2-25:小さな希望
「ぼくが、シロとやくそくしたら、シロはきえない? ぼくも、ここにいられるの?」
「どうだろうな……確かにシロは契約しているだけで多少の魔力を使うけどもなぁ。今は実体もないからその量は多くないが、契約に魔力を使われ続けるなら魔素を過剰に吸収しても大丈夫かもしれない。シロの力で強くもなれるだろうが……まだ陸くんは小さいから、そもそも契約がちょっとなぁ」
七歳までは人ならざるものとの契約はさせないのが、村のしきたりだ。空はあくまで例外なのだ。
「なら、仮契約にしたら良いんじゃないかねぇ?」
「仮契約?」
「ああ、本契約は寅治から移さず、何かシロの一部を媒体として渡して、陸とも少しだけ絆を繋ぐのさ。相性が合うかどうかもある。そうやって時間を掛けて、七つまで馴染ませとけば良いさね」
田亀はその言葉について考えこみ、しばらくしてから顔を上げた。
「陸くん。あのな、そのやり方でも、君はすぐに村で暮らす事は出来ないんだよ。七歳になるまでは契約も出来ない。それは村の決まりだから、破ることは出来ないんだ」
「うん……」
「少しずつでも魔力を常に使うから、陸くんの魔力次第では大きな魔法は苦手になるかもしれない」
陸の持つ魔力量が成長しても増えなければ、その一部を常に使われているのなら、魔法が苦手になる可能性もあると田亀は考えていた。
しかし隣にいた猫宮は、首を横に振って田亀の話に割り込んだ。
「けど体は丈夫になるし強くなるさね。それに常に魔力を使ってれば魔素の器の成長も見込めるんじゃないかね? 魔素の器が大きくなって魔力が増えれば、契約に使う分なんて問題にならなくなる。そうなれば、将来的にはこの村に移り住むだけの力を持てるかもしれないよ」
「ほんと!?」
「猫宮ちゃん、そんな良いことばっかりじゃないかもだろう?」
「良いとこも言ってやらなきゃ公平じゃないよ。悪いことを良いことに変えるのは、この子の願いの強さと、努力しだいさ」
猫宮はそう言うと尻尾をゆらりと揺らし、陸の前に立って真っ直ぐ顔を覗き込んだ。
「良いかい? まず運動したりして、体を少しずつ鍛えなきゃならないよ。それからご飯を沢山食べてよく寝て、減っていく魔力を補充しなきゃならない。親の言うこともちゃんと聞くんだよ。食べちゃダメな物は、どうあったってまだダメなんだよ」
「うん! ぼく、がんばる!」
「あぁ……猫宮ちゃん、そんなやる気にさせて……紗雪ちゃんにどう言えばいいんだよ」
「良いから、まずアンタはシロを説得しな! もしかしたら将来の跡継ぎになってくれるかもしれないんだよ?」
「いやそこまでは考えてないから! 俺はシロを継いでくれればそれで……」
そこまで言いかけ田亀は口をつぐんだ。結局の所、田亀も誰かにシロとの契約をいつかは引き継いでもらいたいと思っているのだ。
『寅治……シロは、寅治と離れたくないよ。シロは寅治の相棒だ……なのに、この子にあげるって言うのかい?』
肩越しに覗き込むように相棒からそう語りかけられて、田亀はハッと振り向いた。
「俺は……俺の相棒は、お前だけだよ。だが、俺はお前を逝かせたくないんだ」
『寅治が一緒なら、どこだってシロは行きたいよ』
「シロ……それでも俺は」
『やだよぅ、寅治……』
「シロ……」
田亀とシロが悲しげな表情で見つめ合っていると、突然その間にぴゃっと猫宮がジャンプして割り込んだ。
田亀の肩に跳び乗ってその後ろ頭を二股の尻尾でパシリと叩き、シロの鼻面を前足で叩く。もちろん透けている体に当たりはしないが、シロはビックリしたように思わず身を引いた。
「だーっ! 湿っぽい! 湿っぽいんだよアンタたちは!」
「ね、猫宮ちゃん!?」
「ぐだぐだ先の無いことを言い合ってないで、今はピチピチの子供のことを心配しな!」
猫宮のあまりの剣幕に、ビシッと前足で示された陸も固まっている。
「シロ! アンタだって自分の不安定さは解ってんだろう!? 寅治の魔力じゃ今の幽霊みたいな姿が限界だって!」
『そ、それはそうだけど……』
田亀は元々そんなに魔力が多い方ではない。ただとても動物に好かれる血筋の生まれで、そのために魔力の負担をあまりせず、色々な魔獣と契約を交わすことが出来ていた。
しかし田亀の魔力では、精霊のような存在になったシロに実体を持たせる事は出来なかった。
「二人分の魔力を貰えば、あるいはこの子がそのうち化ければ、アンタだって実体を取り戻せるかもしれないだろう?」
『実体……そしたら、寅治にまた撫でてもらえる……?』
「いや、確かにそうなりゃ嬉しいが……けど、俺の事情でこんな小さな子を利用するのはやっぱりちょっと……」
「利害が一致するんだから別に良いじゃないかね。仮契約ならいつだってこの子の側からも切る事が出来る。ちゃんと親の了解をとって、本人が望むならそれもありだよ!」
「アリダヨ!」
無責任な緑の丸いのがピコピコと手を振る。
「良いから、試しにシロの爪でも牙でも持っておいで! どうせとってあるんだろう?」
「う、あ、ああ……」
田亀はビシリとまた叩かれ、バタバタと母屋の方へ走っていった。
猫宮はその肩からひらりと飛び降りると固まったままの陸の前に戻って、その手をサリ、と優しく舐めた。
「ねこさん……びっくりした」
「ごめんよ。うだうだ言うもんだから、イラッとしてね」
「ねこさん、じゃんぷすごいね。ぼくも、そんなふうになりたいな……」
「なれるさ。なりたいと願って、頑張ればね」
「ナレルヨ!」
自分の願いを肯定されて、陸はちょっと元気を取り戻して頷いた。
「ただし、今すぐは無理だよ。強くなるには順序よく訓練していかなきゃいけないからね」
「シロとやくそくしても、だめ?」
「ダメだよ。そうだね……積み木で何か作るとき、下にする分がきちんと並んで平らじゃなきゃ、上に何を乗せてもすぐ崩れちまうだろう? 何事も、しっかりした土台を作るのが大事なのさね」
「……うん。わかった。くんれんっていうの、がんばる!」
それは陸にも納得できる、とてもわかりやすい説明だった。
猫宮は良い子だ、と頷くとさらに続けた。
「それから、空とこの村で一緒にずっと暮らすのも、すぐには無理だよ。それはちゃんと諦めなきゃいけない。今は、夏や正月にここに来て、会えるだけで我慢するんだ」
「うん……」
それは陸ももう理解している。小さな団子を二個食べただけであんなに苦しくなったのだ。ここの食べ物が今の陸に合わないことは、嫌と言うほどわかってしまった。
肩を落とした陸に、猫宮は優しく続けた。
「アンタが頑張れば、小学校の何年かぐらいは一緒に通えるかもしれないよ」
「ほんと?」
「ああ。それを目指して頑張って、会うたびに強くなって空をビックリさせてやるのも、きっと楽しいよ?」
「そらをびっくり……うん、いいかも!」
「だろう? お、寅治が戻ってきたね。どれ、そろそろ迎えも来るだろうし……その前にちょっと試してみようかね?」
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