雪乃と紗雪は顔を見合わせて立ち上がった。

「私、すぐに迎えに行ってくる!」

「紗雪、陸の上着と靴を持って行ってね」

「あ、まま、ぼくもいく!」

 空はそう言って立ち上がったが、またお腹がきゅるきゅると大きく鳴いた。

「おなかへった……」

「魔力を使われたせいか? すぐにおやつを食べるのだぞ!」

 ヤナは空腹に弱い空の為に、慌てておやつを用意しに行った。

 その間に服を着替えさせてもらい、支度が終わる頃にはヤナが走って戻ってきた。

「空、とりあえずおにぎりを食べるのだぞ。おやつには饅頭を蒸かそうと用意していたのだが……それは帰ってからにしような」

「ありがとう、ヤナちゃん!」

 昼の残りご飯で手早く作ってくれたおにぎりを受け取り、空は喜んで頬張った。

 食べやすいよう小さめにしたおにぎりを三つあっという間に平らげ、空は紗雪と一緒に草鞋を履いて外に出る。

 その間に雪乃は田亀に連絡をして、確かに陸がそこにいるという事を確認していた。

「田亀さんに聞いたら、突然陸とテルちゃんが現れたんですって。何か話があるらしいから、一緒に行くわ」

 そう言って雪乃と、雪乃に呼ばれた隆之も上着を持って外に出てきた。

 他の皆は留守番らしい。庭で陸を探していた幸生も戻ってきて、心配そうにしつつも家は任せろと言って見送ってくれた。

 空は紗雪に背負われ、先日も訪ねた田亀家へと向かった。


「ぱぱ、がんばって!」

「う、うん! だ、だいじょうぶ、だよ、ふぅ、はぁっ」

 紗雪の背から、少し後ろを小走りで追いかけてくる隆之に手を振る。雪乃はそんな空を見て首を傾げた。

「空は、あんまり陸のこと心配してないのね?」

「うん! りく、だいじょぶって、なんかわかるよ!」

 テルちゃんがすぐ傍にいるせいか、双子はどこかで繋がっているせいか、空は陸が危険な目に遭っていないということが何となくわかっている。

「それなら良かったわ……あのね、陸が大丈夫でも、急にお家からいなくなるようなことをすると、ヤナがすっごく心配してその後落ち込むから、テルちゃんには後で言っておいてね?」

 自分の結界内から庇護していたものが突然消えるというのは、家守にとってはものすごく驚く事なのだと雪乃は説明した。

 ヤナは普段はあまり落ち込んだ様なところを見せないが、空が水たまりに消えたり、家から勝手に出ていったときも後から随分落ち込んでいたらしい。

「ヤナちゃん、びっくりしてがっくりしたんだね……あとでテルちゃんには、ちゃんとめっていっておくね!」

 空は自分のことも含めて、どうもヤナに心配を掛けすぎていると反省した。

 そんな話をするうちにやがて四人は南地区を抜け、田亀家まで辿り着いた。隆之も息は荒いがちゃんと付いて来たので、門を抜けてそのまま獣舎の方へと進む。

 するとその入り口に、見慣れた緑の丸いものがちょこんと立っていた。

「あ、テルちゃん!」

「ア、ソラ!」

 空は紗雪に下ろしてもらうと、テルちゃんの所に走り寄った。

「テルちゃん、りくは? りくどうしたの?」

「リクハ、ナカダヨ!」

 悪びれず答える姿に、説教は後にしようと考えながら空は急いで獣舎の中に駆け込んだ。紗雪たちも後に続く。

「あ、いた! りく!」

 空は見回した獣舎の端に、椅子に座る陸とその傍に立つ田亀、そして猫宮の姿を見つけてすぐにそちらに走り、そして陸の少し手前で足を止めた。

「……りく?」

「あ、そら!」

 陸は空の姿を見てブンブンと笑顔で手を振る。その姿は、朝と違って何だか思ったより元気そうだ。しかしそれにホッとすると同時に気になる事がある。

 空は足を止めたまま、陸の頭の上に視線を向け、思わず自分の目を擦った。だが見えているものは消えたりしない。

「ええと、りく? あの……それ、なに?」

 陸の頭の上部、空より少し短い陸の茶色い髪の隙間から、見慣れないものがぴょこんと飛び出している。

 ちょっと短めだが、白くてほわほわと毛の生えたそれは、どう見ても犬の――

「これ? これ、みみだよ!」

 ――やはり、耳のようだ。陸の頭になんと可愛らしい犬の耳が生えている。その下には人間の耳もちゃんとあるから、耳が二組あることになる。

「い、いぬみみ!? なんで!?」

 空が驚く姿を見ても、陸はにこにこしたままさらに告げる。

「ばすのおじさんと、おそろいだよ!」

 え、と思って空が田亀の方を見ると、田亀はちょっと困ったような照れたような顔で頷き、いつも被っている作業帽をひょいと持ち上げた。

 田亀のその短い髪の間から、確かに白い犬耳が二つぴょこりと出ている。陸の物より大きく立派な犬耳だ。空はそれを見てパカリと口を開いた。

「……だれとく!?」

「だれとく? どーいういみ?」

 おじさんに犬の耳が付いているなんていう状況を、一体誰が喜ぶというのか。

 驚きすぎて、思わず心の中の言葉を零してしまった空だった。

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